決戦とお互いの秘策
シュラスコ公爵は領地から送らせた財が奪い取られたと聞き、怒り狂う。
責任者の留守居役の首を刎ねろと喚いているところに本拠の城を焼き討ちされたと知らせが入り、驚愕した。
当てにしていた金が無くなり、このままでは多数の兵を動かすのは無理だ。
山賊の格好をしていたと聞くが、奪ったのがポトフであることは明らか。
「奴の領地との間にはタンドリーの領地がある。
タンドリーめ、あの小心者が奴についたのか。信じられん」
タンドリー領があるのでまさか領地まで攻めては来ないと油断したのが仇になる。
「公爵様、領地から搾り取るのはもう限界です。
領民の不満は爆発寸前。
悪いことにポトフ領は鉱山などで潤い、税率は我が領地の半分以下です」
「戦費は借金で賄うしかありませんが、商人たちは足元を見て高利でしか受けません。
公爵様が宰相の時は散々賄賂を持ってきて下手に出ていたというのに」
家臣は次々と窮状を訴える。
シュラスコは暫く考えて、断を下す。
「この一戦に勝てばすべては取り戻せる。
今まで貸しのあるところを回って脅しすかし金を融通させろ。
いくら高利でも構わん、借りられるだけ借りるのだ。
そして国元が襲われた話は外には絶対に出すな。ここで弱みを見せれば終わりだ」
一人になったシュラスコは唸る。
「ポトフめ、散々にやってくれたな!
ここまで儂を追い込むとは、田舎領主と見損じたか。
水に落ちた犬は叩かれる。王宮では負ければ終わり。
儂はどんな手段を使っても勝つ。
危ない橋だがあれを使うしかあるまい。
ロコモコにやらせるか」
シュラスコは思いついたことをロコモコに命じた。
そしてライアンがジョージのノートを受け取り勝利を確信していた頃、シュラスコはロコモコ子爵の報告を受けて会心の笑みを浮かべていた。
「よくやった!さすがは前宮内大臣、王宮の人脈は豊富だな。
これで勝利は確実。王も追放し傀儡を立てて我が世の春を謳歌するぞ。
お前にも好きなポストを与えてやる」
ロコモコ子爵はひれ伏さんばかりに公爵を拝み、喜びの声をあげる。
「今の王に不満を持つ者も多いので、甘言を用いて工作を成功できました。
お願いです。我が家の子供達を虐待し、財産を奪ったポトフの首を取っていただきたい」
ロコモコの子どものうち、鉱山で働かされていた嫡男は骨と皮になって戻ってきた。
タンドリー侯爵の妻になっていた娘については、侯爵からポトフ家に引き渡されたと聞き、ロコモコ家が帰すように求めていた。
その後暫くして娘は王都の中心の広場で縛られて投げ出されていた。
その横には、生家と名前、そして姦通を繰り返したことと鉱山の娼婦として勤めてきたという立て札が建てられていた。
広場で彼女を囲み人集りがしているところに、噂を聞いたロコモコ家から慌てて引き取りに来たが、その後彼女は部屋に引き籠もり、家族にも会おうとしていない。
ロコモコは宮内大臣の解任や子供達の醜聞により貴族社会で嘲笑されている。
彼は地に落ちた家名の回復のために、必死になってシュラスコの走狗となって裏工作に勤しんだ。
それがようやく実を結んだのだ。
「王め、儂を引きずり降ろそうと工作していることは知っているぞ。
お前の工作によりあの若僧が驚く表情が目に浮かぶ」
「しかし公爵様、これは国王の大権を犯すこと。
明るみになった時には大罪を問われますが…」
ロコモコが今になって恐ろしくなってきたのか震えながら尋ねるが、公爵は意にも介さない。
「勝てば官軍というではないか。
実力があれば王は何も言えぬし、文句をつければ新たな王を擁立すればよい。
気にするな。
それよりもどのポストを望むのかを考えておけ」
公爵は上機嫌で酒を煽り、珍しくロコモコにも勧めた。
そして兵が揃い、シュラスコ軍は王都を出立する。
ジョージは総大将として飾り付けた鎧を着けて、女達に手を振って愛想を振りまく。
王は苦い顔をして王宮からそれを眺める。
王都からの出陣など認めるつもりはなかったのに、シュラスコ公爵は大軍を恃み強引に出ていったのだ。
「陛下、大変です!
当番中の近衛軍の大半がシュラスコ軍について出陣してしまいました。
しかも、王国の錦の御旗を持ち出されたようです。
どうやら前宮内大臣のロコモコが手引きしたようです」
近衛隊長が荒い息で走り寄って報告に来る。
「なんだと!
近衛軍の出陣と錦の御旗の利用は王しか決定できない大権。
そして近衛軍が錦の御旗を持って参戦すれば、シュラスコは官軍の大義名分を得て相手のポトフは賊軍になる。
私戦ではなく、王国の討伐ということになるではないか!
勝てばシュラスコが復権し、負ければ王宮の権威は失墜し、かつポトフの恨みを買う。
どちらになっても非常に不味い状況だ。
すぐに追ってシュラスコを捕えて罪を問うのだ!」
王は真青になって叫ぶ。
「しかし、馬や武器は持ち出され、他の部隊は休暇中で集めるのに時間がかかります。
戦いには間に合わないかと思います」
近衛隊長の返答に王は言葉を失った。
シュラスコ軍はポトフ領を目指して行軍するが、公爵の縁故や金による寄せ集めであり、士気は低くスピードも上がらない。
ライアンは少人数の部隊を編成し、輜重隊を襲い、夜間に大声や火矢での襲撃を繰り返し、敵兵を眠らせない。
シュラスコ兵はポトフ領に近づくと食事も減らされ、睡眠も十分に取れずに疲労の色が濃くなる。
「飯も少なく、寝ることもままならない。なんの為にこんなところまで攻めなきゃならないのだ」
という声が兵士に広がる中、実質的な指揮官である傭兵隊長は、ポトフ領の財宝の略奪を許すと言って士気を上げようとする。
しかしジョージは料理人に作らせた豪勢な食事を食べながら、許可を貰いに来た傭兵隊長を怒鳴りつけた。
「ポトフ家の金は我が家のものだ。兵などに与えるものはない!
そもそもこちらは敵の数倍の兵力。士気が低くても勝てるだろう」
そして誰にも聞こえない小さな声で「奥の手も用意されているしな」と付け加える。
傭兵隊長は暗澹とした気持ちで退出した。
いよいよポトフ領に入ると山麓に広がる広大な草原でポトフ軍は待ち受けていた。
その数は2千と少ないが、故郷の防衛の為と士気は燃え上がるばかりに高い。
対するシュラスコ軍は1万、ポトフ軍の5倍。
しかしその士気は目を覆わんばかりに低く、脱走兵が相次いでいる状況を見た傭兵隊長は近接戦を避けて、何重もの陣を引き、弓矢で敵を削る事を選択する。
「弱気なことだ。
こんなことしかできないのなら高い金を出しておまえを雇う必要もないな」
ジョージは傭兵隊長を嘲笑い、「見ていろ、俺があっという間に敵を降伏させてやるからな」と謎めいたことを言う。
そして、「あれを出せ!」と側近に命じた。
出されたのは錦の御旗と近衛軍の軍旗。
「これは!
王陛下はこちらに与されたのですか?」
何も聞かされていなかった傭兵隊長は驚く。
「そんなはずはなかろう。
ロコモコが親父の息のかかった軍幹部に賄賂を贈り、こちらに付かせたのだ。
しかし、裏事情を知らねばこちらは官軍。
この旗を見れば、ポトフも恐れ入って降伏するだろう」
そう哄笑するジョージは立ち上がり、前線に出て大声で叫ぶ。
「ポトフ及びその配下、見ろこの旗を。
王はこちらに付いた。貴様らは賊軍。
今降伏するならばポトフの命と領地財産の没収だけで済ませてやる」
ジョージはいつ降伏の白旗が掲げられるかと待つ。
さて、ライアンは待ち構えていたところにシュラスコ軍がやって来て、陣を構えるのを見て少し感心する。
「てっきり数を任せて無策に押してくると思ったが、何重にも陣を引いて弓矢で攻撃するとはな。なかなかできる奴が付いている。
とは言え、我が軍の力ならば強行突破もできるが、領兵を失うのは避けたい。
早く敵軍を崩すのにどうすればいいか効果的か」
考えているところに、何やら旗が掲げられ、ジョージらしき男が喚いている。
「何が錦の御旗、官軍だ。
王がどちらに付こうが知ったことか。
しかし、あの王め。
こちらに好意的と思わせておいて結局シュラスコに付いたか。
やはり王宮の奴らなどみなクズだな」
ライアンの独り言が終わらないうちに、麾下の兵は叫ぶ。
「俺たちの主人はライアン様のみ。
ライアン様が俺たちを守ってくれて豊かにしてくれた。
王でも公爵でも関係あるか。
俺たちはライアン様に付いていくだけだ」
そう言って嘲笑い、一斉にジョージに矢を射掛ける。
降伏を待っていたジョージは思わぬ攻撃に驚き、「王や官軍の威光も知らぬ田舎者どもが!」と罵りながら護衛兵に守られ後方に下がる。
「よし、この機に赤い旗を振れ!」
これは内通した領主に裏切らせるための合図。
当初は乱戦の中、ポトフ軍の強さを見せた上で寝返らせるつもりであったが、兵の被害を抑えるためには最初に敵陣を乱した方が良いと判断する。
しかし、大きな赤い旗を振れど、内通者は動かない。
ポトフ軍には通用しなかったが、彼らは官軍の威光に恐れをなし、裏切るのを躊躇っていた。
ライアンは誰も動かない戦場を見回し、憤然とシュラスコ軍前に馬を進め、轟然と吠えた。
「貴様ら、臆したか!
妻や娘の無念を忘れ、それでも男か貴族か!
汝らが動かぬなら構わぬ。
お前たちごと叩き潰すのみよ!」
その雷の如き声を聞き、シュラスコ軍の一翼を担うビリヤニ男爵の胸中は締め付けられる。
彼はシュラスコ一門の貴族であり、一族の頭領の公爵に忠実に仕えてきた。
彼は公爵から紹介された一門の貴族令嬢を妻に迎える。
妻は美人で気立てのいい女であり、ビリヤニは気に入り、夫婦円満に暮らす。
妻はしばしば本家の手伝いによばれていたが、暗い顔で戻ることが多く、ビリヤニはそれが気になっていた。
待ち望んでいた妻の懐妊がわかる。
男でも女でも無事に産まれてくれればと願っていたビリヤニだが、出産されたのは金髪の子供であった。
夫婦とも黒髪であり祖父母縁者にも金髪などいない。ビリヤニは思わず言葉を失った。
妻は出産を終えてぐったりしていたが、夫の強張った表情を見て、改めて赤子を見返し、産婆の手から奪い取る。
そして「ごめんなさい!」と叫ぶと、手近なところに置いてあったハサミを掴み、赤子の胸を突き刺すとそのまま自らの首を刺した。
一瞬の出来事にビリヤニも産婆や侍女も手が出せなかった。
手当の甲斐もなく母子ともに亡くなった。
お産がうまくいかずに母子とも亡くなった事とし、葬儀を行うが、その時に公爵の代理でやってきた次男ジョージが金髪であることに気がつく。
彼が葬儀で下卑た笑いを浮かべ、抱き心地のいい女だったのに残念だと呟いていたことをビリヤニは家臣の知らせで知る。
憔悴していたビリヤニも今度の私戦に動員されたが、その行軍の際に知人のサモサ伯爵から、ジョージの手記が渡された。
その中には、妻が結婚前から公爵父子に弄ばれていた事、結婚後関係を断とうとする妻を脅し、何度も館に呼んでいたぶっていた事が記され、最後に、このオモチャが壊れて残念と書かれていた。
ビリヤニは血が逆立つ思いがし、サモサが求める裏切りを約束した。
しかし、その現場に立つと官軍や主家に弓引くことへの恐れから踏み出せない。
そのビリヤニの背中を押したのはライアンの雷音のような声だった。
それを聞いたビリヤニは立ち上がって赤い鉢巻を着け剣を抜くと、「敵はシュラスコ軍。ジョージは我が妻の仇。奴を討て!」と叫び、後方のシュラスコ本軍に斬りかかった。
ビリヤニの寝返りを見たシュラスコ軍のあちこちでは同じような光景が繰り広げられ、もはや敵味方入り乱れての乱戦となる。
「よし、今だ!全軍突撃!
赤い鉢巻は味方だ。攻撃するな」
それを見たライアンは叫びながら先頭に立って斬り込む。
元から戦意の低いシュラスコ軍は早々に崩壊し、我れ先にと逃げ出した。
「これはどういうことだ!
何故圧倒的に有利なこちらを裏切るのだ!
ビリヤニ、貴様一門でありながら寝返るのか。不忠者め!」
ジョージは目の前にビリヤニ男爵が血走った目で剣を抜き駆けてくるのを見て、そう叫ぶ。
「我が妻の恨みと言えば覚えがあろう。
死んだ時の妻の言葉が耳を離れぬ。
貴様はここで殺す!」
打ちかかるビリヤニの剣を傭兵隊長が受け止め、彼を蹴り倒した。
「戦は負けだ。
ジョージ殿、逃げられよ。
せめて雇い主を生還させなければ我が沽券に関わる。
お前たち護衛につけ」
傭兵隊の精鋭を護衛につけてジョージを逃す。
ジョージの馬は王都でも最も高い駿馬。それに跨り一目散に逃げて行く。
それを見送った傭兵隊長の前に巨大な影ができる。
「あれはジョージだな。
逃げ足だけは早いが、奴は逃がさん」
男の身体からは恐ろしい闘気が燃え上がる。
この男を止めなければと立ち向かう傭兵隊長だが、馬上からの巨大な一太刀で袈裟懸けに斬られる。
「貴様の名は?」
瀕死の息遣いで訊ねる隊長に、巨大な影はもはや彼を見ずに、馬を走らせながら言葉を残す。
「ライアン・ポトフ!」
総大将が逃げ、実質的な指揮官が死んだ今、シュラスコ軍は完全に崩壊し、逃げ出すか降伏するかである。
もはや戦闘は片がついた。
ライアンは後を騎士団長に任せ、数騎の部下を連れて、恨み骨髄に徹するジョージを追って馬を走らせる。
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