第23話 問い
満身創痍のくせに自分を大事にできない瀬川に、かけてやる上手い言葉が見つからない。瀬川が眠っている間に親父がもぎ取ってきた書類を羅列し、最後にあの本を渡すことしかしてやれなかった。
”君が辛い人生を約束されたなら、その人生を選ぶか投げ出すか。お前はどうする?”
小さい頃、親父に問われたことだった。幼いオレは、その意味を十分に理解しないまま、でもなんだかモヤモヤとした気持ちを抱えて過ごしてきた。ようやくその意味がわかった気がしたのはほんの数年前だったと思う。
「神矢くんが言ってた、瀬川くんの目……オレにも分かった気がする」
「?」
「なんかさ、同じ人間じゃないみたいだ〜って思ったんだよね。さっきちゃんと目を覗き込んだ時にさ。光も輝きもなくて、オレを映してくれてない感じ? ……合ってる?」
「ああ、だいたいそうだな」
「何その曖昧な返答……性格診断?」
それから数日が経ち、退院した瀬川は神矢家に来た。縮こまったまま、親父の言ったことに「はい」と答えるだけ。コンビニにいたときと同じ。抜け殻のように、新しい生活のスタートを切った。
ーーーーー
「どうした、食欲が出ないのか?」
「ああ、いえ……すみません」
「別に無理して食べることもないが、あまりにも食が細い。少しずつでも増やしていけよ」
瀬川はうちに来てからも謝ってばかりだった。食事は量を摂れず、母親に殴られてきた傷がなかなか治らない。見かねて声をかけるが言葉が響いている感じがしなかった。俺にしては構ってやっていると思うが、心を一切開かない。
「おっはよ〜二人共! ってあれ? お取り込み中?」
「いや、そうじゃないが。やけに早いな、凱」
「当然でしょ! 二人も早く準備しようね」
「えっと、準備……?」
「嘘でしょ神矢くん……まさか今日のこと言ってなかったの?」
凱から冷めた目を向けられてそういえば、と思う。今日の予定を瀬川に伝え忘れていた。
「……悪い」
「マジかよ。瀬川くん、今日オレたちはね、三人で海に行くんだよ」
「海……? この季節にですか?」
「そ。オレらの知り合いがお店やっててさ。景色もいいし最高なんだ! 瀬川くんも元気そうだし今日くらいはしゃいじゃおうよ」
「は、はい……」
「そうと決まれば準備ね、ほら早く」
凱に急かされるがまま俺たちは支度をして、すぐに移動を始める。バスに乗ってたどり着いた海には、冷たい風が吹いていた。
「涼しいねぇ、あ、おーい!」
海の近くに建てられた建物に凱が走っていく。ここにくるのはだいぶ久しぶりだった。もちろん、建物の主と会うのもかなりぶりだ。
「久しぶり!元気だった?」
「元気元気! わあ、セイジュも久しぶりだネ」
「ああ、相変わらずだな」
建物からブロンドヘアーの青年が顔をだす。彼は嬉しそうな笑顔でこちらに走ってきた。
「瀬川くん。この人が知り合いのジョンさん」
「は、初めまして、瀬川満澄です」
「こんにちはミト、ジョンだよーよろしくネ!」
簡単な挨拶を交わして、だいぶ遅めの昼食を摂り、俺は砂浜に立った。凱はジョンと何やら話をしている。瀬川は先に砂浜に出ているようだ。
ぼうっと海を眺める瀬川の隣に腰掛ける。俺が来たのには気がついたようで、瀬川はそのまま小さな口を開いた。
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