寄親と妻の家族への宣告


王都屋敷に帰宅後、意思のない人形のようなシャロンを部屋に閉じ込めさせたライアンは家臣に何事かを命じ、そのままタンドリー侯爵家を訪れる。


「伯爵まだ戦場ではなかったのか。

いつ王都に来たのだ?」


タンドリー侯爵は、険しい顔つきのライアンの突然の訪問に驚く。


「私が出征している間にシャロンが浮気をしていましてね。それも侯爵夫人が手びきしていました。

養父母に責任を取ってもらいたく参上しました」


タンドリー侯爵は寝耳に水の話しに驚愕する。すぐに夫人を呼び出し、詰問したが、彼女はしらを切り、話を躱そうとする。


業を煮やしたライアンは、部下に指示して事前に押さえておいた侯爵夫人の侍女を連れてこさせた。

彼女は、主である侯爵夫人が金と抱いてもらうことを条件に、公爵家の次男の言うままにシャロンを陥れたことを証言する。

その具体的な証言に言い訳もできず、夫人は不貞腐れる。


「浮気や愛人など貴族にとって当たり前。

そんなことで騒ぎ立てるとは田舎者には困ったものね」


「立派な養母様だ。浮気を自慢するなど田舎者には理解できませんな。

それならば浮気する養女だと最初に言っておいていただきたかったですね。

では、田舎者に合わない浮気妻は引き取ってくださるということでよろしいですな」

ライアンは口を歪めて皮肉を言う。


ポトフ家は最有力の寄り子であり、縁を切られれば困るのはタンドリー家だ。


慌てた侯爵は、夫人に「余計なことを言うな。しばらく部屋に引っ込んでいろ」と部屋に戻らせ、ライアンの方を向く。


「どうすれば気が済む。金か?」


「そうですね、二つお願いがあります。

まずは私が支払ったケバブ家の借金とシャロン達に費やした金、併せて8億ゼニーを払っていただきたい。

その中にはお宅のご夫人も相当使ってくれた分も含まれますが、湯水のように使ってくれたものです。

 次に、間男の実家、シェラスコ公爵へ喧嘩を売るのでケツを持ってもらいたい」


ポトフ伯爵の要求にタンドリー侯爵は悲鳴のような声を出す。


「どちらも出来るわけがない。

8億ゼニーなど我が家が破産する。

シェラスコ公爵は我が国有数の実力者。わしの力ではとても及ばぬ」


「どちらも拒絶ですか。

ならば寄り子の縁を切り、以後は私のやり方で損害を埋めさせていただく」


ポトフ伯爵は懐から絶縁状を出し、侯爵に叩きつける。


「待て。わしにできることはしよう。

これまで色々と世話してやったではないか」

侯爵は必死で引き止める。


侯爵家の財政は高位の法衣貴族出身の夫人の浪費や親族付き合いで逼迫し、金の余裕はない。最近は寄親の勤めである地域の賊の討伐もポトフ家に任せている。ここで縁を切られれば破綻する。


「これまでの借りは十二分に返したはず。

頼まれて借金付きの嫁も引き受けた。

その挙げ句が顔に泥を塗られたのでは縁切りも当然でしょう。

あとは他人と思っていただきたい」


そう言うと、ライアンは去っていく。


その後、侯爵は夫人を呼ぶ。

ふくれっ面でやって来た妻に、ポトフ伯爵との顛末を語り、怒鳴りつけた。


「お前がシャロンに浮気させたせいで我が家は存亡の危機だ。

子どもも生まれ、王都の常識というから愛人を持ってもいいとは言ったが、誰が養女に浮気をさせろと言った。

あいつの剣幕では離縁は避けられまい。

こうなったら少なくとも数億ゼニーをポトフに支払い、寄り子にとどまってもらわねば我が家は破滅。

すぐに実家に行って金の用意を頼め!」


「たかが浮気ぐらいでそんなに騒ぐなんて馬鹿じゃないの。

田舎者の戯言とほっておきなさいな」


バシーン!

それを聞いた侯爵は真っ赤な顔をし、そう言って平然としている夫人の頬を思い切り張った。


「痛い!何をするの!」


「すぐに実家に泣きつけに行け!

これまでも散々援助してやったんだ。

最低でも数億ゼニー用意させろ。

できなければお前と愛人の首を持って謝罪に行くぞ!」


これまでに無いほど怒り狂い、今にも剣に手をかけようとする夫の顔に夫人は恐怖してすぐに実家に駆け込む。

王宮で泳ぐだけしか能のない実家はその一件を聞くと困惑し、しばらくここにいて頭が冷えるのを待てと言うしかなかった。


ライアンは屋敷に戻ると、昨晩攫ってきた貴族子弟の様子を家老に尋ねる。


「爺、奴らは吐いたか」


「ライアン様、腹を一発殴っただけですべて話しました。

よくも我が領地やライアン様のことを悪しざまに申してくれましたな。

このまま拷問にかけて苦しめて殺してやろうかと思いましたが、忍び難きを忍び、我慢しました。

ご命令の通り、すでに各家の屋敷へは、我が家を侮辱したことに対する私戦の申し込みを送っています」


「よしよし。楽しみはあとに取っておいたほうがいいぞ。

びびった奴らは王宮に泣きつきに行くだろう。

国王がどんな判断をするのか楽しみだ。


王宮の奴らに、俺達が困窮していた時に助けを求めても、そんな辺境の民がどうなろうと王都に関係ない、草の根でも食っていろと言われたのは忘れたことがない。

もし我らを罰するなどと言えば、王都まで攻め寄せてやる」


ライアンが愉しげに言い放つと、家老の横に控えていた騎士団長が応じた。


「国元ではソーダ領との戦争後も軍備を解いていません。

ご指示あれば、一気に駆け上り、王都を焼け野原にしてやりましょう」


「戦や手荒なことを領主貴族に任せて、自分たちは贅沢三昧。

王宮の平和ボケした王族や宮廷ネズミの驚く顔が目に浮かぶ。

王宮に不満を持つ領主貴族は多い。

俺を討つというなら、彼らに蜂起を呼びかけこの国を覆してやる」


ライアンと重臣がいるのは、持ち主の貴族が自決した部屋。

いくら掃除しても落ちない血飛沫が残る壁を見ながら、呵々と笑うライアンの目の奥には薄暗い炎があった。


「ところで奴らを集めたか。ならばここに呼べ」

ライアンは口調を変えて、命じる。


手荒に連れてこられたのはシャロンとその家族である両親と弟妹。

両親は高級ホテルでくつろいでいるところを連行され、子どもたちと同じ部屋に放り込まれた。


その部屋は古く、カビ臭い、そしてよく見ると壁に血の跡が残っていた。そこで投げ出されるように芋と水だけの食事を出され、一家は初めて境遇が激変したことを実感した。

これからどうなるのか、不安と恐怖で寝られないまま、朝を迎える。


連れてこられた部屋の奥にライアンが座り、その周りには重臣が立っている。そして一家を殺さんばかりに睨みつけていた。


ピリピリした雰囲気の中、身体を縮めて入ってきた彼らは、今にも壊れそうな古い椅子に座らされる。


ライアンが黙っている中、家老が話し始める。


「さて、残念ながらシャロン様は不貞をされました。

腐った宮廷貴族は知りませんが、そのような方に我らの主君の妻の資格はありません。


ましてやこれから子作りをすると言っていた時だ。

他の男の子どもを托卵し、ポトフ家の跡継ぎとする。そして折を見てライアン様を毒殺し、愛人を連れ込んで我が主家を喰い物にする気だっただろう!

この毒婦が!」


最後は興奮のあまり、乱暴な口調となった家老の言葉に周囲の重臣は「なんと恐ろしい企みを!」と驚愕する。

思いがけないことを言われたシャロンは思わず大きな声を出す。


「そんな!

ジョージさんと遊んだのは悪かったけれど、ライアン様を殺すなどそんな恐ろしいこと思ってもいません!」


「ふん、そんなこと信じられるものか。

それは置いておいても確実なのは不貞しようとした事実だ。

無論ライアン様とは離縁とする」


予想していたとは言え、シャロンにとっては衝撃の言葉であり思わず泣き伏した。

憎々しげにそれを見つめた後、家老は呆然としている他の家族を見渡し言葉を続ける。


「それにしてもあなた達には失望しました。

我が領内は誰しもポトフ家に貢献するため、それぞれが全力を尽くしています。あなた達も何か役に立つことを考えるかと思いきや、この2年の間、あなた達は金を浪費するだけの寄生虫そのものでしたな。


ご当主、あなたと夫人は与えられた家で酒を飲み、王都に戻りたいという愚痴と領内の悪口を言うだけ。

せめて王都での人脈を教えるなり、礼法を教えるなり、役立つことを考えられませんでしたか。


そしてそこの弟妹。

わざわざ高い学費を出して貴族学校に行かせ、その後の就職先や結婚相手を世話したのは、人脈やコネを作りポトフ家の役に立って貰うため。

それを我が主君や領地の悪口雑言を言って回るとは。

呆れ果てて物も言えません。

犬でも餌をやれば恩を感じるというのに、犬畜生にも劣る方々ですな」


田舎の好々爺と見下していた家老に面と向かって罵倒され、動揺する一家に通告する。


「さて、結婚時に肩代わりした借金とその後の援助金、合わせて8億ゼニー、返せないのはわかってますが、少しでも取り立てたい。

無一文のあなた達に残っているのは子爵という称号だけ。

それを2億ゼニーで譲ってもらいましょう」


「いや、これだけは譲れぬ。

貴族であることは最後の誇りだ!」


さすがに父親は抵抗するが、では金を返してもらえるのですかと言われると黙るしかない。


そこで黙って眺めていたライアンが口を開いた。

「貴族とは何だ?お前、言ってみろ」


睨まれたジョージはおずおずと「平民の上に立ち、支配する者です」と言う。


「俺はお前と同じ年の頃、当主となった。

その時に貴族になるとは何かをそこの家老と騎士団長に尋ねた。

彼らの答えは、家臣・領民のリーダーであり、先頭に立って模範を見せ、この人についていきたいと思わせる人ですとのことだった。


その言葉を心に刻みつけ、俺は兵の先頭に立って戦い、戦災で心が折れた農民とともに耕し、疲れ切った鉱夫とともに鉱山を掘った。

彼らと同じ芋を食い、同じ掘っ立て小屋で寝た。

そしてどうすれば家臣や領民の生活をよくできるかをいつも考えていた。

それが俺の考える貴族だ。


お前達は俺の手が鉱夫のようだ、貴族らしくないと笑ったな。

俺はこの手で極貧だった領地を豊かにしてきたという誇りがある。

お前たちの思うのは、称号があれば貴族として平民を虐げ、贅沢三昧か。

それが貴族なら俺は貴族でないだろうな」


我慢しかねたように語るライアンを家老は止める。


「ライアン様の言葉も理解できない、このような奴らを相手にする必要はありません。

もう良い。さっさと子爵の譲渡状を書け!」


ライアンを煩わしたと思った家老は怒鳴りつける。


「ひー!わかりました」

父親は子爵を譲ることを証文として家老に渡す。


「待ってください!

貴族学校や私の縁談はどうなりますか?」

妹のカリンが震えながら口を開いた。


「何故我らの得にもならないお前たちの世話をしなければならない。

貴族学校は退学、縁談や就職は無くなった」

いい加減にしろと言わんばかりに家老は言う。


「そんな!

お許しください。

これからはポトフ家の悪口など言いません。

お役に立つようにします」


その声は周囲の重臣から冷笑で迎えられる。


「言うのが2年遅かったな。

戦場でも鉱山でも一度のミスで死ぬんだ。

二度はない」


騎士団長の吐き捨てるような言葉に家族は黙り込む。


もうケバブ家のことから話題を変えようとしたのか、家老が明るく語りかける。

「これを宮内省に出せば、ライアン様は伯爵兼子爵ですな」


そう話す家老に、ライアンは冗談交じりに返した。


「爺、これまでの苦労に報いるため、子爵にしてやろうか」


「御冗談を。

私は無意味な称号よりもライアン様から酒の一杯でも注いで貰えれば満足です」


笑いを収めて、一転して家老は一家に冷酷に宣告する。


「平民ケバブ一家、あと6億ゼニーの返済のため、男は鉱山で労働者として、女は労働者への食事づくりと洗濯に働け。

田舎者の金を使うだけでなく、稼ぐ方もやってみろ」


死者もでるという厳しい鉱山送りに、一家は震える。

その中でシャロンは口を開いた。


「お願いです。

何でもしますから、私はライアン様の近くで働かせてください!」


その言葉を家老は一笑に付す。

「ライアン様の情にすがるつもりか。見苦しいぞ」


「そんなつもりはありません。

下女の扱いで構いません。掃除でも洗濯でも汚れ仕事もします。

ライアン様の姿を見えるところで働かせてください」


「いいでしょう。これまで2年も教育したお返しをしてもらいましょう。

でも裏切り者に館の侍女達は甘くない。

おそらく1ヶ月で他に行かせてくれと言うでしょう」


助け舟を出したのは侍女長。

しかし、その言葉は厳しかった。


頭を下げるシャロンのことを無視して、話は済んだと手で追い払うように外に出させた。


重臣も退出した後、部屋には一言も話さなかったライアンと侍女長だけが残る。


「メーガン、俺のことを愛していると言っていたシャロンがあんなことをしたことが未だに信じられない。

最初挙動がおかしいと聞いた時、何か脅されて、無理矢理に強いられているのかと思いたかった。

きっと自分の目で見なければ信じなかっただろう。初心で純真としか思えなかったシャロンが、裏では平気で不貞をするなんて。

女は怖い。

俺はもう女を信じられない。

でもまだシャロンを見ると苦しいんだ」


ライアンは椅子に腰掛け、頭を手で抱えてうずくまった。

侍女長はライアンの頭を起こして、胸で抱きとめる。

二人きりの時は姉として振る舞うのが二人の約束だ。


「ライアン、酷い女に引っかかったわね。

もう王都の貴族娘などと縁を結ぶのを止めて、気立ての良い、器量良しの領内の娘をもらいましょう。

私が選んであげる。領内の娘はみんなあなたを慕っているし、貞節を汚されるくらいなら死を選ぶわ。

だからあんな裏切り女はもう忘れなさい」


「ああ、そうだな」

ライアンはよろよろしながら寝室に向かった。

今日も寝る前に強い酒を飲むのだろう。

シャロンの裏切りを知った時から酒で酔わねば寝られなくなったのだ。


「あの女、私の大事な弟を裏切って!絶対に赦さない。

手元において報いを受けさせてやる」

痛切な思いでライアンの姿を見送り、メーガンは心にそう誓った。

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