蝶の眠る場所
マツダセイウチ
第1話
皆さんは蝶が眠るところを見たことがあるだろうか。飛んでいるところを見たことがある人は多いだろうが、寝ているところを見たことがある人はそんなに多くないのではないだろうか。今回はそんなことについて書こうと思う。
子供の頃、ワンルームのアパートの2階に私と家族は住んでいた。そのアパートは外壁があずき色とピンク色で塗装されており、周囲の人間から「変な色のアパート」と呼ばれていたらしい。私達が別の家に引っ越したあと、塗替えをしてペパーミントグリーンみたいなさらに変な色になった。まあそんなことはどうでもよい。
そのアパートは狭くて変な色で、おまけに蜘蛛がたくさん出る最悪な部屋だったが、日当たりが良いのが取り柄だった。南向きで、前は畑になっていて遮るものがないからだった。畑の真ん中にはアスファルトで舗装された道があったが、近所の住民がたまに通るくらいであまり使われていなかった。私達はよくそこで遊んでいた。
畑には色んな野菜が植えられていたが、一番多く植わっていたのはネギだった。旬の時期になると、畑のかなりの面積に青々としたネギの茎とネギ坊主がずらりと並ぶ。その時期にしかできない遊びに、当時の私は熱中していた。
夜、父と一緒に虫取り網を持ってネギ畑に繰り出す。ネギの裏をそっと覗くと、モンシロチョウがたくさん止まっている。何をしているのかというと、寝ているのである。蝶は夜になると葉の裏などに止まって睡眠を取る。言うまでもないが夜に飛んでいる蝶のような虫は蝶ではなく蛾である。蝶と違い鱗粉に毒があるのでなるべく触らないようにしよう。見分け方は止まっているときに羽を閉じているのが蝶で、開いているのが蛾である。夜の繁華街で働く女性を『夜の蝶』と表現するが、この理屈で行くと夜に蝶は飛ばないので『蝶』ではなく『蛾』と表現するのが正しいのではと私は思う。
話がそれたが、私がその頃ハマっていたのは『寝ている蝶を虫取り網で叩き起こす』という遊びだった。夜中にネギ畑に行って、ネギの裏に蝶が寝ているのを見つけたら虫取り網の柄の部分でネギをはたく。すると蝶たちは驚いて目を覚まし、夜空に一斉に舞い上がるのだった。その幻想的な光景は今でも美しく脳裏に焼き付いている。蝶にとっては迷惑極まりない遊びだ。ちなみにそのはたいたネギはアパートの大家さんが作っているネギで、つまり他人のものだった。子供だったとはいえ、よく何も言われなかったものだ。もう時効だと思うが、この場を借りて謝罪させていただきたい。大家さん、あの時はすみませんでした。こんなクソガキにいつもお菓子をくれたり可愛がってくれてありがとうございました。寛大な御心に感謝してもしきれません。
現在、そのアパートの前の畑は潰され、所狭しと家が立ち並んでいる。唯一の取り柄だった日当たりの良さもなくなり、ただの変な色のアパートになっていた。これからあの住宅地に生まれる子供たちは、夜空に舞い上がる蝶たちの美しさを知ることはないだろう。デジタル化が進み、世の中はどんどん便利になっているが、あの幻想的なネギ畑と蝶は消えてしまった。あの光景を見れて良かった。私は心の底からそう思う。
蝶の眠る場所 マツダセイウチ @seiuchi_m
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