第三話
「あっつー……」
前期課程が修了し、夏休みに入ると光留は凰鳴神社でバイトしていた。
学生である光留に、祈祷や神事をさせることは無いが、お守りの中に入れる札作りや行事の準備、掃除と様々な雑用を押し付けられる。
日本全国の神社の数に対して、神職はあまりにも少ない。兼任宮司は多いと聞くが凰鳴神社は幸いというべきか今のところ兼任していないというが、昨今のパワースポットブームもあり、観光目的の参拝客が多い。
さらに、最近イケメン神主がいるとローカル番組で取り上げられたために、余計に増えている。
イケメン神主とは光留の事ではあるが、まだ学生だから正式な神職ではない。しかし、守り人という特殊な役目と生来の霊力の強さからか、お守りの御利益は以前よりも効果が出るようになった。もちろん光留が作っていると考える人は少ないだろうがお守りの売り上げが上がったこともあり、今まで閑古鳥が鳴いていた凰鳴神社は一躍人気スポットとなった。
「神主さーん!」
光留と同年代くらいだろうか。数人の女性グループに呼ばれ、光留は愛想笑いを浮かべる。
「どうかしましたか?」
「わ! 本当にイケメン! あの、この間テレビ見ました!」
「はぁ……。それは、どうも……」
「いつもいるんですか? 私たち今日初めてで」
「いや、今日はたまたま、バイトしてて……」
「え、学生さんなんですか!? 私たち、S大なんですけど!」
「彼女とかいるんですか!?」
「ここ、縁結びの神様だって!」
女性たちの勢いに押され、光留は顔を引き攣らせる。
「光留―! あんた暇ならこっち手伝いなさい!」
「はーい! すみません、呼ばれたんでこれで失礼します」
授与所で店番をしていた母――朱鷺子に呼ばれ、光留は女性たちに断りを入れる。
「後でお守り買いに行きますねー!」
「あはは、どうも」
光留が授与所に行けば、ちょうど会計が終わった客を朱鷺子が送り出していた。
「助かったよ」
「助けたんじゃなくて、少しはこっち手伝いなさい。あんたのおかげでこっちは猫の手も借りたいくらいなんだし、バイトの巫女たちにも休憩させないとだし」
「あれはテレビ局が大袈裟に取り上げただけだろ。第一、俺まだ学生だし」
「言い訳しない! ほら、ここ立って。後はよろしくね!」
「はいはい、やっとくよ」
朱鷺子がバイトの巫女たちに声をかけ、昼休憩に入るのを見送る。
殺人級の暑さを連日テレビで報じられるせいか、最も気温の高いこの時間、参拝客は少ない。
光留はその間にお守りの在庫を数え、補充したりと細々した作業を続けていると。
「すみません!」
「はーい」
女性の声に気付いて振り返ると、光留は目を見開いた。
「宮島さん?」
「え、槻夜さん?」
先日、合コンで知り合った宮島花南がいた。
花南はぺこりとお辞儀をする。
「先日は助けていただいてありがとうございます」
「あー、いいよいいよ。偶然見かけただけだし」
合コンの帰り道、偶然花南が落神に襲われているのを見かけ、助けたことがあった。以来、花南と顔をあわせていなかったが、思ったよりも元気そうで光留も安堵する。
「槻夜さんは、ここの神主さん、なんですか?」
「いや、俺はバイト。ここ、お袋の実家で俺、一応後継者ってことになってるから、その勉強も兼ねてるんだよ」
「そうなんですね、この神社、時々来てたんですけど、槻夜さん見るの初めてで……」
「あぁ、俺も授与所はあんまり手伝わないからな。宮島さんは、お守りを買いに?」
「はい。その、前のがダメになってしまって……」
ダメになった、というのがよくわからない。だが、ふと光留は違和感を覚える。
(悪霊……? この子に憑いてるのか?)
凰鳴神社は朱鷺子のような巫女筆頭を始め、巫女姫である蝶子や、歴代の巫女たちの強力な結界で守られている。
だが、ごく弱い悪霊であれば入れるという抜け道もあり、そういったモノは自然消滅するからあまり害はないとして放置している。
しかし、花南は本来であれば結界が弾くような悪霊を連れていた。
「あの……?」
光留がじっと花南を見るせいか、僅かに頬を染めた花南が戸惑い気味に光留を見る。
「あ、あぁ。何でもない。宮島さん、最近疲れてるとか、変なもの視るとかある?」
「え、あ、はい。ちょっと肩が重いというか、黒っぽいというか……、でも、祈祷お願いできるほどお金なくて……」
一人暮らしの女子大生なら、日々の生活にいっぱいいっぱいだろう。
「まぁ、お守りで何とかなるならその方が経済的だよね」
「はい。あ、その厄除けのお守りいいですか?」
「どうぞ。千円です。あ、宮島さん、肩に葉っぱが」
品の受け渡しで、光留はほんの少し花南の肩に触れる。すると、黒い靄は霧散し、花南に憑いていた気配はなくなった。
「え、あ、ありがとうございます……」
大学生にもなって葉っぱをくっつけているなんて恥ずかしすぎると、顔を真っ赤にして俯く花南が可愛らしいと思う。
「暑いから気を付けて」
「はい」
お守りを大事そうに抱え、授与所を後にする花南を見送る。
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