領地貴族の家庭の模様

サモサ伯爵が上屋敷に戻ると、家臣が満面の笑みで出迎える。


「ソル様、やっとあの奥方を追い出すことができます。

直ちにあの間男との館に行きましょう」


「勿論だ。

一応武装もしていけ。抵抗すれば捕らえねばならん。

運良くベットで愉しんでいてくれれば、現行犯で間男と密通妻もろとも殺せるのだが」


サモサ伯爵が嬉々とした声で言うと、笑いが起こる。

サモサ家の主従は馬を走らせて、下屋敷に向かった。

そこは上屋敷よりも遥かに豪壮な建物であった。


「何度見ても腸が煮えくり返ります。

我が家には王都に二つも屋敷を置く余裕などありません。

それをあの奥方は結婚してすぐに屋敷を作らせ、そこを愛人との巣にして贅沢三昧。

それはすべて領民の税であり、領内を豊かにすべき原資。

それをよくもよくも・・」

家臣はそこからは言葉にできず、血が出るまで唇を噛みしめる。


「お前たちの気持ちはわかっている。

奴らの贅沢のために、僕の食事を減らし、家臣の給与も削ったのだ。

何度殺してやろうと思ったことか。

それも今日まで。さあ行くぞ!」


サモサ伯爵が下屋敷の門番に中に入れるように命じるが、門番は、「奥様に聞かねば入れかねます」と主君を馬鹿にしたように笑う。


伯爵は直ちに首を刎ねた。


「何をする!」

もう一人の門番が驚いて叫ぶが、伯爵の家臣に取り抑えられ、門を開けさせられる。


中に入った家臣は、すぐに散開して中を探索する。

下屋敷にいる人間はすべて妻の実家や愛人の関係者。

寄生虫めが!と少しでも抵抗する者は情け容赦なく斬り捨てる。


「毒婦と間男が寝室にもいないが、まだベッドは暖かい。

近くにいるぞ!」


手分けして屋敷中を探す。


「見つけたぞ!」

妻と愛人は騒ぎに怯え、物置小屋に隠れて抱き合っていた。


「何者だ!

ここはサモサ伯爵の屋敷。狼藉があれば後で厳罰に処されるぞ!」

愛人が叫ぶ。


「プッ、サモサ伯爵の屋敷だと。

これは笑わせるぜ。伯爵様を中にも入れないのにか」

伯爵の家臣はその愛人の薄化粧をした綺麗な顔を蹴りつけた。


「待て、オレは以前、こいつの命令をきかなかったら、この下郎めがと唾を吐きかけられて鞭で打たれたぞ。

そのお返しをしてやらなければ」

もう一人の部下がそう言って剣の柄で顔を殴ると鼻が陥没する。


「野蛮な田舎者に殴られる気分はどうだ?

なかなかいい顔になったじゃないか」

サモサ伯爵は楽しげに笑う。


「彼に乱暴しないで!

アンタ達平民が貴族に暴力を振るっていいと思っているの?

あたしたちは白い結婚。アンタはあたしにお金を出す代わりに、アンタと田舎の側室との子どもを、アンタとあたしの子どもとして認知することで合意したでしょう!」


愛人が殴られるのを見て、伯爵夫人カーラが騒ぎ出した。


「ああ、カーラ、お前なんかを抱いたらすぐに托卵されるに決まっているしな。

それならば最初から抱く必要はない。今や領主貴族の常識だぞ。

そして夫婦の営みもなく、領地のことにも家政にも関与せずに遊び呆ける、

そんな妻に大金を渡す必要があるか。


それに付け加えると、頼まれてお前の愛人はサモサ伯爵家で雇用したな。ここの屋敷の管理人として、仕事はないが高給取り。

その時にそいつの親は田舎貴族の家臣になるなら籍は抜くとしていたから、もう平民だ。


それにお前、隠していることがあるだろう。

おい、入ってこい」


サモサはドアの向こうに声を掛ける。


「ソル様、お久しぶりです」

入ってきたのは夫人が信頼していた侍女。


「バーバラ、苦労をかけたな。

では話してくれ」


「奥様はそこの男と共謀し、領地に戻りお子様と寛がれている時に殺し屋を派遣してソル様とそのお子を殺し、自身の子供を跡継ぎにしようとしていました。

これが殺し屋との契約書です」


バーバラの言葉を聞いた家臣は憎しみの籠もった目で伯爵夫人を見る。


「バーバラ、目をかけてやったのにこの裏切り者!

ソル、何よ!

アンタの子どもは領主貴族で、あたしの子どもがその家臣なんておかしいでしょう。

あたしと彼の子どもは両親とも貴族なのよ!


それと言っておくけど、アンタはあたしと離婚できないことを忘れたの。

何をしても宮内大臣は許可しないから。

こんなことをして、あたしの実家からシュラスコ公爵様に申し出て、アンタの領地に懲罰を与えてもらうから。

もう許しを請うてもだめだからね」


ニヤニヤしたカーラはさもいい気味と言わんばかりに嘲笑する。


「おいおい、これを知らないのか」

サモサは新たな宮内大臣の知らせを見せると、彼女は言葉を失った。


「さあ、不貞と陰謀の咎でこの女は実家に送り返し、これまで渡した金を少しでも返してもらおう。

この男は貴族の籍を抜けて伯爵家の家人になった。

其れで主人の妻と姦通していたのだ。遠慮はいらん。

指を一本ずつ折るところから始めて、これまでの俺達の苦しみを分からせてやれ」


サモサの言葉に男は悲鳴を上げ、カーラは金切り声を上げる。


「私は悪くない!

そもそもアンタが結婚式の夜の初夜の時に、お前を抱くつもりはない、托卵されては困るからななどとケンカを売るからじゃない。

そうなれば屋敷を作って愛人とそこにいるしかないじゃない!」


「お前の貴族学校での行状は知っている。

田舎者に嫁ぐなら、王都でお洒落な愛人を作ってその子どもを世継ぎにすると公言していただろう。

おまけに僕に会った時の第一声は、「だっさ、このセンスのない男が私の夫になるの、ガッカリ」だったな。

小声で言ったつもりかわからないが、丸聞こえだったぞ。

そうなればこちらも対策を講じなければ仕方あるまい」


つまらなさそうに言うサモサに、なおもカーラは喰い下がる。


「私だって本当はちゃんとした領主夫人になるつもりだったのよ。

学校ではああ言わないと舐められるし、最初に会った時に言ったのはいつも強気なことを言ってたから、照れ隠しよ。

それを本気で取られたらもう言ったとおりにするしかないじゃない」


カーラの泣き言にサモサは取り合わない。


「それは不幸な行き違いだったな。

宮廷貴族からの嫁のこれまでにやったことを見れば仕方あるまい。

もうこれ以上の問題は無用。


さあ、お前達、半分はこの屋敷から金目の物を持ち出せ。

この汚れた屋敷も売るぞ。

そして残りはこの女を連れて実家にこれまでの支援分を取り立てに行け」


部下たちは泣き叫ぶカーラを連れて出ていく。

一人となったソル・サモサ伯爵は、今更なことをと独り言を言い、宮内省に離縁届を提出しに出かけた。


宮内省に出した離縁届は、理由を尋ねられた上で受理された。

その帰りに宮内省の通知を知らせてくれた友人のコフタ子爵を訪ねる。


「コフタ、ようやく妻と別れられたよ。

情報をありがとう」


サモサは今ひとつ冴えない表情で話しかけた。


「その割に顔色が曇っているね。どうかしたかい」

長年の友人は素早く彼の気持ちを察したようだ。


「あの妻のことだ。

酷い行状の上、僕と子どもを殺す陰謀まで企てていたから仕方ないが、君の家庭を見るともう少し何とかならなかったかと思うよ」


「まあ、それはお褒めいただいているのかしら」


そうにこやかに笑うのはコフタ子爵夫人のサリー。

彼女も宮廷貴族の娘だが、身を慎み、夫を立てて家政の切り盛りをしている。

かつ実家と上手く連絡を取って、夫に利益をもたらしている。

実家の父は宮内省の幹部。

その伝手で今回の通知もいち早く手に入れ、サモサに知らせたのだ。


「宮廷貴族の娘との婚姻では、初夜の時に白い結婚を宣言するのは、先輩達の苦労を見てきた領地貴族の知恵だ。


離婚できないところに、タンドリー侯爵のようにとんだ悪妻をもらってその言いなりになれば、領地の経営は傾き、どこの馬の骨か分からない子どもを世継ぎにされるなど酷い目に合わされる。


そこで最初に縁を切るようなことを宣言して、相手の様子を見る。

ここの奥方のように何ヶ月も浮気をせずに、夫やその家のために尽くしてくれるとわかれば、こちらも心を開けるのだが。


カーラのように、それならば愛人を認めろ、贅沢させろでは見放すしかない。

僕も一年は我慢してカーラの様子を見ていたのだけど、浮気、浪費と噂に聞く宮廷貴族出身の妻らしいことばかり。

これでは一度抱いたら托卵されるのは目に見えていたからな」


回顧するようにサモサ伯爵は上を向いて呟く。


はいどうぞとお茶を勧めながら、サリーが柔らかく言う。


「カーラさんは学校時代からリーダー的な方でしたからね。

いつも男女を問わず友人を従えて、王宮の高官の子息と結婚すると大言壮語されてましたわ。

それが上手くいかずにサモサ伯爵様に嫁ぐことになり、こじらせたのかもしれません。

根は悪い人ではないと思いますが」


「元は普通のお嬢様だったのだろうが、環境が悪かったのか、今の宮廷貴族の娘の典型だな。

それにしても奥方はそんな環境でよく良妻賢母となられたものだ」


ソモサは出された茶を飲みながら、不思議そうに尋ねた。


「ふふっ、父から、こんな歪な関係がいつまでも持つはずはない、後で酷い目に合いたくなければお前は夫と婚家の為に尽くしなさいと散々に諭されていましたからね。


それに、嫁いで勝手なことをした方々が事故として処理された話も聞かされました。

愛人を愛しても公にはできないのは明らかだし、家臣の皆様に憎まれるのも嫌です。私が愛するのは夫だけで十分です」


妻の言葉を聞きながら、照れたようにコフタ子爵は言う。


「我が家は貧しくて、君やライアンのところのように浪費させる金もないしね。

それでも家臣の警戒は厳しくて、妻のところは男子厳禁。常に領地から来た侍女が付いている。

産まれた子どもも僕に似ているかチェックしているよ」


そこでコフタは口調を改めて、サモサに聞いた。


「ところでライアンの様子はどうだった?

あんなに愛してた奥方に裏切られてさぞショックだろう。

子どもを作る前に奥方の真意を試してみた方がいいなどと言わなければ良かったかな」


彼は後悔しているような様子で友に尋ねた。


「ライアンは女に慣れていなかったし、後ほど裏切られたらもっと大事になっていただろう。

それにあんなに清純そうな女性ならばまさか裏切るまい、その貞淑さがはっきりすれば、これから子どもを作るときにも安心だろうと思ったのだが。


それが案に相違し、社交界で浮かれて遊び歩いていると聞き、まずいと思って、ライアンに彼女を引き取りに行けと言ったのだが、彼はシャロンの心底を見なければならないと、あそこまで監視を続けたのだ。

それにしても人は見かけによらないとは言うが、女性不信になりそうだ」


サモサは溜息をついて、天井を見上げ、憂鬱な顔をする。


夫とサモサの応対を、お茶のお代わりを入れながら聞いていたサリーが口を開く。


「シャロンさんのことは夫に聞いていたので、久しぶりに社交界に出て、お友達になろうとしたけれど、タンドリー侯爵夫人にブロックされ、ご本人も浮かれて話を聞く様子でもなかったわ。

見たところ、良くも悪くも無垢な方のようだったので騙されるのも早かったでしょうね。

もう少し世慣れていれば…


多分今頃本当に後悔してると思うし、話を聞くとぎりぎり不貞未遂なのでしょう。

なんとかポトフ伯爵に赦してあげるように言ってあげて」


それを聞いたコフタ子爵は難しい顔をする。


「以前に会った時にライアンは本当に嬉しげに奥方を紹介していたからな。

ずっと一人で苦労してきた奴にはシャロンさんは無二の宝物だったのだろうな。

それが裏切られた怒りは計り知れない。

ライアンの心の傷が心配だ。まずは彼をフォローしてやらねば」


サモサ伯爵も頷きながら付け加える。

「彼女が僕の前妻のように確信犯の浮気ではないようだが、だからといって彼女が裏切ったのは事実。

悪いが、僕達はライアンの友。彼のことが優先だ。

シャロンさんのことは二の次だな」


二人の男はやりきれないように茶を飲み干し、こんな時は酒が良かったなと思った。



さて、タンドリー侯爵は、金の返済を迫るために妻を実家ロコモコ子爵に返したものの、その後の音沙汰がなく、イライラしていた。


「あの女、何をしている!

さっさと幾らかでも金を用意してこい!」

連日督促の使者を送るが、今用意しているところだと言う返事が来るばかり。


そこに来たのが、ロコモコが宮内大臣を解任されたという情報と、姦通法の実施の知らせである。


「つまりシュラスコ公爵の権力は失墜したということか。

ならばシュラスコ派の最右翼のロコモコと結ぶ理由もない。

すぐに奴の屋敷を襲い、金目の物を奪え。

もはやあの女を妻としておく必要もない。

今までの我慢を晴らす時が来た!」


タンドリー侯爵は家臣を率いてロコモコ家を襲撃するが、めぼしいものはポトフ伯爵が持ち去り、ろくなものは残っていない。

やむを得ず、ロコモコ子爵を責めてその隠し金を取り上げるが、その額は期待を遥かに下回る。


「くそっ、これではポトフの要求に全く足らない。

せめてこの女の首でも送って鬱憤を晴らさせるか」


「やめて!

領主貴族に嫁ぐのならばこれくらい大目に見てもいいでしょう。

あなたもお父様の力でいい目にも合わせてあげたじゃない」


夫人が叫ぶ。


「お前の連れてきた借金まみれの親族の処理で我が家は破綻しそうだ。

おまけにせっかく上手くいっていたのに、お前が浮気させるからポトフは激怒。

責任取れ!」


どなりつけるタンドリー侯爵に、夫人の隣にいるロコモコ子爵が脅すように言う。


「タンドリー侯爵、こんなことをしてシュラスコ公爵から報復があるぞ。

すぐに謝罪し、娘を元の扱いにしろ」


「新しい王陛下は姦通罪を復活させました。

すなわちシュラスコ公爵の婚姻政策は破綻、公爵はもはや失権したということでしょう。

これから領主貴族は報復するでしょうな」


そこに部下が首を持ってくる。


「かの愛人の首を持ってきました」


「見れば見るほどおまえの産んだ子どもに似ているな。

長じるほど私に似ているところがないと思っていた。

いずれは事故として殺すつもりだったが、母子ともども命は助けてやる。

ポトフはどうかわからんがな」


そう言うと、タンドリー侯爵は部下に命じる。

「この姦婦の髪を切り、下女の服装にして、集まった金とともにポトフのところに運べ。

誠意として、とりあえずの金とともに、元凶の女を渡すので好きにしてくれと伝えてきてくれ」


そして泣き叫ぶ妻を部下に任せて、疲れたように自らの屋敷への帰路につく。


(悪妻から縁が切れたのは良かったが、ポトフは許してくれるのか。

また、アイツとシュラスコ公爵の緊張が高まっている中、どう立ち回ればよいのか)


タンドリー侯爵の悩みは尽きなかった。















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