最終話
一年後――。
ある晴れた日の事だった。
その日、凰鳴神社では神前式が行われていた。
参進の儀で先頭を歩く宮司は光留の大叔父である槻夜正司、巫女は鳥飼蝶子だ。
(やっとこの日が来た……)
この一年は長いようであっという間だった。
婚約が決まってすぐに光留は花南と同棲を始めた。
その後、花南の両親に挨拶しに行ったり、式の準備をしたりしつつ、神職一年目ということでそれなりに忙しかった。
花南も学生ということで、学業やら就職活動で忙しかったが、二人での生活は楽しく充実していた。
式の流れを確認する中で、光留の職場である凰鳴神社で挙げるのは少し気恥ずかしかったが、その分費用を安く抑えられるのはありがたかった。
普段はオプション扱いの巫女舞も、蝶子が率先して手を挙げてくれた。神様から直接言葉を授けられる、歴代でも数少ない巫女姫の巫女舞ということもあり、ある意味とても豪華な仕様だ。
入籍届は数日前に役所に届け出ているとはいえ、やはり儀礼となると気持ちは自然と引き締まる。
何より隣を歩く白無垢姿の花南が美しくて、光留の心臓はドキドキしっぱなしだ。
社殿へ向かう途中、ふと視線を感じて境内の方を見れば、幼い兄妹が手を繋いでこちらをじっと見ていた。
兄の方は銀髪で、アイスブルーの瞳の日本人にしては珍しい色合いの子供。妹の方は将来必ず美人になるだろうと今からでもわかるくらいの美少女だ。
少女の方は「ほぅ……っ」と花嫁をうっとりとみている。女の子にとって花嫁は憧れだ。見惚れるのもわかる。
少年の方は光留と目が合うと一瞬だけふわりと笑った。小さな口で「おめでとう」そう言われている気がした。
(ありがとう、月夜――)
今日、光留は名実ともに花南と夫婦になる。
たくさんの人に、神様に、祝福されて、新たな人生の一歩を踏み出す。
「あなたー! あなたー!?」
「花南? どうした?」
光留が部屋で書き物をしていると、烈火のごとく泣く赤ん坊を抱いた花南が部屋に入ってくる。
「お仕事中にごめんなさい。花音が泣き止まなくて……」
「あぁ、またなんか視たのか」
四十路前に生まれた三女の花音は、五人の兄妹の中でもひときわ霊力が高い。
光留は花南から花音を受け取ると、あやすように背中を叩く。
「ふぇ……ふ、う……ふぎゃ……ぅぅ……」
次第に落ち着いた花音を見て、花南はほっとする。
「もう、この子はお父さん子ね」
「そういうわけじゃないと思うけど……」
長男の光汰が生まれた時は、慣れない子育てに悪戦苦闘した。五人目となると多少は慣れるもののやはりどの子も花南と一緒にいるほうが安定するように光留は思う。
しかし、花南から見るとそうではないらしい。
特に最後に生まれた花音は、光留によく懐いている方だという。
「だって、花音はわたしじゃなかなか泣き止まないし、幽霊観て、怖くないですよーって言っても全然信じてくれないし……」
「まぁ、見た目が血塗れなのはな」
「それはそうなんですけど、でも、この子光留君が一緒にいると怖がる素振りを見せないんです」
「んー、確かに、そう言う時も……?」
凰鳴神社の敷地内に建てられた家の周りには、時々霊の類が迷い込む。
たいていは悪さをしないのと、勝手に成仏するので光留も放っておいているのだが、見た目のインパクトが強い霊も多い。
光留と花南の五人の子供たちの中でも、霊感体質と言えるのは、長男の光汰と三女の花音だけだ。
光留の腕の中で大人しく収まっている花音と目が合うと、パチリと光留の中で何かが触れた気がした。
――みっちゃん。
不意に聞こえてきた声に、光留は花音をじっと見つめる。
「……朱華?」
「え?」
朱華――かつて凰鳴神社で巫女をしていたが、守り人に恵まれず命を落とした不遇の少女。死んでもなお巫女の使命から逃れられず、一時期光留に取り憑いていた時期があったが、悪霊落ちした際に蝶子によって救われた。
蝶子はあの時、魂を癒すのに時間がかかると言っていた。あの時から二十年以上経っての再会が、まさかこんな形になるとは思わなかった。
「花音はたぶん、朱華の生まれ変わりだ」
「光留君に取り憑いてたっていう……?」
「そう。霊力が高いのはそのせいだろうな。記憶はなさそうだけど」
「あらあら、すごい巡り合わせね」
「本当にな」
光留は花音を抱っこしたまま立ち上がる。
「花音を寝かしつけてくるから、花南は休んでてよ」
「うん、お願いします」
光留は子供部屋にあるベビーベッドに寝かせると、中学生になった光汰が花音を覗き込んでくる。
「どうした?」
「いや、この子、視えるんだなって」
「あぁ、
「そう?」
「わざわざ怖い思いしなくて済むだろ。光汰だって小さい頃は怖がってたし」
「覚えてねえよ」
弟妹達が自分と違うことに少なからず光汰にも思うところはあったのだろう。そして一番下の妹だけが自分と同じ。
光留は少しだけ不安になったが、弟妹想いの優しい子だ。弟妹達にも慕われていて、誰よりも頼りになるお兄ちゃんだ。
「花音は、多分これからちょっと大変だと思う。だから、ちゃんと見ていてあげて。俺よりも光汰の方がそう言うの得意だろ? お兄ちゃん」
「……わかった」
光汰の頭を撫でると照れた光汰は光留の手を振り払う。
そういう照れ隠しの仕方は自分とどことなく似ているが、我が子なだけあってやはり可愛い。
花音を寝かしつけ、花南の元に戻る。
花南は部屋で繕い物をしている。愛しい存在が、すぐそこにいる。
手を伸ばせば届く場所に。
「花南」
「? 光留君?」
花南を後ろから抱き締めると、甘い香りにホッとする。
「どうかしましたか?」
「ちょっと休憩」
花南から針と布を取り上げて、膝の上に頭を乗せる。
結婚して二十年以上経つが、やはりこうして甘えてもらえるのは嬉しい。花南は光留の頭を丁寧に撫でる。
「ふふっ、あなたの方が子供みたい」
「花南の前だけだよ」
触れてくれる花南の手が心地いい。
幸せだ、と思う。
花南と出会って結婚して、五人の子供たちにも恵まれた。
もう十分じゃないかと思うくらいに、充実している。
だけど、いまだにあの頃を思い出す。
蝶子も女優として成功し、現在は海外でも活動している。
月夜と花月も結婚して子供がいる。
それぞれ新しい道を歩んでいるはずなのに、自分だけ取り残されたような気分になるのは、何故だろうか。
「光留君?」
四十路を過ぎても綺麗な面立ちは変わらない。だけど、花南には時々小さな子供のようにも見える。
膝の上で安心しきったような表情をする光留の目の端に、涙の痕があった。
「泣いてるの?」
「泣いてない。眠いだけ」
「そう……」
光留の魂はボロボロで、長生きできないと言われている。それでもまだ大丈夫だと本人が言うから、きっと大丈夫なのだろう。
花南には、光留の魂を見ることは出来ないけれど、少しでも彼が安らげるならそれでいい。
「寝ても大丈夫だよ」
「ん、ありが、と……」
本当に眠かったのだろう。光留はすぐに眠ってしまった。
「おやすみなさい、光留君――」
目が覚めてもきっと、君はそばにいる。
それが何よりも嬉しいんだ――。
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