異世界彷徨・2

 蝕まれつつある世界の縁から引き返し、カディスが目測を付けたらしき地点に舞い降りていく。そこは中世ヨーロッパ風の家々が立ち並ぶ街の外れの林で、自分たちが空から降りてきたのを目立たないようにするための位置取りだと悠希は察した。


『腹が減ったろう。人間は定期的に食事を摂らなければ生きてはいけぬからな』


 そういえば、とカディスに言われて初めて空腹を自覚した。

 地球にいた頃はしたことのない体験に胸がいっぱいで、気付かなかったのだ。


『人として生きていくためにも、その社会に馴染まなければなるまい。ひとまずはここでセレストでの生き方を知るといい』


 カディスが翼を震わせると、悠希の掌に幾つかの綺麗な石が落ちてきた。

 キラキラと透き通るそれは、宝石の原石のようだ。


『これを人の通貨に変えるがよい』

「これを使っていいのか?」

『なに、昔手に入れてそのままだった代物だ。我に使い道はないからな』


 親切さに痛み入りつつ、悠希は有り難く使わせて貰うことにした。


 宝石を金に換える店を探し、街の大通りを歩く。

 道行く人たちは、中世のヨーロッパを思わせる街並みに相応な割とゆったりとした服を纏っていた。荷物を載せて使役する獣も馬だけでなくダチョウに似た鳥だったり馬くらいの大きさの恐竜のような生き物だったりで、いかにもファンタジーの世界といった感じだ。

 人といっても悠希のような何の変哲もない人間の姿をしている者だけでなく、耳が尖っていたり獣の耳や尻尾を持っている者もいる。


『やはり服装というものも気に掛けた方がよかったか』


 そう呟くカディスは今、オウムくらいの大きさになって悠希の肩に乗っていた。これであまり目立たなくなるだろうと思っていたようだったが、そこではなく悠希の服装が問題だった。

 学校帰りそのままのブレザー姿に革の学生鞄。

 そんな出で立ちをしている者なんて、他にいない。


『人の世に関しては疎いものでな……そこまで気が回らなかった』


 申し訳なさげなカディスに、悠希は肩で息を吐いた。


「こればっかりはどうしようもないだろ、気にするな」


 とはいえ食事だけでなく、この世界観に馴染む服も調達しなければならないか……と悠希が考えていると、丁度何かの商店らしき店先に座っていた、耳の尖った老婆と目が合った。


「お若いの、変わった格好だねぇ。中央の方から来たのかい?」


 カディスがしている、直接頭の中に話し掛けてくる会話方法以外でも、普通に言葉が通じる。

 人通りのある場所を歩き出した時から聞こえていた賑わいでなんとなく理解してはいたけれど、すんなりと意思疎通が出来そうなことは、驚き半分ほっとしたのも半分といったところだ。


「そんなところです。ただ、路銀が心許なくて……下取りをして貰える店を知りませんか?」


 悠希が話を合わせて尋ねると、老婆は「ああ、それならウチでもやってるよ」とシワを更に刻んで笑みを浮かべた。

 案内された店の奥にあるカウンターで、カディスが出した宝石を見て貰う。相場や通貨の価値などはわからないが、「これはなかなか見ないモノだねぇ」という老婆の反応からすると、結構いい値が付いたようだった。


「それと……これも見て貰えますか?」


 悠希は思い切って学生鞄や制服も下取りに出すことにした。

 この世界で生きていくなら必要ないし、もっと周囲に馴染むものに変えた方がいいと思ったのだ。


「そうさねぇ、変わったモン好きには高く売れるかも知れないから、オマケしてあげようかねぇ」


 目尻のシワを深めた老婆は、ブレザーの代わりに選んだ服に合わせて荷物袋を出してきてくれた。

 その袋に、何かの時に使えるかも知れないと取っておいたノート類や筆記用具、売れなかったスマホなどを詰めていく。

 老婆は傍らで大人しく待っているカディスを眺めてた。


「その鳥もいい鳥だねぇ、随分と綺麗な羽をしてる。どうだい、私に譲っちゃくれないかい?」

「いや、こいつは……。大事な相棒なので」


 流石にカディスを売る訳にはいかない。すると、老婆は「そうかい」とあっさり引き下がった。

 売れるものを売り、買うものは買った。

 老婆に別れを告げ商店を離れると、カディスが呟いた。


『相棒か……』

「何か、よくなかったか?」


 一方的に親しみを覚えていた悠希は、拙いことを言ってしまったかと懸念した。親切にして貰ったりはしているが、彼はこの世界でも幻獣とか神獣とか、そういった存在だろう。敬意を欠いたことをすれば怒りを買うかも知れない。

 けれどカディスの反応はそうしたものではなかった。


『いや……存外悪くないと思ってな』

「そうか」


 それならよかったと、悠希は安堵した。

 この世界での生き方も、カディスに対する接し方も、まだ手探りだ。

 手探りながらもなんとかやっていかなければ。

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