Bubble Dear

@AIIWaysSinmu

第1話 ミライノセンシ

『虹の魔法は願いの魔法。優しく照らす太陽のような光と静かに滴る涙のような雨が混じり合わさるその時、願いを叶える魔法が生まれる…』



___どこまでも続く新緑の大地に、人影は二つ映る。


 一人は小さな背丈の少年。鋼色のローブを付けフードを浅く被り、そのフードの中からは新緑のような眼と薄い水色の髪の毛がフードと共に揺らいでいる。もう一人はワインレッドの長髪の女性で、至極色の丈の長いコートのようなものを身にまとい、口元はベージュ色の布で隠していた。


 二人の周りには川が一本、隣を静かに流れているだけで周りに木々はなく、地面には小さな草花が点々と生えている。そんな穏やかな地をゆったりと歩いている二人の前に、木々がたたずむ森が現れる。


「…バブル様。前方に森が」

「目的の村を囲む森だな。この森を抜ければすぐ村だ。ただこの森は昔魔物が割とうじゃうじゃいたからな…。メディア、気を抜くなよ」


 水色の髪の毛の少年はバブルと呼ばれ、女性はメディアという。


 二人は軽く雑談を交わし合い、軽く笑みを溢しながら、前方に見えた森へと足を踏み入れる。足を地につけるたびに草がシャっと音を立てる。二人が目指している村はこの森を抜けた先にある『グリエル』という小さな村であった。


「…バブル様。なんだかこの森どこか違和感がありますね」

「そうだな。なんつーか生気や魔力があまり感じられない。その辺にある森は木々が魔力を吐き出して森から魔力が溢れ出ているモンなんだが…この森はどこか死んでいるような気がする…」


 笑みがあった二人の顔は、森に入るとすぐに曇った。二人は顔を少し見合わせた後、自分たちが感じた違和感のせいか無意識に森全体に目を向ける。改めて見てみると目に映ったのは、地面に細々しく生える草達は緑色に褐色が混ざった草ぬ、枯れてしぼんでしまっている花。周りに静かに立つ木々も草や花と同じように幹が痩せ細っており、表面の皮も、背が小さく力の弱いバブルでさえ簡単に剥がしてしまうことができるほど弱っており枝にも葉は太陽の木漏れ日がありとあらゆる所から漏れ出ているほど葉が生えていなかった。


 違和感は森の植物だけでは止まらなかった。


「そういえば…魔物がいるって話だったが…この森入ってから動物どころか虫もいないぞ」

「…不気味な森ですね。早く抜けてしまいましょう」

「だな。なんだ寒気がしてきた…」

 

 そうして二人が歩みを早めたその時、だった。

「うわっ?!」

「…っバブル様?!」


 歩みを早めたその瞬間、バブルは意表を突かれた声を思わず漏らした。彼の体は突如として地面から離れ、何かによって宙に持ち上げられた。バブルの前を歩いていたメディアは声を聞いて振り返ると、バブルを持ち上げていた何かも同時に視界に入った。


「…竜の魔物…!?」

「クッソ…!何の気配もなかったのにいきなりかよ…!」


 バブルを持ち上げていたものの正体は、体長3メートルはあるであろう黒い鱗が輝く竜の姿の魔物がバブルの胴をしっかるち前脚で掴んでいたのだ。


「おかしいだろ…!なんでこんな所に竜の魔物がいるんだ…!」

「…今はそんな事を言っている場合では…!今助けます!」


(この森は…動物も虫一匹すらいねぇ…植物は生気も魔力も感じられない森ばかり…!そんな森に竜がなんで生きてここに住んでいるんだ…?!)


 バブルは両手で掴まれている竜ぼ前脚を引き剥がそうと争う中でそう考えていた。どう、バブルが思っている通り、この森には生物がいない。つまり竜が喰らう物がない。まずこの森は植物もほぼ半死状態。竜が喰らう生物がそもそも居付かないのだ。植物が死んでいる森に命は宿らない。そう頭の何処かにあった考えが、違和感の正体の欠片であり、油断を招いた要因であった。


「メディア…!この竜引き剥がしてくれ…!ぐっ…!」

「…バブル様…!わかりました…。<コード>の使用許可を!恐らくコイツは魔力をぶつけるだけでは倒せないので」

「可哀想ではあるが…やれ!メディア!」


 竜の前脚はどんどん力を入れ、バブルをキツく締め上げる。苦しそうな表情を浮かべ、それを見たメディアは反射的に背中にかけていた白銀色の杖を手に取った。その杖の先端には紫の宝石のような輝きを放つ球体が付いている。


「…一度忠告しておきましょう。バブル様を離し、私達の視界から消えてください。消えてくださるのであればこの杖を下げ、私達も貴方の前から去る事を約束しましょう」

「グァァァァ…!」


 メディアはそっと囁くように竜にそう告げる。しかしその言葉は関係ないと言わんばかりに竜の魔物は彼女を睨みつけ、その目には殺意が籠っていた。メディアは一瞬その目に全身を震わせるも、杖を三回ほど回して宝石のような球体がついている方を竜の魔物に向ける。

 それに対して竜は再びこの痩せ細った森中に咆哮を轟かせ、漆黒に輝く翼を大きく広げる。


「…残念です」

「オイオイ…竜さん。勝ち目のねー相手に戦いを挑むのは勇気でも何でもねーぞ。ただ命を投げ出すだけの無謀な行為だ。まだ遅くねぇよ。離しな」

(俺は…俺達はよく知ってる。格上を相手に戦いを挑む事の無意味さを)


 竜はバブルのその言葉を受け、少しだけバブルに目の焦点を合わせほんの少しだけ目を細めて再びメディアの方を向く。そしてもう一度高々と声を上げると口の辺りに魔力と思わしきエネルギーが集まり始めた。


「…天の恵みよ。幸福と不幸を司る生命の源を降り注がせる力を我が手に与えへ給え!汝に

渡し降り注ぐは死への引導......『ミスティックレイン』」


 その言葉を言い終わった瞬間の事だった。彼女の周囲には風から吹き荒れ、集まり彼女のの髪を強く揺さぶる。そして次に先程まで木々の数少ない葉と葉の合間から見えていた太陽と蒼い空は、限りなく黒に近い鼠色の曇天へと様変わりし、やがて雨が降り始めた。


「グァ…?!」


 一瞬の出来事であった。最初は優しく振っていた雨だったがその雨はわずか終秒で大粒の雨となり、地面を叩きつけるような音を立てる大雨と様変わりしたのだ。そして黒い雲からは竜の咆哮よりも大きな雷鳴が鳴り響く。


「集え」


 そのメディアの一言で激しく降り注ぐ雨粒は彼女の杖の紫の宝玉付近に集まり始める。降り続ける水滴達は瞬く間に大きな水の塊と化し、その大きさは森全体の空を覆い尽くすほどに膨れ上がっていた。それに怯えたのか竜はバブルを慌てた素振りで解放する。


「うおああっ!」


 べしゃ、という音と共にバブルは地面に叩きつけられる。数メートルある高所から落下したバブルだったが、幸い地面はメディアが降らせた大雨に影響でかなり柔らかくなっていたため彼は無傷で地上に降りることができた。


「ぐっちゃぐちゃじゃねーか…ん?なんだこれ…」


 バブルは降りると竜の魔物を見上げる。とその途中に竜の後ろ足に矢が刺さっているのが見えた。その矢は真ん中あたりで折り曲がっていて今にも抜けそうなほど不安定に刺さっていた。


(矢…か?泥まみれだが折れ曲がった矢がこの魔物に刺さっている。しかしこんなちっぽけ な矢で竜の鱗を破れるのか...?)


「…バブル様!早く魔物から距離を!」


(まぁいいか…。今はそんなことを悠長に考えている場合じゃねぇ…このままだと…!)


「オイ!これ俺距離とっても死ぬって!」

「…大丈夫です。矢のように水を一線に束ねてこの竜に徹底的に叩き込むので」

「よ、容赦ねぇな…」

「………当然です。貫け『ミステック・レインアロウ』」


 メディアは宣言通りに水の塊の一部分から矢のように鋭い水が絶え間なく発射され、竜は叫ぶこともでき ず、ただただメディアの魔法に叩きつけられ続けるだけであった。




「竜を……………あんなに簡単に………!俺は……俺は……」


 バブルとメディアが竜を倒した瞬間を、遠くの木の影から一人の少年が見ていた。








                 ◇


 竜との戦闘から数十分が過ぎた___。


 彼らは竜の魔物がいた場所をすぐに去り、枯れた生気のない森をひたすら歩き続けた。そしてその途中、目的の村についた二人だったが、二人の目に映ったのは信じられない光景だった。


「これは……」

「…村が何者かに荒らされている…?」

「いや…それどころじゃねーだろ…壊滅だ」


 二人が旅をしている世界の名は『魔界』。

 

  バブル達が訪れている村はその魔界の5つの大陸のうちの5つ目...通称“魔界中央”と呼ばれる大 陸の南東に位置する小さな村、グリエル。村は大きく深い森に囲まれており、キャンプやレ ジャーに訪れる人々が多いという。なので村は小さくとも、決して貧しいわけではない。村 の人々は一人一人が手を取り、平和に暮らしていた村だった。


「家も店も…街路樹もお構いなしにめちゃくちゃだ…」

「…酷い…」

「血の痕…。ココは商売もクソもないな…。出ようぜメディア」

「…はい」


 二人が村のどこに目を向けても、目に映るのは崩れて瓦礫と化した家。倒れて腐りかけて

いる街路樹。人が慌てて逃げて混乱していたのか、忘れ物や落とし物のような人の物が落ち

ていたり、片方しかない靴が道端に転がっていた..。.地面には血の痕も赤く滲んでいるのが見え、二人は恐る恐、ゆっくりとまた歩み始め、村を抜ける。


「このまま真っ直ぐ、森を抜けてこの先にある国を目指そうか」

「…そうですね。急ぎましょう」


 またしばらく森を歩いてきた所だった。先程の不気味な廃村と化していた村を気にかけながら進むと森が一部ひらけている所が目に入った。


「テントだな。それに煙が上がっているし、微かに人の声も聞こえるぞ…!」

「あの村の村民でしょうか…」

「とりあえず行ってみよう。話はそれからだ。」


 二人が進んだ先には無数のテントが張ってあり、人々が行き交い、さまざまな声が入り混じる少しだけ賑やかな場所に着いた。中にはテントのない集落の外れの木に座りこみ俯いている人々や笑って商売をする人、炊き出しを行っている人間などなどたくさんの人がいた。その風景はどこか活気のある村を連想させる場所が、この森にあったのだ。


「あの、すんません。俺らは旅の者なんだが…この場所について少し教えて貰えいないか?この集落と…森の中にあった廃墟みたいな村痕について。」


 バブルはつま先を精一杯上に上げて背伸びをする。しかしそれでも彼の背はとある店のカウンターには全然届いていなかった。それを見たその店の男はくすっと笑う。


「背が小さくとも、聞こえてますよ。長旅ご苦労様です。ここは緊急避難集落でございます。2ヶ月ほど前でしたかな森の奥にある村、グリエルは竜の魔物によって壊滅的被害を受けまして…。ここは行き残った人間はここで竜が死ぬまで、一時的に暮らす集落となっています。」

「…竜が死ぬまで…というのは?」

「隣国の温情で近くに竜を倒す戦士が何人かここに来てくださるそうです」

「それまでにここが襲われたらどうするんだよ?」

「その時はその時です。」


 その言葉にバブルは首を傾げる。もっと詳しく話を聞こうとするがその男は店をやらないといけないと言ってテントの奥に姿を消してしまった。


(話は簡単にまとめるとこんな感じか…)

 旅人によるとあの村が廃墟と化していたのは2か月に竜が襲って来たのが理由。その竜は一人の男が話すにバブル達が森で出会った竜と特徴が酷似していた。そしてその竜は家という家や 店を破壊し、逃げ惑う人間もお構いなしに襲ったという。そのため生き延びた人間はこの場所でテント暮らしを強いられ集落を作り暮らしている…これがあの村と村民の状況…。


「…大変な方々達なのですね…」

「ん?…そうかな。以外と笑ってる奴とか普通に暮らしているっぽいけど。」

 

 その言葉を聞いてメディアは横に首を降る。


「…それはきっと心に嘘をついているんだと思います。内心はいつ竜が襲ってくるかわからず不安で不安で仕方がないでしょう。それでも笑って誤魔化している…」

「メディア?」

「…私がそうだったから、そんな気がして。明るく振舞う…笑顔に振舞う…」


 メディアは目を細めて失笑した。

 集落には春の冷たい風が吹いている。その風に揺られた数少ない木の葉がカサカサと音を鳴らしている。集落にある大きい道に二人は立ちすくんでいた。


「『仕事』できそうか?」

「…正直、気は乗りませんが。こんな時だからこそ私達にしかできないことがあります」

 バブルはその彼女の言葉に大きく頷きメディアに手をそっと握った。




「そうだな…あのガキが良さそうだ」





                 ◇

「ドラゴニアを打ち取るには…俺がもっと頑張らないと…!」

 _____グリエル廃村内に一人の少年の姿があった。燃えるような赤の髪に茶色のカーディガンをきたその少年は古錆びた黄金色の剣を手に取り力一杯素振りをしている。剣を振るうたび息を吐き剣を振り終わったのか家の瓦礫に腰をかける。


「しかしあの人達…ドラゴニアを倒した先刻の二人組は一体…青い髪の俺くらいの背のやつは置いておいてあの女の魔術師…圧倒的だった。あの魔法のせいかあれから数時間経っても雨は止まないし…きっとあの人なら母さんと父さんの仇を…」


 少年は剣の塚をぎゅっと握り締める。

「仇、取りたいのか?」

「え…?」


 少年は後ろから突如として声をかけられ思わず剣を地面に落とす。後ろには鋼色のコートとフードを見にまとい、先程持っていた白色と金色のラインが入っ た面を付けていて朱色の髪の毛のカツラを被っている小さな背丈の者と、闇の様な深い漆黒の丈が長い コートに、まるでガスマスクの様な顔全体を覆い隠すマスクを被っている…バブルとメディアがいたのだ。


「何だよ…てか誰だあんたら」

「俺はバブル。お前さん力が欲しいんだろ?俺達が貸してやってもいい」

「いきなり出てきてなんなんだよ。なんかの勧誘か?」

「…ドラゴニア、倒したいんですよね」


 その一言を聞いて少年の動きが止まる。


「なんでそれを…」

「村の者に聞いた。村を襲撃したドラゴニアと戦った戦士と魔術師の息子がいるってな」

「…名はエテール。あなたがそうですよね」



_二人がエテールと出会う前、集落にて

 二人は集落の隅に居た男から詳しい話を聞いていた。その中で村を守るために命を散らした儚き戦士と魔術師がいた、と。その二人はドラゴニアの親玉が現れた際瞬時に竜に剣を向け立ち向かったという。しかしその後に訪れた多数のドラゴニアとの戦闘の中で死亡してしまったそうだ。魔術師の方は命を取り留めたものの意識は二ヶ月経った今でも目を覚さないとか。


「お前はドラゴニアに復讐したいと思っているんだろう?」

「あぁ…俺はあいつらが憎い…。村を…父さんと母さんをこんなんにした奴らを!」


 剣を地面に投げつけ歯を食いしばりながらエテールはそう答えた。

「俺らはとある力で願った者の望む姿に変身させる願いの魔法が使える。パテシエになりたいとかネコと呼ばれる異世界の動物に変身してみたいとかな。」

「それって…俺を最強の…最強の戦士にしてくれたりするのか…?!」


 バブルはその言葉を待っていたと言わんばかりに笑みを溢す。

「お前が望めば、な」

「じゃあ…!俺を最強の戦士にしてくれ!君の力で!」

「君って…お前大人を馬鹿にしてんのか?」

「大人?君僕より小さいし子供だろう?」


 バブルは言葉にならないほど自分に醜さと、情けなさを感じながらもエテールに向けてそうだな、と軽く会釈をした。そうしてメディアの方をチラッと見て二人とも静かに頷いた。


「力が欲しいなら、与えてやってもいい。条件付きだがな」

「欲しい…その条件ってのは一体?」

「まず一つ。能力の効果時間は丸一日。それだけだ。この力は永遠じゃない」

 それでもいいか、バブルは問う。その仮面の奥に隠された目は確かに、真っ直ぐエテールを捉えていた。その言葉を聞いてエテールは間も無く首を縦に振る。

「そうか。ではまたここに来る。少し待っていてくれ」

「なんでだ?今くれよ!俺は一刻も早く…」

「焦るな。願いも虹も光がなければ叶わない」

「…はぁ?」


 そう言い残しバブルとメディアは少年の前から姿を消した。


     


                 ◇

「…バブル様、なぜあの子が今回のターゲットなのですか?」


 雨音が静かに響く廃村から少々離れた森の中で二人はまた話していた。


「あいつは恨みで……復讐が原動力で動いてるからな。力を欲せば手段を選ばず手を伸ばすと思う。復讐なんてやっ ていい事は何もない。復讐ってのは不幸や怨みが連鎖して起こっているんだ。例え今仮初めの力 を手に入れて竜を倒しても、それは復讐どころか、お前の自己満足でしかない…少なくとも俺はそう考えている」


 バブルは仮面を外してメディアにそう話す。彼の目にはどこか曇っていて視線はメディアではなく足元にある幼い自分の姿が映る水溜りに向いていた。その水溜りには彼の姿を歪ますように水滴が空からふり水面が揺れていた。


「…ではなぜ…」

「俺が今話したことは、アイツ自身が気づくべきことだ。俺はアイツにそれを自分で知って欲しい。復讐は不幸や怨みの連鎖だ。アイツが復讐するってことは相手にも…ドラゴニアにも何か理由があると思ってな。俺はそれを知りたい。」


「ドラゴニアが村を襲ったのにはなにか訳があると?」

「多分な。それに…アイツはまだ12歳らしいじゃねえか。感情だけで動く人間には…昔の俺みたいな人間には、将来なって欲しくないってのが…心のどこかにある気がしてならないんだ」


「…自分の感情に…気持ちに今もまっすぐじゃないですか。バブル様は何も変わっていませんし、変わる必要もないんですよ。それがバブル様です」

 

 その言葉にバブルはハッと目を見開き目を細くしてそうだな、と同意し、大きく深呼吸をして灰色の空を背伸びをしながら眺める。そして両手を合わせて呪文を唱え始めた。


「天の恵みよ。生命の源となるその聖なる輝きでこの広大な地に光を灯したまへ!蒼天の空に白気輝きを今現れよ…『ホーリー・シャインサン』」


 その言葉を唱えると共に、空から静かに降っていた雨は徐々に止み始め、曇天だった空もいつの間にか青く澄み渡った綺麗な空へと様変わりしていく。廃村にいたエテールも雨が上がるのに気がつき思わず立ち上がる。そしてただただ、青い空を無心に見ていた。


「ぐっ…はぁやっぱ…コレ使うのもしんどいな…クソ…」

 バブルは呪文を唱えると胸の辺りをガッと掴み苦しみながらその場に倒れ込む。息を荒げながらしばらく頭の中が真っ白になっている感覚がバブルの頭の中を襲う。

 メディアは倒れ込んだバブルにすぐに駆け寄り背中の辺りをそっとさすってあげていた。


「…バブル様!やはり呪いは日々強くなっていっているのでは…」

「ハッ…ハハんなことねーよ…さぁ…エテールの所へいくぞ…」

「…バブル様…………」


 森に雨音がなくなり、静かに吹くそよ風に新芽が揺さぶられる音がそっと聞こえる。その風のと木の葉の音の中に紛れるバブルの荒れた息遣いに気付く者は…世界にはいない…。二人の表情だけは、晴れていないままだった。



               

 

                  ◇

「待たせたなエテール。準備は整った」

「全然いいよ。戦える力が手に入るなら…復讐ができるなら時間なんていくらでも」

 エテールの目は憎しみが詰まった鋭い目をしていた。殺意がこもった目だ。


「そうか。一つだけ俺からいいか?」

「何だ?」

「復讐したい気持ちも、悔しい気持ちも俺は理解できる。否定なんてしない。俺も経験がある…だけど復讐しても帰って来たのは...帰ってこないに日常と、この小さな醜い自分だけだったんだ」


 バブルは少し気を落とした様子でエテールにそう言葉を掛ける。しかしエテールはその言葉に聞く耳を持たず持っていた錆びた剣を手に取り口を動かした。


「君の過去は…何があったのかは知らない…悪いけどどうでもいい。俺は憎いんだ…村を破壊された、こんな風にぐちゃぐちゃに!両親を殺された!だから戦う…それだけだ」


「復讐は不幸や怨みの連鎖だ。相手にも何かしらあって村が…」

「僕たちがドラゴニアに何かしたっていうのか!?理由なんてあってもどうでもいい!あいつらは村を!両親を殺した!…それだけだ…!」

「…バブル様、早く始めましょう」

(何を言ってもやっぱり聞く耳持たねーよな…昔の俺も、きっと聴かなかった。)


 


「...ではエテール。左手をバブル様に、右手に私の手を握ってください」

場所は変わってまた細々とした生気のない森へ3人は移動した。森はあの雨の後を残さ ず、すでに乾いた地面が広がり、残った雫は木の葉に少々ついて太陽の光を反射して白い光 を反射していた。


 エテールはメディアに言われるがままメディアの左手に右手を、バブルの右手に左手を添 えて少し嫌そうに掴み、恋人繋ぎのような握り方をして円を作った。


「...虹の魔法は願いの魔法」


「優しく照らす太陽のような光と静かに滴る涙のような雨が混じり合わさるその時」


「...願いを叶える魔法が生まれる」


バブルとメディアが交互に言葉を言い合うと同時に、バブルの右手とメディアの左手から 何かのエネルギーのような光が急に光輝き溢れ始める。それをみたエテールはその光に惹かれて見惚れていた。


「今だエテール!願うんだ自分の思い描く最強の戦士を!」

「わかった...!」

(俺の思い描く…最強の戦士…ドラゴニアを倒せる力…!」


少年は言われるがまま目をそっと閉じて願う。エテールが願うとほぼ同時に3人の足元に七色の魔法陣が 現れ、その魔法陣から冷たい風が吹き、髪がかきあげられる。空にポツンと浮かんだ太陽は輝き始め、どここからか雨が降り注ぐ。そうして見えたのは...


「虹......?」」


「「虹魔法!ドリーム・カム・トゥルー!」」


「うわッ!?」

  エテールが再び目を開ける。強い風の中目を開けるとそこには虹の空間に3人は移動して いて、その状況を飲み込む前に、彼の周りにその空間の虹の光が集まり、全身を覆い潰す。

 エテールは全身に暖かい感触が走る。虹の光によって目を閉じていた彼だったが光がさったのか目を開けて前を向く。前には顔を仮面で隠した怪しげな二人が再び視界にはいる。


「あれは…一体…」

「…見てみてください。戦士になった自分を」

「…!!す、すごい…本当に…?!」


 エテールは言葉を失う。その少年の姿は、もはや子供ではなく成人男性のようながっしりとした背丈へと様変わりし、着ていた服も民間服ではなく戦士のような簡単には切れぬような頑丈な茶色の繊維でできた服と焦茶色の甲冑に身を包み、背には傷ひとつない銀箔の輝きを放つ大剣を背負っていた。

「何つーか地味じゃねぇか?せっかくなんだからもっと派手なもんをイメージすれば…」

「いや、俺はこれがいい…これが良かったんだ」

 バブルはエテールをからかおうと言葉を掛けるがその言葉を言い終わる前に少年は自分の姿を誇らしげに肯定した。


「…この魔法の簡単な説明をもう一度致しますね。魔法の効力は丸一日。自分では魔法を解除できませんので、ご注意を。あと自分の魔力で願いの要素を追加することも可能です」

「後は特になんもねーな。精神が不安定になると魔法の効力に影響が出て少し姿が歪んじまうくらいだ。まぁガキのお前はそんなことないと思うけど。」


 エテールはバブルの言葉に苛立ちを隠せなかったがそれよりも今は力を手に入れたこと、そして微かな好奇心が彼の心を埋め尽くしていてあまり気にならなかった。

「んじゃ、後は好きにしろよ」

「ありがとう。これで俺は仇を取れる。まだ名前を聞いていなかったですね、お名前は…」

「俺はバブル。こっちはメディア」


 名を聞いたエテールは深く頭を下げて背を向けた。

「最後に一つ。お前はきっと…復讐できない」

「…バブル様?」

「俺ができなかったように、な」


 エテールはその言葉に疑問を浮かべながらも、早速竜の元へ行こうと動く。右足で地面を 蹴り上げると、その勢いで空高くまで体を上昇させて、体の重心を前に倒すと、バブル達のいる場所からだいぶ離れた場所へと姿を消してしまった。


「…バブル様今のはどうゆう意…」

「わり…俺ちょっとやべーみたいだわ…」

「バブル様!!バブル様…!」


 これがこの日、バブルが放った最後の言葉だった。メディアが仮面を外してバブルの顔を覗くとそこには雪のように白い顔に冷や汗をだくだくとかいて苦しそうな様子を映した顔があった。

 何度も何度もバブルを呼ぶメディアの声も、バブルにはもう微かにしか聞こえていなかった。


 

                 ◇

 ____夢の中だと、俺ははっきり分かった。目の前には多くの馬鹿でかい岩がゴロゴロと転がっていて石造りでできた建物や塔などが映り、その建造物のほとんどは暗い緑色のツタが巻き付いている。建物の所々には古代文字のような奇妙な文字が記されていた。


 ___ここは俺がかつて仲間と旅をしていた時に訪れて『しまった』古代の遺跡だ。

 その神殿の奥には...禍々しい魔力と共にとある魔物が封印されていた。今思えば、あの時すぐに引き返しておくべきだった。俺は好奇心に身を任せてその魔物の封印を解こうとした。


 __共に旅をしていた仲間…最愛の妻であったミディアやその妹のメディア…幼い頃から長い時間を共にしてきた親友、リリウスの忠告を無視して…。


 __運がいいのか悪いのか、長年封印されていたのであろう。封印の術式は酷く劣化しており簡単に破壊し、解くことができたんだっけ。

 

 バブルが心の中で独り思い返していくとその様子が目の前に映し出された。


 __その魔物の名前はディスピル。奴は魔物の中でもトップクラスの力を持ち、知性が人間 と同じ、いやそれ以上の力と頭を持っていた。俺らはディスピルを討伐する為に戦いを挑んだが...リリウスは奴の強大な魔法によって命を奪われ、残った俺とメディアミディア3人は逃げ切ることができたものの『呪縛』をかけられてしまった。


 その様子を思い描くと、やはり目の前には腹に風穴を開けられ、返り血さえついていない親友のリリウスの死体が足元に映し出され、必死に、涙を堪えて遺跡から抜け出そうとする3人の姿がバブルの目の前を横切っていく。それを見たバブルは目を思わず閉じる。自分が情けなく、無力あること、あったことを心の底から悔しがっていた。


 __俺は身体能力と自分の魔力を10分の1にされ、さらには体の方も幼き姿に変えられてしまった。あの時は32のおじさんだった俺がいきなり子供にされたのには今も驚きを隠せない。


 __俺の最愛の妻であるミディアは日常を奪われた。そう、奴は対象が1番やられて辛いことを呪いとして俺達に振り撒いた。ミディアは過ぎていく日常が…俺達との日々を大切にしていた。だから…ディスピルは永遠の苦しみを決して醒めることの無い夢に閉じ込める呪いをかけた。ミディアは今故郷の病院で今も悪夢と戦っている。



「それで俺達は、自らの願いを叶えるために旅に出た…俺達が力を…このディストメアに数十人といない神にも等しい力…『コード』を使って…。俺らが他人の願いを叶えるとその願いの魔力が形となり、結晶化する。それを100個ほど集めると自分達の願いを叶えることができる。そのために俺は…俺とメディアは旅に出たんだよな…」


 _なんだ…また…眠…く……。ったく…今のは走馬灯か…?俺…死ぬ…のか…?


 バブルは微かに薄れていく意識の中で、ディスピルに臆し、全身を震わせて立ち止まり、逃げ出す自分の姿を最後の最後に観た。


                ◇

「奴らはどこに…根絶やしにしてやる…」

 エテールは静かに怒りに燃えて人間とは思えないスピードで痩せ細った死にかけの森を思いっきり翔け竜の居場所を探すため彷徨っていた。そうして数十分の時が流れた頃だった。


「すまないな…皆。あと数日ご飯は待ってくれるかい?」

 人の声が聞こえてきたのは。

 この森はドラゴニアがいるかもしれない森。人がいるはずがない。そう考えていたエテールは人の声が聞こえたのにはど肝を抜かれた。

 聞こえてきたのは女の声。だったが人間が話しているにはどこか声が籠ってい聞こえた。



「かーさん、腹減ったよ~」

「この森には魔物どころか動物一匹、果物一つないんだよ?このままだと本当に空腹で死んじゃ

うよ!何で人間はこんなんになるまで森を殺したのさ!」


「え...?!ドラゴニアが.........」

エテールが目にしたのは、村を廃村にまで追い込んだドラゴニアの群れ、だった。


 エテールの目の前に居座っていたのは村を滅ぼしたドラゴニアの親玉と、それを囲むように前足を綺麗に畳んで座っている小さい黒いドラゴニアが数十匹ほどいるのが見えた。小さいドラゴニア達は親玉であるドラゴニアを「お母さん」と呼び、言葉を話している。


「もう少しで竜人様がきて食料を持ってきてくれるわ…それまで耐えてね…」

「お母さん…もう数ヶ月まともに食べてないよ…」

「この森はもう死んでいるんだよ…人間達のせいでさ!なんでここにずっと…!」

「私達にそんな力はもうない…ここにいるしかないのよ…」


 エテールが感じたのは憎悪でも恐怖でもない。困惑だった。しかしそれはドラゴニアが話している事実によるものではない。


(森が死んで…食べるものがない…?数ヶ月も?それが人間のせい?)


 エテールは二歩後ろに足を後退させる。言葉を失い、頭の中が真っ白になった彼はただただドラゴニアを見ていることしかできなかった。そして頭にバブルの言葉がよぎる。


「復讐は恨みや不幸の連鎖…復讐の理由が俺にもあるように…相手にも何かあって俺や村にひどい仕打ちを…?その理由が…まさかバブルさんが言っていたことは本当に…」


「オイ!みろあれ…!人間だ!」

「なんでここに…!母さんを守れ!」


エテールがつぶやいた一言はドラゴニアに聞かれてしまい、小さな竜達は数メートルある母親 の竜の前に全員集まり羽を大きく広げてエテールを威嚇した。それに彼の体は大きく恐怖を かんじて反射的に背中に背負っていた大剣に手を卦ける。

「貴殿は...私が殺した戦士...に似ている......」

「それは...父さんの事か...?!」


剣を構えようとするエテールの動きが止まる。


「赤い髪にその装備服に...大剣。しかしあの者ではないか...気配が幼い…」

「ここから立ち去れ人間!」

「おまえらのせいでこっちは毎日餓死寸前だ!」

「おやめなさい。私達に何のご用ですか...」


エテールは復讐、なんて言えなかった。今は復讐のことよりも、ドラゴニアが言葉を発することよ りも、彼の心が気になり問いたかったのはただ一つだった。



「何故...お前達は村を襲撃したんだ...!」


聞きたいのはそれだった。相手と言葉を交わせるならなぜ村を襲撃したのか、両親を殺し たのか、村の人々を殺したのか。それを聞いて納得することがエテールの心の中では1番必要としていた。彼の中ではバブルの言っていたあの言葉が引っ掛かり…ドラゴニアに不幸や怨みがあるのか…それが知りたかった。


「...生きる為、というのが第一の理由です。ただしそれは表面上の理由なのかもしれませ

ん。言うなれば...人間への...この村への復讐だったのかもしれません。」

「復讐……だと?」


 ドラゴニアが発した復讐という言葉にエテールは言葉を失った。それと同時にバブルが言っていたことは自分を止めるための出まかせではなく、本当のことを言っていると確信した。



「話すと長くなります。お聞きになりますか?」

 エテールは困惑と妙な胸騒ぎを感じながら頷いた。


 この黒いドラゴニアの一族ははちょうど150年前、この村の森に移住してきた。この頃の森は今とは違 い、森が生き生きとしており緑が溢れ、動物や気のいい魔物がたくさんいて食物となる植物もたくさん生えている森であったという。


そしてここに訪れたこの母親の祖父一行は森に来て初めの時は恐れられていたが、徐々に打ち 解けあい、森に馴染んでいった。


...それから50年、この川のせせらぎと鳥の囀りが聞こえる美しい森にこの母親のドラゴニアの一 族がは森を守る「森番」と名乗り、この森を守り続けて来た。

「そして私も森にいたわ。私が子供の頃だったかしらね...人間が来たのは」

(この村ができて今年で100年...この竜は本当のことを言っている...)

人間が森に入って来た時に来たのは、赤い髪と髭が特徴的な男だったという。この母親のドラゴニアは幼かったため顔や詳しい用紙は覚えていなかったらしい。その男は何故だか私たち森の動物達と会話ができて、その人間はこの森に「人間の村を作りたいお前達の住む環境に影響がでないように用心するが、一応部外者がズカズカと入って勝手にやるべきではないと思ったので伝えにきた」。そう言って男はすぐに森を去った。


数日後、今は森が死に続けて村が森の中心に位置しているけれど、当時の人の村はあの生

きた森の南端くらいの位置の木を伐採して家を建てた。


「…話が見えないぞ。」

「あの時から長い月日が流れました。この森、どう思いますか?」

森...これが普通じゃ...ないんだろうな」

「ええ...森は今も衰弱し続けている...昔の姿とは全く違う。ここはもう生きた森とは言えま

せん」

竜はまた話を続ける。


人間がこの森にやってきてもしばらくは安泰だった。あの人間がコミュニケー ションが取ってくれたことによって人間が私達と遊ぶようになったり、畑で取れた食糧を分けてくれ たり、ドラゴニアからは人間を村の外へ連れて行くなど、ドラゴニアと人間は共存関係になっていたと話す。


「しかし...あの赤髪の人間がパタリとこなくなった...亡くなったのです。」

人間とのコミュニケーション手段がなくなった我々は、関わりを徐々に失っていきまた。あの 赤髪の男が死んでもしばらくは、ドラゴニアと共存していたことを知る人間がいたため、生活に特に害はなかったが、竜との共存をしらぬ人間が増えていくと共に、を恐る人間が多くなり、いつしか森の恐怖として人間から認識されるようになっていった...。


「そして人間は数10年前頃から、『ヒリョウ』と呼ばれる物質を使い始めました」

「肥料…あれは一年で10年分の収穫が可能となる魔道具だ。まさか肥料が関係して…?」


「えぇ…恐らくその魔道具は特定の植物や農作物に魔力を集中させ成長を超増進させるもの。付近の植物の魔力もそのヒリョウが吸い取ってしまう…と言うカラクリがあったのでしょう。そのヒリョウが使われじめてから森の植物達は死に始めました。植物が死ねば、生態系は一気に崩れます…植物を食べる動物も徐々に減り、それを喰らう私達も食べ物に困ってきました」


「そん…な」


 エテールは唖然とした。今の話を聞く限り…村を襲った原因は_____


「人間を…村を襲撃したのは……俺達人間のせい…」


「食料に困った私達は…私の夫であるあの方が村の畑から少々拝借しようと夫は私達の前から姿を消しました。しかし何日経っても帰ってはきませんでした。何故だかわかりますか?」


 何日経っても帰ってこない。その言葉にエテールは心当たりがあった。自分も感じていた…両親を殺された彼にはすぐにその言葉を理解できた。

「人間によって、殺されていました」

「…っ!!」


 エテールは思わずその場を離れた。ただひたすらに地面を蹴って走った。この時彼は、復 讐や最強の戦士になっていることなんて忘れて無心に走っていた。

 そして再び自分の故郷へと辿り着いた。あたりはすっかりと暗くなっていてもうぐちゃぐちゃにされた家の残骸も、地面にこびりついた血の跡も目ではもう捉えられないほどの夜が訪れていた。


「…エテール?!」

「!メディアさん…!…っ」

「…何かあったのですか?随分と怖い顔をしていらっしゃいますが…って…いない…」


「俺が探すよ、メディア。ドラゴニアと会ったんだろう。復讐はできなかったようだな…ただあの感じだと怖気ついたワケじゃなさそうだ。それに…あいつの姿は…迷ってる証拠だ…」


 バブルは自分がエテールに魔法の説明をした際言っていた言葉を繰り返す。精神が不安定になると魔法の効力に影響が出て姿が歪んでしまう、と。


「俺は……愚かだ…」


 


                  ◇

「ドラゴニアが村を襲ったのは…自分が…いや正確にはあのドラゴニアの子供達を食べさせてやるため…。その食料がないのは…村の人間が自分たち食べるために肥料を使って食べ物を作るために森を殺していったから…。仕方なく畑に出向いたアイツの夫は…村の人間に殺された?襲ったのはその復讐も兼ねて…そしてその襲撃で俺は親を殺されて復讐しようと……?」


  日は沈み、空に星が輝く。エテールはその星空の下、滅ぼされた村にある潰された自分の

家を見ながら一人でつぶやき、立ちすくんでいた。


 村にはエテールがポツリと一人いるだけ。活気と賑わいにあふれた村はドラゴニアに奪われ、もうどこにもない。しかしそれはドラゴニアも同じであった。昔は生き生きとしていた森は人間の魔道具によって枯れさせられ失くしてしまった。


「そーゆーことだったか」

「バブルさん…」

「何もお前が気に病むことじゃないだろ。大人が勝手にやったことだ」

「それでも俺は...この村の民だ。関係ないわけじゃない...」

 

 それを聞いて軽くバブルは笑う。

「お前、いい奴だな」

「なんで急にそんなことを...」

「普通ならその話を聞いても、そんなんの関係ないっていって復讐をするだろうよ。...俺は そうだった。...っそれにお前はガキだしな。ガキってのは自分がやりたいことをやれればいい奴がほとんどだ。自分が良ければ周りも関係なしに駄々をこねる。実際お前もついさっきまでは力をくれ力をくれって駄々をこねるガキだった」


 少年は俯く。言い返す言葉が見つからなかった。そんな少年を見てバブルは今は違う、と胸の辺りを拳で軽くどつく。


「今のお前は違う。例え種族が違っても相手の思いもきっちりと受け留めて、それとは別に自分の思いも背負い込んで今悩み苦しんでいる。だからお前は賢くていい奴だ。...きっといい戦士にれるよ、お前は」

 

 その言葉をきいてエテールは堪えていた涙を一気に解放した。今はただ、理解してくれる だけでみありがたかった。そして愚かだと思っていた自分を、いい戦士になると言ってくれたたのが、情けなくて、ただ...嬉しかった。


「俺は何も知らなかった...!何も…!何も知らずに復讐しようとして...でも!...アイツらにはアイツらの事情があって、俺らにも俺らの事情があった…俺...どうしたらいいかわからなくて...!」


「エテール、戦士になれ」

「え…?」

「お前の思う戦士は、本当は復讐の手段じゃないんだろ?きっと何かに憧れて、お前はそれを目指して戦士になりたかったんじゃいのか?」


 子供の姿をしたエテールの脳裏に死んだ父の姿が浮かぶ。

(そうだ…本当は…俺…)


「その憧れは…ドラゴニアの襲撃によって歪んでしまったんだ。復讐するための道具、手段にな。お前がこれからするべきことは、悩めばいい。しっかり悩め。そして悩み抜いたその先の答えを能力が解けるその前に、戦士とは何か、お前のとるべき行動は何か…『答え』考えて過ごすせ…いいな?」

 

  バブルと出会ったばかりだった少年には、答えはだせなかっただろう。ただ、今のエテールには 戦士とは何か、もう答えが出かけていた。


エテールはバブルの言葉に静かに頷き、この日の夜は明けたのだった。


                ◇

翌日の早朝。鳥のさえずりさえ聞こえない静かな枯れた森にエテールは足を運んでいた。

「あなたは…」

「エテールだ。昨日はいきなり出てきてごめん。朝早くから悪いんだけど、話がしたいんだ」

 エテールは背負っていた剣を地面に突き刺して竜にそう告げた。竜もそれを見て安心した のか頷き、二人は近くを流れる川の方へ歩みを進めた。


 川はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、それほど濁っているわけでもない。しかし草はやはり生えておらず、魚一匹も目に捉えられなかった。竜は 川の水を少々飲むと、エテールとの会話を始めた。


「それで話というのは…」

「ごめんなさい…!」

「…え?」


 彼女は意表を突かれ言葉を失う。エテールは地面に額がつくほど深々と頭を下げた。

「俺は最初、あんた達に復讐するつもりだったんだ。村を...故郷を奪われたこと...両親を殺 された事をただ恨んで...お前達を『偽りの戦士』の力で殺そうとしていたんだ」


「...私からも謝罪をさせてください。いくら生きるためとはいえ…私は私情を含めた殺意であなた達の全てを奪い去りました。謝っても謝りきれません」


「バブルさん…俺はこれだけはわかんなかったよ。どっちが悪いかなんて、決められない。決めていいわけがない。どちらも生きる為…自らの発展のためにやってたからさ…でも周りをしっかり見なくちゃならないことはわかった気がする。生きているのは…俺達だけじゃない」


「そうですね…そう割り切ってもいけないんでしょうけど。割り切らずに引きずるよりは、いいのかもしれない」


 ドラゴニアは軽く笑い声を漏らし、それを見てエテールも表情を和らげる。しばらく二人で笑い川の 流れるせせらぎを聴きながら時間がすぎるのを静かに過ごしていた。そしてエテールは川の 水面に映る魔法で変わった自信の戦士の姿をみて目を細めて再び笑った。


「俺...復讐したいとは思う前から戦士になりたいと思っていたんだよな」

「それは...お父さんの影響ですか?」

「ああ。この今の姿は父が着ていた装備に、俺が本で読んだ『最強の戦士リリウス』が使っていた大剣を背負っていた物をイメージして作られたんだ、きっと。本当は俺、父親やリリウスの様になりたかったんだ。それがあんた達の襲撃によって歪んでしまった。」


「エテールさん...」

「俺は真似事だけして中身はただのガキのまま。あんた達に復讐しようとした時も、話している時も、そしてその群れに恐れて震えが止まらなかった。...全部バブルの言う通りだったな。 俺は復讐もできず...戦士を復讐の道具として使おうとしていた...俺は...」


エテールは悔しさが今は変わった大きな手で地面の土を掴み、力一杯握り潰して悔しさを ぶつける。竜は、かける言葉が見つからなかった。

「どうやら答えは出たらしいな」

「バブルさん!」


 バブルを見てドラゴニアは一瞬身構えるが、エテールが宥めて安心させる。恐らくドラゴニアはバブルと一緒にいたメディアを思い出し警戒したのだろう。ドラゴニアにバブルと、自分がなぜこのような姿になっているかを話し、エテールはバブルに自らが導きたした答えを話し始めた。

「私ってば、血の気が多いのかも知れませんね」

「コイツないてるけどなんか言ってんのか?お前にしかわからないはずだ」

「血の気が多くてすみませんだってさ。」


 3人はすっかりと打ち解けて愉快に話をしていた…その話の熱が徐々に冷め、やがてまた川のせせらぎだけが聞こえるようになった後、バブルはエテールに話を振る。


「それで、お前の思う戦士は見つけられたのか?」

「…もちろん」



___俺の思う戦士。


  最初から知っていたんだ。


村を守っていた父は盗賊が来ても、大型の魔物が出現した時も。他の国の兵士が攻め込ん

できた時でさえ、人を殺してはいなかった。

その父が竜に殺されたあの日から俺は、戦士は守りたい物を守る為にはどんな敵でもねじ

伏せて切り殺す...それが戦士だと思う様になっていったけど...。


「戦士は...守りたい物を守るために命を奪うんじゃない...守りたい物を自分の都合だけで 守ってはいけないと、この一件とバブルさんから俺は学んだ。相手の考えや状況も飲むむこ と...それで理解し合うことができれば万々歳。できなければ...戦士はそこで剣を抜くべき、 じゃないかってのが今の俺の戦士像だ。」


(リリウスと…同じこと言ってやがるぞ、コイツ…)


 バブルは少年の言葉を聞くと目をウルルとさせて相槌をうった。

「上出来だ…。やっぱりお前は戦士になれるよ…これを頼んで正解だったぜ…メディア!」


そうバブルが言うとメディアは上空から両手に載せる様に剣を持ちながらゆっくりと地面 に着陸する。

「俺が知る最強の戦士の剣だ」

その剣は鋼の光沢が他の剣と比べ物にならないほど輝き、その剣の姿はエテールが背負っ ている物に酷く似ていた。

「...彼も未来の勇敢で賢い...小さな戦士に使って貰えるなら彼み本望だと思いまして。よけ れば使ってあげてください。」

「すごい...ありがとう!俺...この剣に誓うよ...!この魔界で...!なんでも守れる最強の戦士 になる...!貴方達が魅せてくれた“夢の時間”から始めて...!」

「...喜んでくれたようで何よりです。そうだ、それとこれを」

メディアはポケットから小さく折り畳まれた紙を手渡す。その紙には空白の表の様な線だ けが描かれているなんの変哲もない紙だった。

「これは「ブバルディアカード」。知っていますか?」

「「虹の魔法は願いの魔法。太陽と雨が合わさる時、願いが叶う虹が出来る」ってやつだっ

け?そういえば二人とも俺を返信させた時にもそんなこと...」


「...ブバルディアカードは古の勇者ブバルディアがかつて闇に堕ちたこの世界を光に導く勇 者になるために使ったカードです。」

「あれって、太陽のような情熱を持って、汗と涙を雨にように流せば、どんな願いも叶うっ ていう教訓だよな」

「...えぇ。魔法が解ければ、貴方は普通の子供に戻ります。そうなれば当然ですが何かを守 る力も泡の様に消えてしまいますよね。ブバルディアカードは願いを叶える為の羅針盤にも なるって言われてますから、貴方が最強の戦士に必要な物はなにか...願いに必要なもの...そ して何より、叶えたいことを書き出して...思い続けてください。願いを言語化するのって大 切な事だと私も思います」

「願いを言語化・・・確かにその通りだな。お姉ちゃん、ありがとう。」 「ちなみにソレ、定価700ジェムな」

「金とんのかよ!?」


               ◇

「さて…俺らはこの村を立つとするよ。村の連中は夢がない。俺らの仕事はないようだからな。何でも村の連中、今の生活を難なく受け入れてる奴が異様に多いんだよな。これが当たり前だ、ドラゴニアを責める資格は我々にはないって」



「もしかしたら村の皆も...」

「気づいていたのかも...しれませんね...それに気づきながらも...生きる為に...村の発展のた

めに魔道具を使うことをやめなかった、本当に竜も人間もどうしようもないですね」

「全くだよ...。でも村の皆ももしそれに気付いているのだとしたら...」


___ほんの少しだけ、楽になった気がする。


 

エテールが安堵したその時、体からシャボン玉の様な魔力エネルギーが溢れ出るように放出されていった。

「夢の時間は終わりみたいだな...」

「エテール...。いつかまた、会いに来てください。次に顔を見る時は最強の戦士として会えるのを楽しみに 待っていますからね」

「ありがとう...また...今度は戦士として、だな」

「もう、言葉はいりませんね。...応援しています」

竜はそれ以上言葉を発することはなく、ゆったりと翼を羽ばたかせながら宙に浮き、また

森の中へゆっくりと帰っていった。それをエテールも静かに手を振りながら見送った。


そして竜が見えなくなった後、エテールの姿は元に戻り小さな背になり、メディア達が渡 した剣が自分の背より大きくて少しがっかりしたが、それ以上にここから何かが始まる、そ んあ期待が夢が醒めた少し惜しい気持ちをかき消した。


そしてエテールの身から出たシャボン玉の様な魔力エネルギーはとうとう三つにまで減 り、エテールは無意識にそのシャボンを指で突いて割る。

するとその中からはバブルが話していた通り菱形の宝石の様な形をして、ダイヤモンドの 様な輝きを輝かせた結晶が現れた。


一つは紅く光り、もう一つは黄に輝き...もう一つは...

「虹色の輝きだと...?!」

「...あれはブバ...お師匠様が言っていた一つのカケラで10個相当の効果が期待できる代物...」

「これ、すごいのか?」

「...いいや、なんともねぇよ」

「...バブル様?」

「それはお前にやる。剣にでもつけときな」



「異論あるか?メディア」

メディアは目を瞑り、ゆっくりと振り一言、ない。とはっきり言った。


二人は知っていたのだ。結晶の色の意味があり、その意味を。赤は『願いへの情熱』。黄

は『願いを信じ続ける』。そして虹色は............。

「じゃーこの二つだけ貰っていくぜ」

「本当にいいの?」

「...ええ。私たちも貴方を応援していますから」

「またいつか会おうぜ。...じゃーな」


エテールは申し訳なさそうに虹色の結晶を眺める。二人がなぜこの結晶が必要なのかを知るわけではないが、これは二人に必要なものだとエテールは薄々勘付いていた。


(でもまぁ...二人がいいっていうなら...いいか...!ありがとう…二人共…!俺…いつか必ず、最強の戦士になってみせっからな!)



                  ◇

「虹色の結晶が持つ意味は...『約束された未来』」

「...楽しみですね、バブル様」

「ああ...アイツは優しくて賢い子だった。それでもって素直で...まるでリリウスを見ている 様だったよ。」

「...そうですね」

「俺は人がどうなろうが何になりたいかとか興味なかったけど...アイツはなんか、応援して やりたい。そして最強の戦士になる事を...信じているよ」


メディアもそれに大きく頷き、また二人は次の国を目指して歩み始める。



 __虹の魔法は願いの魔法。優しく照らす太陽のような光と静かに滴る涙のような雨が混じり合わさるその時、願いを叶える魔法が生まれる…その魔法は、次は誰に夢を見せるのか。

 その夢は目指すものへの希望なのか、深い絶望なのか…。




 これは自らの願いを叶えるため人にひと時の夢の時間を与える二人の物語だ。




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