第十一話


「蝶子、こっち終わったぞ」

 凰鳴神社の裏の林に落神が出る。

 そう光留から連絡があり、蝶子は舞台の稽古が終わった後に神社へ向かったが、白狐ではなかった。

「そう」

「一応言っておくけど、こっちにも白狐はいなかった」

「……そう」

 明らかに落胆する蝶子。

 光留も蝶子から、白狐が蝶子の術の縛りが解け、狂暴化一歩手前で逃げ出したことは聞いている。

 蝶子が白狐をとても頼りにしていたのは、光留も知っているし、お互い信頼関係があったのも知っている。

 それこそ実父である月夜が嫉妬するほどだったのだ。

 だから蝶子の落ち込み具合もわからなくもないのだが、明るさの無い蝶子は調子が狂うし、普通に心配になる。

「少しうちで休んでくか? 愚痴くらいなら聞くけど」

「新婚家庭に世話になるほどじゃないわ」

 つい先日、光留は花南と結婚式を挙げた。

 蝶子が巫女舞を舞い、その門出を言祝いだ。まだ、白狐がいた時だ。

「……邪魔だと思ったら言わないよ。それに、花南も心配してるからな」

 光留が心配してくれているのは、蝶子にもわかっている。

 でも、幸せいっぱいの二人を見るのは、今は辛い。

「わたしも、あなた達みたいになれればよかったのに……」

「? どういう……」

「だって、わたしは巫女姫である以上、白狐のそばにはいられない」

 巫女姫としてなら本来、白狐を祓わなくてはいけない。

 でも、蝶子は白狐を祓いたくない。ずっとそばにいたい。

「巫女姫の縛りって、そんなに強かったか?」

「あなたは守り人。わたしの眷属に近いものだから、神様との縁は私以上に薄いわ。でも、巫女姫は違う。生まれる前からそういう縛りがある」

 巫女と守り人の関係は光留も承知しているが、神と巫女姫の関係は、正直光留も全部を理解しているわけではない。

 だけど、ふと思うのだ。

 蝶子が使った月夜の権能の込められた刀。あれで唯の不老不死の呪いを断つと同時に、彼女は月夜と共に逝った。おそらく、神の世には逝かなかっただろう。月夜がそれを許さないはずだし、そもそも二人は――。と思ったところで光留は「あ」と声を出す。

「何よ」

「そうだ、月夜の刀」

「それがなに?」

「忘れたのか? 月夜の権能は”縁切り”、それで鳳凰を斬った後どうなったと思う?」

「え、月夜が連れて……ああっ!!」

 蝶子もやっと気づいた。

「そうよね、あれでわたしを斬って貰えばわたしは、鳳凰神のところに行かなくてすむかもしれない……」

「そうだ。だけど今のままじゃダメだろ」

「ええ、そう。まずは白狐を神様に戻さないと……」

「出来るのか?」

「人間を神様に祀り上げることが出来るのよ。落神をもう一度神様として祀ってあげればいけるはず」

 八百万の神の国、それが日本という国だ。

 かつて平安京を脅かした大怨霊、人々を守護してきた陰陽師が神様として祀られているのだから、出来ないことはない。

「祀るならご神体が必要だな」

「それなら、わたしが何とかするわ」

「なら、あとは白狐を探すだけか」

「ええ、わたしの式に探してもらってる。見つけたらまた連絡するわ」

「ああ、わかった」

 一つの希望が見えた気がした。

 光留を守り人にしたときは、助かる反面、罪悪感もあって早々に契約を切ってしまおうかとも思ったけれど、今はなんだか頼もしい気がする。

「わたし、あなたのことちょっと見直したわ」

 蝶子には花南の件でいろいろ助けてもらった。そうでなくとも彼女は光留が自慢に思う巫女姫だ。

 少しでも彼女の役に立てたのなら良かった。絶対口にはしないけど。

「ちょっとだけかよ」

「そう、ちょっとよ。まぁでも、あなたがわたしの守り人でよかった」

 蝶子が素直に光留を守り人として褒めるのは珍しいから、光留もつられて照れる。

 きっと自分たちはこれからもずっとこうなのだろうと、思う。

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