Linkage

のえ桐花

プロローグ・世界の終わり

 その瞬間、終わったと思った。

 瓦解する空と共に墜ちる竜。

 その輝く鱗は剥げ、体表は抉れ、翼は破れ、前足は消し飛び、長い尾は千切れかけの惨憺さんたんたる姿で。

 迫りくる虚無はもう、世界の端から徐々に蝕んでいくようなゆったりとしたものではなく、その中心に破滅の楔を打ち込まんとしているかのようだった。


 守りたかった。

 大切な人の生きる、この世界を。

 そのためになら、命を捨ててもいいと思っていた。

 けれど今や竜はひび割れた大地にその身を横たえ、終末の加速をただ見詰めるしかできないでいる。

 なんて無力なんだろう。

 こんな、世界に残されたひとかけらの自分では、どうにもできないのか。

 アメシストの瞳を失意に淀ませていく竜の頭上に、砕けた空の破片が降り注ぐ。

 もうダメだと、すべてを諦めかけた時――

 竜の目前で、まるで花開くように蒼い炎が羽を広げた。

 それは蒼い翼を持つ大鳥、瞬く間に破片を防ぐ結界が張り巡らされていく。


「エル……!」


 大鳥の背から滑り落ちるように降りてきた少年が声を上げる。

 艶やかな黒髪が靡き、青み掛かった黒い瞳が竜を見据えていた。

 エルと呼ばれた竜の、大好きな真っ直ぐで美しい瞳が。

 一見、冷たく見えるようなほど冴え冴えとしいて、いつも真実を見抜こうとしているかのような瞳が。


『どうして来たの、悠希』


 小さく首をもたげて、竜はそう尋ねるのがやっとだった。

 こんな危険な場所に、彼を来させたくはなかった。

 何より彼は、自分にとって一番守りたい存在だった。

 だから置いてきたのにと。


「こんな状況で、もう俺ができることなんてないって分かってる。でも、最後までただ守られるだけで終わってしまうのは嫌だったんだ」


 少年は竜に近寄り、鼻先に手を伸ばしながら口を開いた。


「お前を独りで死なせるのも……嫌だった」

『悠希……』


 胸の奥から、目の奥から、熱いものが込み上げてくる。

 少年が触れた手から優しい波動が伝わってきて、ボロボロだった竜の身体が癒えて失われた部分も再生していく。

 あちこちで獰猛な叫び声が聞こえる。

 虚無に蝕まれ、狂った魔物たちのものだ。

 まるで警笛のように。

 或いは、終幕フィナーレのいびつな交響曲のように。

 竜は思う。

 最期に彼が傍にいてくれるなら、それも悪くない。

 けれど。

 同時に死なせたくない、死にたくないとも願った。


「……一緒に生きたい」


 思いが通じているかのように、少年がそう口にした。

 同じ気持ちでいることがどんなに嬉しいか、どんなに幸せか。

 深く胸に噛み締めながらも。


『でも』

「地球人とリンケージになれば、その存在は大きな力を得ることができる」


 もう打つ手はないと考えていた竜に、少年は話し始める。


『それは……確かにそうだけど』


 リンケージとは、地球から召喚された人間と特別な繋がりを持った存在のことだ。彼の言う通り、リンケージとなれば自分も今まで以上に大きな力を、本来の竜神のものというべき力を揮うことも可能かも知れない。

 だが、今までそんな繋がりを結ぶことができなかった自分たちには……。

 竜の中に戸惑いと躊躇いが巡る。

 そんな逡巡を解かすように、少年の瞳に真摯な色が宿っていた。

 物事にはタイミングがあって、それが今なのかも知れないと彼は呟く。


「今なら、できるような気がするんだ」


 真っ直ぐに射るような眼差しが、言葉に真実味を伴わせる。

 だからお前にも信じて欲しいと、その瞳が語っていた。

 信じたい、信じる……みるみるうちに、竜の心持ちも変わっていく。

 それを視線で察したのか、ふっと少年の表情が和らいだ。


「俺とリンケージになろう、エルアレフ」


 少年が竜の鼻先に口付ける。

 直後、身体の奥から燃え上がるように熱が膨れ上がり、全身に今までにない力が漲ってくるのを感じた。

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