第四話


 九月に入り、残暑というのも烏滸がましすぎるほどの暑さが続くある日。

「こんにちは、槻夜さん」

「こんにちは、またお守り?」

「は、はい……夏になるとなんだか増えるみたいで……」

「あぁ、お盆で帰れなかった奴がうろつくからな」

 凰鳴神社で初めて花南と会った日から、光留は彼女と度々顔をあわせるようになった。

 そのたびに何かしらの悪霊をくっつけている花南。引き寄せ体質なのだろうと気付くのに時間はかからなかった。

(難儀だな……)

 凰鳴神社でバイトするようになり、悪霊を憑けたまま参拝する客は意外と多いことに気付いた。

 ここの厄除けの札は今ではほとんど光留が書いているが、効果は大叔父や巫女筆頭の朱鷺子のお墨付きだ。

 昨日も後期が始まる前にと大量に書かされ、手が腱鞘炎になりかけた。

「俺じゃ力不足かもだけど、宮島さんちょっと後ろ向いて」

「え? はい」

「ちょっと触るけど、少し我慢して」

「は、はい」

 視認できるだけでも三体の悪霊に憑かれている花南。彼女のように引き寄せやすい体質の人間は稀にいるが、花南はマメにお守りを新調するせいか、今のところ深刻な影響は出ていないというが。

(なんなんだ。好かれやすいにもほどがあるだろ)

 蝶子や光留もどちらかというと引き寄せやすい方だが、巫女と守り人は霊力が高いゆえに狙われやすい。しかし、対処法を知っているので問題がないだけで、花南のように霊感体質程度でこの引き寄せやすさは異常だ。

(一度蝶子に視てもらった方がいいかもな……)

 巫女姫である蝶子なら、何か解決する糸口があるかもしれない。だけど蝶子は地方公演の真っただ中で、なかなか連絡つかないのが現状である。

 一時しのぎ程度だが、光留はそっと花南の肩に手を置く。小さく祓詞を唱え、肩をぽんぽんと叩くと三体の悪霊と、ひっそりと魂に侵食しようとしていた二体が消滅する。

「あ……」

「これで少しは軽くなったと思うけど」

「は、はい。なんだかスッキリしました」

「そう、良かった」

 くるりと振り返る花南。嬉しそうに小さく笑う表情に、光留はドキリとする。

「あ、でもお金……」

「気にしなくていいよ。俺、まだ正式な神職じゃないし、今憑いたのは祓っておいたけど、一時的なものだし」

「そう、ですか?」

「うん。あ、そうそう、お守り今日も買っていくんだよね?」

「あ、はい。この間も化け物みたいなのに襲われて……」

 しゅんと下を向く花南。落神が恐ろしい見た目をしているのは知っているし、花南のようなか弱い女性にはさぞ怖かっただろう。

「そっか。でも君が無事で良かったよ。はい、これ、千円ね」

 光留はいつも花南が買う厄除けのお守りともう一つお守りを渡す。

「え。ふたつ……?」

 花南は戸惑い気味に光留を見る。

「ひとつはいつもの。もう一つは、いつものより少し効果を高めてるもの」

「い、いえ、そうじゃなくて! その、金額……」

「あぁ。他の人には内緒にしてほしいけどね」

「で、でも……」

 光留から提示された金額はお守り一つ分。二つ目のお守りは代金に含まれていない。

 花南が困惑しているのはわかっているが、このひと月足らずで何度か花南を見かけ、そのたびに何かしらの悪霊をくっつけている花南が不憫だった。

 光留が視えるようになった時、偶然だと本人は言っていたけれど、助けてくれた少女ひとがいた。今ではもう、懐かしい人だ。

 花南にもかつての自分のように助けてくれる人がいればいいが、この体質では難しいかもしれない。

 そう思うとなんだか気になって、この数日潔斎して丹精込めて作ってしまった。

 もちろん花南にそれを言うつもりがないが。

「ここのお札、一応俺が書いてるんだ。大量に書くやつは、まぁ、それなりだけど、こっちはちゃんと手順を踏んで書いたから今までのより強いと思う。と言ってもまだ見習いだし、俺が練習兼ねて作ったものだから信用ならなかったら捨ててくれればいいよ」

「い、いえ! ここのお守り買うようになってから、よく眠れるようになって、その、変な化け物も見る回数減ったので、とても嬉しいです……」

「そっか。それなら良かった」

 大切そうにお守りを握る花南。

 光留の優しい表所を見ると、ドキドキした。

 昔から視えるというと頭がおかしいか、不気味な子として腫物を触るような扱いを受けてきていた。

 成長して隠す術を覚えたけれど、引き寄せやすいせいか友人付き合いもなかなか上手くいかない。

 だから、光留のようにこの体質を理解して、優しくしてくれる人は初めてで、花南は胸に芽生えた感情をどう伝えていいかわからない。

「光留! あんた何時までサボって……て、あら」

「げ、お袋」

 花南とつい長話してしまったが、参拝客が遠目にちらちらと光留を見ていた。

「可愛らしいお嬢さんね。光留の彼女さん?」

「え!?」

 光留の母に勘違いされ、花南は動揺する。

「違うよ。大学の後輩。学部は違うけど」

 しかし、その後すぐに光留に否定され、花南は少なからずショックを受ける。

(そ、そうよね……わたしなんかがこんな綺麗な人の彼女なんて……)

 光留が優しいから勘違いしていた。自分が恥ずかしい。

「あ、あの、失礼します!」

「あぁ、気を付けて」

 花南の動揺に気付かない光留はいつも通り見送る。それを見た朱鷺子が光留の頭を叩く。

「いたっ!」

「この鈍感息子!」

「はぁ? なんでそうなるんだよ」

 まったくもって意味が分からない。大学の先輩後輩としての距離と節度は保っているつもりだが、花南とはそれ以上でもそれ以下でもない。

「だからあんたはモテないのよ」

 せっかく見た目よく産んだのに、これじゃあねえ。と朱鷺子は呆れたようにため息を吐く。

「……あの子はそういう経験が少ないから、多分勘違いしてるだけだと思う」

 花南のことは可愛らしい女の子だと思うが、それだけだ。落神から助けたのがたまたま光留だっただけで、きっと恋心と呼ぶにはまだ幼すぎる。

 しかし、朱鷺子はそうは思わない。きっかけがなんであれ、花南は少なからず光留に好意がある。

 いじらしいではないか。自分の娘時代が懐かしく、つい応援したくなる。

「ふうん、でも満更でもないんじゃない?」

「まぁ、可愛い子だとは思うよ」

「なら、もう少し意識してみたらどう? あの子が本気なのかどうか、ちゃんと見ていてあげなさい」

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