第一章

見知らぬ土地

 頭上には、青い蒼い惑星ほし

 かつて初めて宇宙に飛び出した人が「青かった」と言ったあの映像そのもののような、大きな星が浮かんでいた。


「あれは……」

『あれは地球。お主が暮らしていた世界だ』


 呆けたように空を見上げていた悠希の頭の中に、厳かな色の声が響く。

 はっとして正面を見ると、目の前には氷のような結晶に覆われた小山ほどもある大きな蒼い鳥がいた。

 状況から察するに、先ほどの声はこの鳥のものなのだろう。

 まるで現実味のない光景に、悠希は絶句してしまう。

 これは夢なのだろうか?

 しかし、今まで夢を見たとしても、途中で『これは夢かも知れない』なんて思ったことはなかった。

 とはいえ、固まっているままでは何も始まらない。

 悠希は改めて思い返してみる。

 あの空に浮かんでいるのが地球だというのなら、ここは一体何処なのだろうと。


『この地はセレストと呼ばれている。お主は我のび声を聞き届け、ここに来たのだ』


 すると、悠希の考えを読んだかのように大鳥が答える。


「セレスト……。あんたが、ここに俺を?」


 まだ半分夢の中にいるような心持ちで、悠希は呟く。


『そうだ。この地は今綻びつつあり、お主のような資質のある地球の民の助けを必要としている』


 大鳥はそう告げると、息ひとつ分くらいの間を置いた。

 自分の助けが必要なのかと、悠希は今はまだ与り知らぬ事情があることを察した。


『我はカディス。いずれ来る世界の終末に備え、永きに渡り眠りに就いたフェニックスなり』


 フェニックス。

 名前だけなら悠希も知っている。

 地球では架空の存在で、ファンタジーな物語などに出てくる生き物だ。

 しかし、全身が蒼い色をしたフェニックスなんて聞いたこともない。

 再生の炎を司る伝承を持つフェニックスは、たいてい炎を思わせる色合いで描かれていることが多かったから。

 現実離れした状況に、悠希は足元の覚束ない気分だった。

 幻想の中にしかいない筈の存在が目の前にいて、しかもそれが自分をここに召喚しのだという。


 そういえば、こんな状況になる前、誰かに呼ばれた気がしたと薄っすら思い出す。

 ごく当たり前に毎日通っている高校からの帰り道、本当に何気ない瞬間だった筈だ。

 突然見も知らぬ場所に移動させられ、この地の危機だ、自分の助けが必要だと言われてもどうしたらいいのだろうか。


「俺は何をすればいい?」

『呑み込みが早いな』


 腹を決めて尋ねた悠希に、カディスは意外そうに呟いた。


「ここにばれた以上、やるべきことをやるしかないだろう。元の世界に帰してくださいと言ったところで、そういう訳にもいかないだろうし」


 この手の物語は幾つか読んだことがあったが、大抵そういうものだったから。まさか自分がという思いはもあったものの、仄かに胸が浮つくような感覚もあった。

 ありきたりで平穏な毎日を過ごしていた日常とは違う、未知の世界と未知の存在を目の当たりにして。


『それもそうか』


 大鳥は悠希の答えに納得したらしい。


『ひとまず我をこの封印から解き放ち、誓約を結ぶのだ。こちらに手を翳せ』


 言われた通りに右手を翳すと、掌と大鳥を覆う結晶との間に眩い光が生まれた。神秘的な光景に目を瞬かせながらも彼が解放されるようにと願うと、光が爆ぜ結晶が砕け散っていく。

 自由の身になった大鳥は伸びをするように蒼い翼を大きく広げ、ゆったりとした動作で畳んだ。


『やはり我の目に狂いはなかったようだ。これよりお主は我と殊更に強い、目には見えぬ繋がりを持つ者となる』


 その言葉が表すように、悠希の身体に熱いものが沸き上がり、全身を駆け巡った。

 これが、強い繋がりを持つということなのだろうか?

 次第に馴染んでいくそれに悠希が自らの身を見回していると、大鳥が問う。


『未だ名を、聞いていなかったな』

「名前……悠希、綾原悠希」


 悠希の口から零れた名に、大鳥は目を細めた。


『ユウキか。よい響きだ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る