第二話
合コンという名の飲み会は賑やかなままお開きとなった。
二次会に行く組と帰宅組に分かれる。光留はもちろん帰宅組だ。
「明日は土曜日か。いい加減卒論進めないとだよなぁ……」
しかし明日は凰鳴神社で手伝いという名のバイトの日だ。
光留の前世は巫女の一族の次期長で、実妹である巫女姫の守り人も務めていた青年。その前は名前もないくらい力が弱いが神様だったという。その影響か生来霊力が高く、転生時に前世から零れ落ちた力がもう一つの魂を作り出した。それが”槻夜光留”という存在だ。
だが、ひとつの肉体に二つの魂が存在するという生物としてとても危うい状態。光留の魂を守る為に覆っていた壁は、彼女に出逢ったことと、蝶子の守り人になったことでなくなり、元となった前世の存在とも決別した。
故に、今光留が持っている霊力は、本来の光留のものになるのだが、そうした経緯もあり現代では珍しいほどの高い霊力を有している。
強すぎる力の制御にもだいぶ慣れてきたとはいえ、宮司に霊力の高さは関係なく、後継者として覚えなければならないことは山ほどある。あと二年で大学を卒業となり、その後でもいいだろうと思わないでもないが、大叔父は早く光留に継がせて隠居したいらしく、休みになると光留にバイトと称して神社を手伝わせている。
「まぁ、明日は行事もないし、少しくらいは時間あるよな」
学生である以上、課題や卒論はやらなくてはならない。かといって貴重な収入源であるバイトも疎かには出来ない。時間も体も足りなくて、光留はため息を吐く。
繁華街を抜け、住宅街に入ると街灯が減り、薄暗くなる。まだ夜九時を過ぎたばかりだが、人通りが少ないせいか薄気味悪く感じる。
こういう場は溜まりやすく、出やすい。
視えるようになったばかりの頃とは違い、今では自分で対処できるとはいえ、出来れば遭遇したくないというのが光留の本音だ。
怖いというよりも、平和な日常がどれほど尊いものかをこの数年で体験してきたせいだろう。
何も起きないことを祈りながら歩いていると、不意にゾワリと悪寒のようなものを感じた。
「っ、落神!?」
強い負の気配は落神のものだ。近くにいる。
光留が周囲を見渡すと、甲高い女性の悲鳴が隣の通りから聞こえた。
「あっちか!」
急がなければ人死にが出る。声からして若い女性だろう。光留は落神の気配を辿って駆け出した。
合コンがお開きとなったあと、家が近いからと送ってくれるという男性陣の申し出を断り宮島花南は帰路を歩いていた。
実際、合コン会場となった居酒屋と、花南の住むアパートは近かったが、薄暗い住宅街にあるせいか不気味な印象があった。
足早に帰る花南だったが、ふと視界に奇妙なものが視えた。花南は生まれつき霊感体質で、人ではないものを昔からよく見ていた。
襲われるたびに近くの神社でお祓いしてもらったり、お守りを買ったりしていたがすぐにダメになるという引き寄せやすいタイプで、夜道には十分注意していたが、今夜は何処かでお守りを落としたらしく急ぐ必要があった。
(近づかないようにしないと……)
きっとあれは人ではない。近づけば恐ろしいことになるのは身に沁みてわかっている。だから出来るだけ距離を置いていたが、何故か目が合ってしまった。
「あ……ぁ……」
逃げようにも恐怖で足は思うように動かなくて、花南はガチガチと震える。
『ニク……人間ノ……若イ、女……』
軟体動物のような見た目に自分の三倍はありそうな巨大な身体。うねうねとした腕なのか足なのかわからない触手が何本も生えていて、ぎょろりとした目が怯える花南を見据えてニタリと嗤う。
『ウマソウ、ウマソウ。人間ノニク、食ワセロオオオオーッ!』
「いやああああああーーー!!」
細長い触手が花南の腕を掴み、大きな口を開けて丸呑みにしようとする。
「伏せろ!」
その直後、鋭い男の声がして、花南はとっさに言われた通り頭を抱えてしゃがみ込んだ。
『ギャアアアアアーーーッ!』
ゴオオオッと火の手が上がる。化け物の口からひび割れた楽器のような絶叫が響き渡る。
「こっちだ!」
「え…」
力強い腕に引かれて、気付けば花南は男の腕の中に収まっていた。
「そのまま目を閉じてて」
優しい声に花南は言われた通りぎゅっと目を閉じる。もとよりあんな化け物見たくない。
叫び声も恐ろしくて、耳を塞いだ。
女性を襲っていた落神を見つけた光留は、炎の玉を投げつけ、見事命中させた。
落神が怯んでいる間に女性と落神を引き剥がし、距離を取る。
とっさに抱え込んだはいいが、腕の中で怯える女性があまりにもかわいそうで、出来るだけ落神を視界に入れさせないように声をかけると、女性は素直に従ってくれた。
『邪魔ヲスルナ小僧オオオオ! 貴様モ食ッテヤル!』
「やれるもんならな」
光留は持ち上げた手のひらを握ると先ほど命中した火の玉を中心に、炎が落神の身体を包み込む。
「燃えろ」
光留が命じると炎は勢いを増し、断末魔を上げさせる暇もなく瞬く間に落神を灰へと変えた。
周囲に気配がないことを確認し、光留は女性を解放する。
「ごめん、もう大丈夫」
「ぁ……」
光留はガチガチに固まった花南の手をそっと握って耳から外させる。
恐怖で涙を浮かべる女性に、光留は不謹慎にもドキリとした。
よくよく顔を見れば先ほど合コン会場で別れたばかりの花南だった。
「えっと、宮島さん、だっけ?」
「は、はい……。えと、槻夜、さん?」
名前を間違えずに済んだ光留は、内心ほっとしつつ花南の涙を指で拭う。
「うん、あってるよ。怖かったよな。大丈夫? ケガはない?」
「はい。……あの、さっきの化け物は……?」
「祓ったよ。この辺りにはもういないから大丈夫だと思う」
「祓ったって……えっ!?」
あの化け物を祓ったというのが信じられなくて、花南は驚きに声を上げる。
「あー、言ってなかったけ? 俺、神道学科なんだよ。だから視えるし、祓ったりも少しできるんだ」
「そ、そうでしたか……」
光留の説明に花南は納得し、安堵の息を吐く。
「あの、助けていただいてありがとうございます」
ぺこりと律儀にお辞儀する花南。
「どういたしまして。えっと、宮島さんは家近いんだっけ?」
「あ、はい。すぐそこです」
花南が指を指した先は二件先の真新しいアパートだった。
「本当に近かったんだ。あ、いや、ストーカーとかじゃなくて俺の家っていうか実家もこの辺だからさ、もしまだ歩くようなら送っていこうと思って」
そういって、光留は隣の通りを指さす。
「そうなんですね、あの大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
「気にしないでいいよ。この辺たまにああいうの出るからさ、気を付けて」
「はい、失礼します」
光留と別れ、アパートに帰る。家に入り落ち着いて考えてみるとバクバクと心臓が跳ねた。
彼氏いない歴イコール年齢の花南にとって、さっきの出来事は物語のようだった。
「ま、まさか抱き締められるなんて……」
きっと光留に他意はない。単純にあの化け物から花南を守ろうとしてくれたのだろうが、見た目よりもしっかりした体つきと力強さに、優しい声。今さらながらにドキドキする。合コン中は綺麗な顔の人だな、くらいの印象しかなかったが、ちゃんと話してみると柔らかく落ち着いていて安心した。
「家が近いって言ってたけど、多分もう会うことはないんだろうなぁ」
光留とは学部が違うし、一年先輩になる。サークルにも入ってないという話だから接点がない。
今回の合コンも数合わせで呼ばれたに過ぎないし、あれだけ美形なら彼女なんてすぐに出来るだろう。
縁のない人だと花南は諦めて床に就いた。
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