フェーデの始末
王宮から戻ったロコモコ男爵は憤懣やるかたなく怒りながら自宅に入る。
「くそっ、わしが宮内大臣をクビだと!
あの若僧の王め。
何が不正を糺し、貴族社会を正常化するだ!
シュラスコ公爵様に訴えてやるわ」
シュラスコ派閥の有力者として宮内大臣になり、大きな顔をしてきたロコモコだが、最近は碌なことがない。
貴族学校に通っていた息子はポトフ伯爵を侮辱したと捕えられ、フェーデか身代金かという書状が来ている。
タンドリー侯爵に嫁いだ妹は夫に追い出され、これまでの支援を返せと言われて実家に滞在中だ。
おまけに今日は宮内大臣をクビにすると王に言い渡された。
「そうだ。今日は奴が言ってきたフェーデの日だな。
あの田舎者を散々に打ちのめし、溜め込んでいると聞く財宝を奪い取ってやろう」
ロコモコは執事に命じて馬を出させて、定められた決闘の場所に赴く。
決闘場となる広い草原には、ポトフ家に捕らえられた子弟の実家の当主10人が顔を揃えていた。
「やあ、ロコモコ殿、今日は楽しみですな。
隠してますが、あの芋伯爵は鉱山から相当収益を上げているとか。
奴を生け捕りにして逆に身代金を頂きますか」
「一時はどうしようかと思いましたが、ロコモコ殿に口を利いてもらい助かりました。
さすがはシュラスカ公爵ですな。
10人ずつの決闘ならば、まとめてこちらは10家で100人出して叩き潰せとは。
おまけに、立ち合いの役人には手を回し、王都の暴力団から人も手配してもらい、ありがたい限りです」
口々に褒めそやす声にロコモコは思わず笑みが溢れる。
(そうだ、ここでポトフに勝って、シュラスカ様の評価を上げ、宮内大臣よりも出世してやる)
「さあ、そろそろ田舎者がやってきて、驚き騒ぐでしょう。
奴が怖気付いて決闘を放棄したら、奴の敗北。好きなだけ財産をむしり取りましょう。
よろしいですな、立会人どの」
目を向けられたのは、王宮からフェーデの立ち会いに派遣された役人。
彼はシュラスコ公爵から付け届けを貰い、何があってもロコモコの勝ちと判定を下すように言われている。
「勿論、決闘を辞退すれば負けを認めるという事。あとは好きにすれば良い」
そこへライアンが十数騎を率いて登場した。
見渡すと、約束の場所には100人以上の武装した男たちが薄笑いを浮かべて立っている。
「10家が一斉に挑んでくるとは、これは手間が省けたな」
「人数がいれば勝てると思っているとは、戦場に立ったことのない者の考えそうなこと。
ライアン様のお手を煩わすまでもありません。
私と配下で皆殺しにしてきましょう」
騎士団長が主君の敵を睨みながら言うが、ライアンは首を横に振る。
「俺の楽しみを取るつもりか。
最近のイラつきを晴らすチャンスだぞ」
話しているライアンに近づいてくる騎士がいる。
「ライアン、領地から出ないお前が王都に来て私戦と聞いたのでやってきたが、あの宮廷貴族の奴ら、10倍もの人数を用意しているぞ。
お前なら心配いらないと思うが、俺も配下と加勢しようか」
親しげにそう話しかけてきたのは、数少ない友である同じ領地貴族のサモサ伯爵。
ライアンが貧窮の時に、相身互いだと乏しい財政から金を用立ててくれた時からの付き合いである。
「ソル、久しぶりだな。ありがとう。
でもあの程度問題ない。
そこで観戦していてくれ」
ライアンはあっさりと申し出を断り、部下に向かう。
「さあ相手は100人はいるようだ。
こちらの10倍、逃げたい奴は逃げてもいいぞ」
部下は腹を抱えて笑い出す。
「ライアン様、ここに参加したい奴らが多すぎてやっとくじを引いて選ばれたのに、誰が逃げ出すのですか?」
「後ろには仲間が観戦に来ています。
いつでも代わってやるぞと声がしますぜ」
剣や槍を振り回し、やる気満々の部下を見て、ライアンはニヤリとする。
「あんなデクども俺一人でいいかと思ったが、そう言うならば一緒に遊ぶか。
さあ、誰が一番多く斃せるか、今日の宴会の主役を賭けて行くぞ!」
そして、ルール違反だと文句が来ると思っていた立会人に、始めるぞと一言かけ、
ライアン達は敵に近づく。
ゴロツキ達の顔もはっきり見える距離となり、立会人が決闘の開始を述べようとした時、ライアンはいきなり短槍を相手の指揮官らしき男に投げつけ、その胸を貫いた。
ポトフ兵はそれに続き、たちまちに小隊長らしき敵兵が10人死ぬ。
指揮官を失い混乱する敵にライアンはそのまま突っ込み、その巨大な剣を払ってたちどころに5人を吹き飛ばした。
「ライアン様〜、さすがです!」
「ライアン様ばかりに働かせるな。飯を抜きにするぞ!」
と後方から見物に来た侍女や兵から声援が来る。
槍働きで主君に遅れをとるわけにはいかないと部下たちも剣や槍を振るい、血の海を作る。
街のゴロツキなど歴戦の兵にとっては案山子のようなもの。
決闘の広場はネコがネズミを狩る場所と化した。逃げる者は見物に来ていたポトフ兵が嬉々として斬殺する。
逃げることすら許されず、100を超えるゴロツキの死体だけが残った。
ライアンは20を数えたところで殺戮に飽き、部下の観戦をしていた。
「こう手応えがないとつまらんな。
しかし、貸し金の取り立てはしなければな」
ライアンは立会人に「全滅させたぞ。オレの勝ちでいいな」と念を押す。
そして思わぬ展開に黙っている立会人の首を掴み喉を圧すると、慌てて「ゴホッ、ポトフ伯爵の勝利です」と咳込みながら言う。
次にライアンは、たちまちのうちに代理で戦わせたゴロツキが全滅、茫然とするロコモコ達に近づき、部下に彼らを取り巻かせる。
「フェーデで負けた以上、貴様らの生殺与奪は俺の胸三寸。
命が惜しければ今から兵をつけるので、屋敷に戻り、家をひっくり返し、高利貸しに借りても金を用意しろ。
今日用意できなければ指を切り、明日は耳、次は鼻、それでも払わないなら一家根切りだ。
時間がないぞ、急げ!
一つ言い忘れていたが、お前たちの子供は鉱山に送り、男は鉱夫、女は炊事洗濯婦として自分たちの食い扶持を稼がせているぞ。
もっとも寝込んで手間を取らせる奴が多いがな」
兵は彼らの首に剣を突きつける。
平民の命は塵芥のように扱っているくせに、兵に脅されると貴族たちは震え出す。
「わかった!
金は出す。だから脅さないでくれ」
震え上がる貴族に兵を付けて、それぞれの屋敷に行かせ、一息ついたところにサモサ伯爵が驚いたようにやってきた。
「これくらい驚くほどでもないだろう」
ライアンが澄まして言うが、友の反応は予期せぬものだった。
「ライアンがあの程度やることはわかっていたさ。
それよりもこれを見ろ。
今、執事が急いで持ってきたものだ」
ライアンはその渡されたら紙を読む。
『これまで前宮内大臣の恣意により姦通法の実効が止められていたが、今後は同法を規定通りに適用する。
宮内大臣』
サモサは、はっきりした反応を示さないライアンに苛立ったように言う。
「わからないのか?
これで浮気をし、愛人を作っていた妻を追い出せる。
僕もシュラスコ公爵に強く勧められて宮廷貴族から妻を迎えた。
そうしたら酷いものだ。
田舎には行きたくないと王都から動かない、実家への援助や自分の贅沢で浪費する、結婚前からの恋人を愛人にして浮気する、そしてそれを王都の貴族の常識だと言ってのける。
怒れば、実家からシュラスコ公爵に言いつけて、大規模普請や対外出兵を命じるぞと脅す。
そんなことをされれば領地は破滅だ。
家臣とともにどこまで我慢したことか。
毒婦を殺せと騒ぐ部下を宥め、領地に投資するための貯金をあの女に浪費され、本当に辛かった。
やっとそれから解放される。
アイツを追い出せる。いや、急がねば、喜ぶ部下が殺しに行っているかもしれない。
じゃあライアン、また会おう」
踊るように馬に跨り、走せる友を見ながら、ライアンは呟く。
「では、俺もシャロンと離婚できるのか・・。はてさてどうするべきか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます