「ナリン殿下への回想」 橘外男 1938年上半期 第7回

 橘外男は、異国趣味や猟奇的傾向を持つ特異な作風で知られた作家である。その他独創的な告白小説なども発表し、私小説にも大衆小説にも、いずれの枠組みに収まりきらない作家である。

 「ナリン殿下への回想」もまた、体験談形式で異国趣味溢れる作品である。その文体は当時流行していたとも言えよう饒舌体と言えるものであり、選考ではそれも含めて評価された。

 ある日、「私」はヴァローダ商会というインドの商館を訪れる。そこで目に入ったのが、インド人と思しき美少年であった。顔見知りのカパディアに訊くと、その少年はシュータンという名の弟だという。シュータンと会話しているうちに、彼がカパディアがよく口にする英領インド域内のヴァルプール王国の王子・ナリン殿下であることが明らかになる。その後、少年は日本での住居を定めると、間に英国大使館は介入してきて……

 戦争へと突き進む当時の日本では、外地の様子を描いた作品が特に多く発表された。それは、国策文学の一環として推し進められたためとも考えられる。一方で、「ナリン殿下への回想」の舞台は専ら日本である。しかし、後にナリン殿下の命運からも感じ取られるように、本作はイギリスの容赦のない植民地支配の実情を吊し上げている。こうした点で、本作も国策文学としての評価を、戦後ともなれば免れまい。

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