第十三話


 ……寒い。怖い、痛い。寂しい、苦しい、悲しい。憎い、嫌い、妬ましい、悍ましい。


 暗い意識の中で、誰かが花南に訴えかけ続ける。


 ……嫌だ、怖い、助けてっ……!


 叫んで、手を伸ばしても誰にも届かない。


 ……もういやっ! なんでわたしがこんな目に、わたしが何をしたって言うの!?


 物心ついたときには幽霊やお化けの類が視えていた。周りの誰もが視えず、花南だけが視えている不思議な存在。

 三歳の頃には神隠しに遭い、一時期町は騒然としたと、のちに聞いた。

 あまりにも視えすぎて、まだ存命だった祖母が心配して氏子になっている地元の神社へ連れて行ってくれた。

 その神社の神主曰く、花南は霊的なものを引き寄せやすい体質なのだという。神隠しに遭ったものの、無事に帰ってこれたのは悪いものだけでなくいいものも引き寄せる体質が功を奏したのだと。

 難しい話は幼い花南にはよくわからなかったが、お守りを肌身離さずつけるように言われ、以来ずっとお守りは必需品だった。

 たまに忘れると、化け物が手招きしていたり、車に轢かれそうになったり、体育の授業でサッカーゴールが倒れた際に下敷きになったりと散々な目に合ってきた。

 そのたびにこの体質を恨んだ。だけど同時に、諦めもしていた。

(どうせ誰に言ったところで理解してくれない……)

 なら、人を傷つける前に自分から距離を置けばいい。

 人の輪にいながら静かに、息を潜めるように生きていれば、誰にも迷惑をかけずに済む。

 そうして気付けば中学を卒業して、地元の高校も卒業して、大学生になると同時に家を出た。

 大学の近くにはいくつか神社があったが、一番効果が高かったのは凰鳴神社のものだった。

「ねえねえ、花南知ってる? 凰鳴神社って縁結びの神様なんだよー」

「へえ、そうなんだ」

 どうでもいいと思った。自分には関係ない。

(だって、わたしと付き合ったら、きっと巻き込まれる。その人がかわいそう……)

 今のご時世、結婚しなくても周りからうるさく言われることは少ない。実家の両親も、花南の体質を知っている。むしろ家を出てくれてホッとしているだろう。

 花南は厄除けのお守りさえ手に入ればそれで十分だった。

 しかし、同期の彼女の関心は別のところにあるようだ。

「んもう! 反応悪いわね。あの神社の神主にすっごい美形がいるのよ!」

「へえ、そうなんだ」

 凰鳴神社には何度か行ったが、そんな神主いただろうか? と首を傾げる。しかし、誰かと目をあわせることをしないので、あの神社の巫女の顔さえろくに覚えていない。

「あんた、しょっちゅう神社とか行ってるから、てっきり槻夜先輩目当てなのかと思ってら、違うの?」

「槻夜先輩?」

 誰それ。というのが感想だ。

「そう。神主っていってもまだ見習いっていうか、うちの大学神道学科ってあるじゃない? そこに通ってるんだって。で、将来は凰鳴神社の次期跡取りなんだって!」

「へえ」

 今時神社の跡取りなんて、血縁でもなければなる人もいないだろう。

 巫女のバイトは興味あるが、神社の跡取りはどうでもいい。

「神職って儲からないって話だけど、彼の顔を一日中見てられれば眼福ていうか、もういいかなって」

「そんな美形ならもう彼女とかいそうだね」

「それがフリーなんだって!」

 まぁ、これだけ騒がれたら確かに女の子なんて嫌になるだろう。

(まぁ、わたしには縁がない人ね)

 同期の話もそこそこに次の講義への準備をする。

「でさ、今日合コンすることになったんだけど、槻夜先輩も来るんだって!」

「行ってらっしゃい」

「何言ってるの! 花南も数合わせに参加して!」

「え」

「はい、これお店の場所ね! 時間は十八時からだから」

 一方的に送られてきたメッセージにお店の名前と住所が書かれている。

 正直、すっぽかすことは出来ただろう。だが、行かなかったらいかなかったで拗れるのも面倒くさい。

(どうせ用事もないし、いいか)

 先日二十歳を超えたばかりでようやくお酒も解禁したことから、お酒を飲む口実にはなる。

 どのみち数合わせで、地味な自分に何かが起きるとも思えない。

 そんな軽い気持ちで合コンに参加することにした。

 集合時間より少し早めにお店に着いて先に注文したお酒をちびちび飲んでいると、遅れて一人の男の人がやってきた。

 彼は花南の正面に座り、視線が合うと軽く会釈する。

「どうも」

「こ、こんばんは……」

(わ、すごくきれいな人……)

 黒髪で切れ長の目、黒曜石のような黒い瞳。白い肌に中性的な容姿は色気がある。

 笑わないせいか近寄りがたさはあるものの、モデルのような顔立ちの青年に、花南は思わず見惚れた。

 光留はふと、花南を見て小さく首を傾げた。無意識の仕草なのだろうか、少しだけ可愛いと思っていたらふと身体が軽くなった気がした。

(あれ? なんだろう。お守りまだ新調してないのに……)

 場の雰囲気で感じなくなっているだけかもしれない。花南はそう結論付ける。

 彼が件の槻夜光留だと知ったのは、そのすぐ後の自己紹介だった。

 合コンはそれなりに楽しく、光留の女装写真という貴重なものが見れたり、二組のカップルが成立したりと盛況のままお開きとなった。

 その帰り道、花南は見覚えのある化け物に遭遇する。

 襲われた花南を助けてくれたのは――光留だった。

 光留は恐怖で震える花南を化け物から守ってくれただけでなく、優しく手を握って涙まで拭ってくれた。

 男の人にこんなに優しくしてもらったのは初めてで、花南の心臓はドキドキしっぱなしだった。

 以来、光留から声をかけてもらうようになり、彼に会いたくて凰鳴神社に通った。

 光留は花南にとても優しくしてくれて、気にかけてくれる。その暖かさに気付けば、花南が恋心を自覚するまでそう時間はかからなかった。

 クリスマスの日に告白されて、お付き合いするようになってからも、甘える表情や、寝顔。花南に取り憑いた悪霊を祓う真剣な表情。彼の新しい一面を見るたびにもっと好きになっていく。

 だから、欲が出てしまった。

(光留君を誰にも奪われたくない)

 だって、何もかもが初めてなのだ。花南の引き寄せ体質を知ってから両親も態度が少し変わった。愛情がないわけではないのだろうが、それでもどこか腫物を触るような目を向けてくることがあった。

 だけど、光留の両親はその真逆だった。光留自身も視えるがその両親も視えるということもあり、花南の引き寄せ体質を一瞬で見抜いて心配までしてくれた。

 嬉しかった。誰も理解してくれないと思っていたけれど、ちゃんとわかってくれる人がいて。

 満たされるというのは、こういうことかと花南は幸せを噛み締める。


 ――花南。

 

 光留の甘く名前を呼ぶ声も、抱きしめてくれる暖かな腕も、優しい口付けも。知ってしまえば失うのが怖かった。

 でも、光留は無意識なのだろうが、モテるのだ。容姿もそうだが彼と親しい人からは無愛想と呼ばれる表情でも、女子にとってはクールでミステリアスに映るらしく、まるで街灯に集まる羽虫のように女どもが集まってくる。

(光留君を知っているのは、わたしだけでいいのに……)

 光留を好きになるたびにどろどろとした暗い感情が花南の心を覆う。

 あの声で名前を呼んでいいのも、触れるのも、自分だけでいい。

 そんな醜い感情を隠していられたのは、光留の気持ちが花南に向いているとわかっているから。

 だが、あの蝶子という女はなんなんだ。

 光留と親し気に話し、あまつさえキスまでしたことがあり、それを迫っている。

 光留は拒否していたが、やはり許せない。

 どちらを? どちらもに決まっている。

 蝶子も、光留も許せない。

 そんな醜い感情が落神や悪霊にとってのご馳走になるとも知らず。花南の持っていたお守りは意味をなさないほど黒く染まっていた。

 そうして、今、化け物に身体中を食い荒らされるという酷いありさまだ。

 自業自得だ。

(こんな醜いわたし、光留君に愛される資格なんてないよ……)

 いっそこのまま死んだ方が幸せなのではないだろうか。

 そう思うと意識がどんどん下に沈んでいく。

 二度と目覚めたくない。

 心の殻にこもって、静かにその時を待っていると、不意に全身に感じていた痛みが和らいだ。


 ――花南、君だけは絶対守るから。


 光留の声が聞こえた。

 胸を締め付けるような切ない声だった。

 それが堪らなく嬉しく感じてしまう自分は、酷い女だ。

 それからしばらくして、女の人の澄んだ声が響く。毛布に包まれるような暖かな感触が全身に行き渡ると、寒くて、痛くて、苦しかったものが溶けるような気がした。

(やっと、眠れる……)

 光留に抱き締められるのとは少し違うが、優しい腕に抱かれているような安心感があった。

 もう、怖い思いをしなくて済む。そう思った。




 花南が目を開けると、見覚えのない白い天井が広がっていた。

(ここは……。わたし、なにしてたんだっけ……?)

 頭がぼんやりして、よく思い出せない。

「花南?」

 男の人の声がする。

 視線だけ向けると、その人はくしゃりと泣きそうな、だけど安心したような表情を浮かべた。

「大丈夫?」

 一瞬誰だか思い出せなかった。

「み、つる、く……ん?」

「うん」

 かすれた声で名前を呼べば、嬉しそうに笑ってくれる。頬に触れる手が、温かい。

「ちょっと待ってて、水持ってくるから」

 起き上がるのを手伝ってくれた、光留が水差しの水をコップに移して渡してくれる。

 一口含んで、冷たい水が口の中を潤すと喉が渇いていたことに今さらながらに気付いた。

 光留に背を擦られながらゆっくりと水を飲み干す。

「はぁ……。光留君、あの……わたし……」

 喉の渇きが収まると、まずは状況を理解しようと光留を見る。

「うん。ここは病院で、君が倒れてから一週間経ってる」

 倒れてから、というのも記憶が曖昧だが、目が覚める前の記憶はたくさんの化け物に囲まれたところまでだ。

 あの後恐らく誰かが見つけてくれて、病院に運んでくれたということだろう。

「ごめん、俺がもっと早く対処していればこんなことならなかった。全部、全部俺のせいだ……」

 光留が俯いて、膝の上で拳を握りながら謝罪する。

 どういうことかわからず、花南は首を傾げる。

「光留君のせいじゃないですよ。わたしが勝手に嫉妬して、こうなったと思いますから」

 だから光留のせいじゃないと花南は言うが、光留は首を横に振る。

「そもそも、その原因になる花南が嫉妬するようなことをしてたのは俺だろ。俺は、花南が一番大事だけど、ちゃんとそれを伝えてなかった」

 教えてもらったからと言って、嫉妬しないかと言えばそうではないと思うのだが、と花南は思うのだが、知っていればまた違った感情になるのは確かだ。

 であれば、花南がこうなったのも光留に原因があると言えなくもない。

「あの、教えてもらうことは出来るんですか?」

「もちろん。でも、花南は辛くない? 起きたばかりだし、まだ頭ぼんやりしてる?」

「えっと、はい……」

 光留の誠実さは好ましいが、時々じれったくなる。

 だが、逃げようとしているのではなく、ちゃんと花南と話し合いたい。そういう意図が感じられて、花南は素直に頷く。

「あまり無理はしないで。今はまだ休んでいた方がいい。魂の状態も、まだあまり良いとは言えないし」

 魂のことはよくわからないが、光留がそう言うのならそうなのだろう。

 しかし、ふと光留を見れば、光留の周りに黒い靄がまとわりついている。

「光留君、それ……」

 花南は霊感体質だからあまり強いものは見えてしまったのだろう。光留は苦笑する。

「大丈夫。花南には神様の加護があるからこれが移ることはない。俺が処分しておくから、花南が心配することはないよ」

 悪霊は、人から人へ移ることが出来る。そう教えてくれたのは光留だが、彼は自分で対処できるせいか、取り憑かれているのを見たのは初めてだった。

「でも、あまり長くいると部屋に邪気が溜まっちゃうから、もう行くよ。また明日来るから」

「うん」

「……花南、好きだよ」

 光留は別れ際にいつもそう言ってくれる。だけど今はまるで別れの挨拶のようで、胸が苦しかった。



 翌日、光留は約束通り面会の開始時間から来てくれた。大学はどうしたのだろうと思ったが、まだ新学期始まって一か月だ。単位などどうとでもなるし、四年次はそんなに取る単位は多くないのである程度自由が利くのだとか。

「えっと、どこから話せばいいのかな……」

 光留は手を組んで過去を思い出すように俯く。

 それから、まじめな顔で花南を見つめる。

「まず、これだけは花南に信じてもらいたいんだけど、俺と蝶子は絶対に恋人にならないし、お互いなりたいとも思ってない、ということ」

「そう、なんだ」

 でも、キスとかなんとか言っていた気がすると思うのだが? と花南は首を傾げる。

「あぁ、うん。したことがあるのは否定しない。でも、あれは事故というか緊急事態だったって言うのもあるから……」

「緊急事態でキスが必要なんですか?」

「まぁ、疑いたくなるよね……。えっと、蝶子と俺は巫女姫と守り人っていう関係なんだ。巫女姫って言うのはそのままの通り、巫女の中で最も霊力の強い人のことで、守り人って言うのは、巫女を守るための人。俺のお袋と親父も巫女と守り人だった」

 お袋は姫はじゃなかったけど、と光留は言う。

 巫女は何となくわかるが、守り人は聞き慣れない言葉だ。

「守り人は具体的に何をする人なんですか?」

「文献とかには”巫女の剣であり、盾であり、依り代である”っていう書き方をされるけど、まぁその通りで、文字通り巫女のボディーガードだったり、後は呪い除けの身代わりもする。よくテレビで陰陽師とかが人形ひとがたを使って依り代に呪いや邪気を移したりするだろう? あれの人間版って感じかな」

 光留は手の中に炎を灯して見せる。

「巫女の守り人はその恩恵で、主祭神である鳳凰の炎を借りることが出来る。これで落神や悪霊を退治したりするんだ。あと、落神を倒したりすると、呪いや祟りを振りまくことがあるから、それを巫女や一般人に被害が出ないように体内に留めておくのが主な仕事」

「じゃあ、それも……」

 光留の周りを覆う靄は、蝶子や光留がそれだけ多くの落神達を倒してきたという証なのだろう。

「そう。でも、本当はここまでになるのは良くないんだ。普通なら死んでる」

「え……」

「あ、俺はちゃんと生きてるよ! その、俺が普通の守り人と違うのはいろいろ理由があって……」

 慌てる光留を花南はじっと見つめる。

「これも後でちゃんと話すけど、ちょっと関係性が複雑で分かりにくいと思う……」

「それでもいいです。ちゃんとお話ししてくださいね?」

「うん。で、本当はここまでになる前に対になる巫女が清めてくれるんだけど、今回はその、大量に受け入れすぎて一度で祓いきれなくて、少しずつ浄化しているんだ。だから、時間はかかるけど良くはなるよ。じゃないと俺も困るし」

 いくら光留が普通とは少し違うとはいえ、不老不死ではない。

 不完全でもなんでも清めてもらわなければ死んでしまう。

「そんな、危険なことをずっと……」

「覚悟してはいたけどね。でも、俺は守り人になったことを後悔してないんだ」

「後悔、しないんですか?」

「あぁ。そもそも守り人になると決めたのも俺の意志だし。……そうだね、そこから話したほうが早いかな」

 光留を見るとどこか吹っ切れたような表情をしていた。

「話しは長くなるけど、大丈夫?」

「……聞かせてください」

「花南が望むなら」

 そうして聞かされたのは、光留の高校時代に出逢った孤独な少女の話。

 初恋の少女を救いたくて守り人になったこと。

 自分の前世が、少女の実兄で恋人だったこと。

 蝶子の前世が二人の間にできた娘だったこと。

 光留として生まれ変わる際に、魂が分離していたこと。

 そして、蝶子の守り人になり、初恋の少女を救うために彼女を殺し、前世の自分と決別したことを話した。

「俺は、蝶子が背負うはずの魂の罪を肩代わりして、その傷は今でも魂に刻まれている。あの時の俺は、本当に何もできなくて、ただ見ているだけだった自分が情けなくて、でも蝶子の罪を肩代わりすることで彼女を救った気でいたんだ」

 最低だろ、と苦く笑う光留に、花南はどう声をかけていいかわからない。

 例え現代の法で裁かれなくても、不老不死の呪いを受けた孤独な少女を救う為でも人殺しであることに変わりはない。

 しかも、光留と蝶子にとっては前世も含めて特別な人だ。

 その罪を、蝶子と共に背負っていくと守り人になる時に決意した。

 彼女は最期に、「ありがとう」と言って消えた。

 あの決断が正解だったのか、本人たちにしかわからないことではあるが、後悔はしていない。

「だから、俺は今度こそ自分の手で大切なものを守りたい。蝶子の守り人のままでいるのもそれが理由だよ。彼女を支えることで、俺は誰かを守れている、そんな実感が欲しかったんだ」

 光留は手のひらを握る。この手で守れるものや救えるものはとても少ない。

 それでも掴んだものだけは絶対に守りたかった。

「それに、最初に言ったけど俺と蝶子は絶対恋にならない。俺にとって蝶子は初恋の人の娘だけど、自分の娘って感じでもない。蝶子にとって俺は前世の父親の生まれ変わりで、今の俺たちに血縁関係自体は無いけど、いろいろ複雑すぎて恋愛感情は逆に邪魔っていうか、恋人なんてお互いぜったい嫌だと思っているっていうのが共通結論」

 だから、花南が不安になる必要はないのだという。

「本当は付き合う前に、蝶子に花南を紹介したかったんだ。花南の引き寄せ体質は俺じゃ解決は無理だってわかってたから、蝶子に視せた方が早く解決、もしくは対処法が分かるはずだから。でもあいつ、海外とか地方の公演が多くて、なかなか捕まらなくて……。まぁこれも言い訳だし、俺の怠慢なんだけど……。本当にごめん……」

 項垂れる光留から花南は目を逸らす。

 確かに付き合う前だったら素直に蝶子を受け入れられたかもしれない。でも、たとえそうだとしても守り人の使命だとか、前世だとか。花南には重たすぎる。

 ただわかるのは、光留が初恋の人をとても特別に思っているのだということ。

「……光留君は、今でもその人の事、好きなんですか?」

 光留は花南の目をじっと見る。だけど目が合わない。それが少しだけ悲しかった。

「好きだよ。でも、彼女のことはもう吹っ切れている。それは確かだ。花南と話すようになって、やっと彼女の事を思い出に出来たというべきかな」

 今の光留の正直な気持ちだ。信じてほしいと言っても、きっと今の花南には消化しきれるものでもないだろう。

 それでも、花南が答えを出すまでゆっくり待とうと思う。

「花南が、今の話を聞いてどう思うのか、俺にはわからない。でも、俺は花南が好きだよ。愛してるんだ。それだけは忘れないでほしい」

 今はただ、この想いを伝えられればそれで十分だった。

「……少し、考えさせてください」

「わかった。俺は、今の状態であまり病院に来るのは本当は良くないから、明日からは控えるけど、何かあったら連絡くれると嬉しい。もちろん、俺からも連絡するけど、迷惑だったら言って」

 花南は頷く。

 本当は抱き締めて、キスをしたい。だけど光留はぐっと堪える。

「じゃあ、また」

 光留はそういって、部屋を後にした。

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