第25話 心を開かない理由
どん底に落ちた瀬川は、さらなる不幸を恐れている。そのさらなる不幸とは、ここまで助けた俺たちに見捨てられることだろう。
そんな気はないし、その発想もなかった。でもこいつは自分の価値を知らないから、無価値の自分はいつ捨てられてもおかしくないと怯えていた。だから些細なことで謝って、傷つくことを恐れるあまり心を開くことができない。それをようやく、今俺に吐き出した。
その事実が可愛くて、震えながら口を覆った。ようやく歩み寄られた気がして嬉しかったのだ。こいつを目の前にするとどうも調子が狂う。
「っふ、……!」
「もしかして笑っていますか? し、真剣なんですけどこっちは」
ムッとしたような声で瀬川はこちらを睨みつけた。ここ数日だが、少しずつ表情が出てくるようになったと思う。その些細な変化がなんとも面白かった。
「ふ、あはは、わ、悪い……。捨てないし、まだまだこんなもんじゃない」
「え?」
「もっと幸せに溺れさせてやる。簡単に俺たちから逃げられると思うなよ」
そう言うと、瀬川は背筋を伸ばして顔を青くした。それでいい。怯えるほどの幸せに包まれてしまえ。そして早く、全ての傷を癒せ。
そうすれば望み通り、貸し借りなしの関係にしてやろう。
「おーい!」
声に振り向けば、凱が走ってくるところだった。
「ミトー! こっちオイデー!!」
「ジョンに呼ばれてるよ、満澄くん」
「え、あの、呼び名……!」
瀬川の反応を見てようやく気がついた。凱が瀬川の呼び方を変えている。
「ふふ、ジョンさんの真似。オレたちももっと親睦深めたいじゃん? 神矢くんも呼び方変えなよ。とびっきり身内っぽくさ」
「そうだな……」
瀬川の顔を覗くと、彼は少しだけ目を揺らしていた。その目には光はまだ足りないけれど、ちゃんと俺が映っている。先ほどまでの恐怖は消えていた。
「ミト」
「!」
「これでいいか?」
そっと頭に手を伸ばすと、彼は大きく目を見開いてほんの少しだけ嬉しそうに笑った。撫でてやれば心を開いたばかりの子犬のように控えめに頭を押し付けてくる。どうやらそれでいいらしい。
「あ、笑った。レアだね」
「ああ。さっきまでは怒っていたがな」
「え、……マジで? もっとレアじゃん」
「あ、す、すみません」
「お前の感情に謝罪はいらないだろう」
「どうせ神矢くんがまたデリカシー無いこと言ったんでしょ」
「おい。またってなんだ」
「ミトー?」
「ほら、ジョンさんのとこ行ってきな」
「はい!」
ミトがジョンの元に走っていく。先ほどまでミトが座っていた位置に今度は凱が腰掛けた。先ほどまでの表情とは打って変わって、凱は真剣な顔をしていた。
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