最終話 幸せに浸った目

「いつ話すの? 犯人の話。あの子はまだ母親が犯人だと思ってるでしょ」


 凱は走っていくミトの後ろ姿を目で追いながら静かに言った。


 瀬川優紀ーミトの妹ーを殺した犯人は、世間的には母親ということになっている。そのおかげでミトを神矢家で引き取る手続きはありえない程早く済んだ。そしてミト本人も母親が犯人だと思い、今も恨んでいる。


 しかし、それは作り上げられた事実だ。


 本当の犯人は五島楼戸(ろうど)。妹に喧嘩を仲裁されてキレた、碌でも無いチンピラの親分だ。その事実をいつかはミトに話さなければならない。


「時期は考えてある」

「そっか。まあオレもフォローするし。もう絶望なんてさせないようにしようね」


 波の音が響いて、だんだんと辺りが暗くなってくるのを感じた。音に紛れるくらいの声で、俺の口から言葉が飛び出す。


「あれ以上の絶望があってたまるか」


 これからミトの目をもっと変えるつもりだ。乾いた目は潤って景色を映し、多少の感情が宿るようになってきた。初めて彼を見たあの日と比べればすでに別人だ。でも途中で投げ出すつもりはない。俺はミトの目に輝きを見たいと思って、あいつを助けたのだから。



 明確な理由はわからない。ただ運命に突き動かされた様に、俺は瀬川満澄を救うことを求めていた。




ー数年後ー


「ミト。そっちはどうだ?」

『今到着しました。様子を確認しています』

「わかった。状況を」

『例の机にコーヒーが一杯、対象はいません』

「そのまま中を探せ」

『はい』


 ミトは高校を卒業し、俺の下についた。さまざまな依頼をこなして今や凱に並ぶ成績を収めている。そのステルス能力を見込んで、潜入での証拠集めを手伝ってもらっていた。

 ガサガサと部屋を漁る音が不自然に途切れた。インカムから3タップの音が届く。どうやら見つかってしまったらしい。


『見つけたぞぉ……。神矢成珠の弱点、悲劇のヒロインのミトく〜ん? 早く助けを呼んでぇ、人質として役に立とうねぇ〜』


 無線から気味の悪い声を拾う。吐息混じりの声は聞けたもんじゃなく、人をイラつかせる兵器かと思えるほどだった。

 五島だ。あれから悪事を働き続けた奴は、さらにどうしようもない人間へと落ちぶれている。妹の死から立ち直り、成長し続けるミトとは大違いだった。


 パシッ……


『……は?』


 低い声。手を叩き落とすような音と五島の不機嫌な声が聞こえる。


『お姫様じゃあるまいし。悲劇のヒロインで終わる気はありません。そもそも僕は男子です』


 冷静につらつらと答えているようだが、その声には怒りが含まれていた。当然だ。ずっと恨んできた仇が目の前に現れたのだから。

 五島が妹を刺し殺したと告げた夜から、この機会が訪れればとミトが心で願っていることは知っていた。


 ついに、ご対面だ。


『はぁ〜? 何言っちゃってんの? テメェみたいな芋けんぴが俺様に勝てるワケーー』


 ドゴッ!!!


『あ』


 大きな音の後に、人が倒れる鈍い音がした。状況はわからないので報告を待つ。全く心配はしていない。


『すみません。やりすぎました』

「問題ない。証拠を持っているなら引き上げてこい」

『わかりました』


 静かにそれだけ答えて、ミトが走る音が聞こえる。途切れないか、不意に止まらないかを気にしながら無線に耳を傾けた。

 少しだけ上がった息遣いはずいぶん聞き慣れたものとなっている。


『あの』


「どうした?」

『いえ。もっと痛みを与えられる攻撃を教えて欲しくて』

「お前……」

『あはは、もっと痛ぶりたいか〜。まあ、当然だよねぇ』


 無線の先から凱の声が加わった。ミトの音声がブレたので凱に抱え上げられたのだろう。


「ああ、凱。間に合ったか」

『うん。満澄くん回収したし戻るよ。あとはよろしく』

「わかった」

『あはは、見せてあげたいこの目。ギラッギラだよ〜』

「ちょっと、凱くん、もっと丁寧に運んでください!」

『はいはい、仰せのままに〜』



 今日ミトが持ち帰る証拠で五島に王手がかけられる。些細な癇癪で少女の命を奪った報いを奴が受ける時が来た。


 あと一回、ミトには接触の機会を与えてやろう。殴り足りないとは思うが、妹は二度と帰ってこないのだから、手を加えられる方が多少すっきりはするはずだ。


 無線から聞こえる二人分の声を聞きながら、俺は静かに笑みをこぼしていた。




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その目を幸せに浸す 芦屋 瞭銘 @o_xox9112

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