異世界彷徨・1
一面に結晶の巡らされた空間から出ると、そこは古代の神殿のような場所だった。ゆらりと宙を浮かぶカディスと共に、建造物の外に出る。
神殿の外は開けた森の様相だった。
ただ、結晶に包まれた空間では暗かったのが、陽光差す昼間の風景になっている。
青い空に大きく、青い蒼い地球が見えるのは変わりなかったけれど。
「地球は……ここからこんなに近いのか?」
『いや』
口を突いて出た悠希の疑問に、カディスは否定を返す。
『あのように地球がセレストの空に浮かぶ原理は分からぬが、双方の世界が見た目通りの距離や位置関係にある訳ではないのだ。古くからセレストは地球の影に位置するとも言われている。そう言ったことも、関わりがあるのであろう』
「そうなのか……」
手を伸ばせばすぐに届きそうなのに。
悠希は改めて、自分がそこから来たのだという星を見詰めた。
やはりまだ現実味が薄い。
周囲から小鳥のさえずりが聞こえる。
森は開けてはいるけれど、手付かずの自然といった雰囲気だ。
いつも過ごしていた地球――東京にはなかった光景。
それは今見る限りでは平和で穏やかで、この世界が危機に瀕しているとは思えない。
「この世界は綻びつつあると言っていたが、どんな状態なんだ?」
カディスに聞いてみた。
『気になるか。ならば実際に見た方が早いだろう』
そう言うと、大鳥は悠希に背を向けた。
『我の背に乗るがよい』
◇ ◇ ◇
蒼い翼をはためかせ、カディスが空に舞う。
さっきまでいた神殿と森の姿が、ぐんぐん小さくなっていった。
悠希は蒼いふさふさとした羽毛に覆われた首根に掴まりながら目を瞠る。
空を飛んでいる。
大きな鳥の背に乗って。
現実では有り得なかった体験だ。
あっという間に地上のものが豆粒のように小さくなる。
森の向こうにある平原で、野生の獣たちらしきが移動していくのも見えた。
どんどん見える風景が変わっていく。
すごい。
カディスはゆったりと空を飛んでいるようでいて、実際のスピードはかなり速いようだ。
しっかりとしがみ付いていないと振り落とされてしまいそうだ。
大きく羽ばたき、ひと飛びでどんどん先へと進んでいく。
その軌道は、いつしか中天にある太陽とは真逆の方向へと変わっていった。
北へ。
その先に、彼の見せたいものがあるのだろう。
眼下に見える地上の景色はどんどん変わっていく。
森や平原、山々……自然豊かな土地の中に、人が作ったのであろう街道らしきもの。
街や村らしき家々の集まり。
この世界に息づく存在たちが、見て取れた。
だが、更に進んだ先に異様な光景が見えてきた。
「……なんだ?」
空も地上も、ある一点の領域から何も見えない……目を凝らしても、何も『ない』かのように。
その何もない空間はまるで、これまで見てきた世界とせめぎ合っているようにも感じられた。
『あれは『虚無』だ。この世界は、あれに蝕まれている』
カディスが説明する。
「虚無……何もない、ということか? 存在が消されてしまう……とか」
『その通りだ。今この地は虚無の侵食を受け、生けるものたちの領域もじわじわと失われつつある』
ということは、いずれ今あるセレストの者たちの営みも虚無に飲み込まれ、滅んでしまうということだろう。それをなんとかするために、自分は地球から召喚されたのだと。
なんとも重く、途方もない使命を課されたものだと悠希は思った。
しかも、何をどうすればいいのやら、見当もつかない。
『安心するがいい』
首根に抱き着く悠希の腕の力加減で察したか、カディスが宥めるように告げる。
『セレストに
「そう……なのか」
若干ほっとしたような、逆に拍子抜けであるような。
それなら、この世界を救うのは何も自分でなくてもいいのではないか? という気分にもなる。
『この地に現れた地球の民の中で、お主がどのような役割を果たすかはまだ分からぬな……だが、あまり気負うことはないということだ』
頭の中に響く声が、心なしか柔らかい。
「心配してくれたのか?」
『まあ、そんなものだと思ってくれて構わん』
このフェニックスは結構優しい奴なのかも知れない。
悠希はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます