第22話 助けたのが誰か

「お金はないよ。さっきのは見栄を張ったんだ。ごめんね」

「嘘を言っても無駄。お母さんぜーんぶわかるんだから」

「嘘じゃない。本当なんだ」


「口ごたえしないでっ!!!!」


 地下駐車場に響く声。母親が瀬川にナイフを向ける。


 瀬川はぎょっと目を見開きながら一歩下がる。しかしその距離はすぐに詰められてしまった。


「…………」


 瀬川はただ何かを考えているようだった。目は相変わらず死んでいる。たった一つの大切なものを失って、母親に殺されかけて、全部を手放してしまいたくなっているのかもしれない。それを改めて自覚したことで、命を捨てる覚悟をしているのだろうか。



 シュッ!!!



 瞬間、瀬川が尻餅をついて母親が振ったナイフを避けた。ナイフが空を切る。

 反射的に避けたのは何故だろう。タイミングよくバランスが崩れたか、もしくはーー。


「っ!」


「金をだせぇぇぇぇえええええ!!!!!!」


 そのまま母親は刃先を瀬川に向ける。瀬川は顔すら上げずにただ真っ白な顔で下を向いていた。


 無表情。死の覚悟や、後悔や、屈辱も、何も無い。




 諦めようとしている。全てを。




「冗談じゃねぇっ!!!」



 十分頑張っていたじゃないか。なんでそんなに簡単に諦められる? 身体と精神をボロボロになるまで擦り切れさせて、多くを失ったお前に何か幸せなことはあったのか。


 今度はその苦労の成果をお前が受け取る番だ。




 その目に、輝きを取り戻せ




「ゔぐっ!!」


 気がつけば母親を気絶させていた。ナイフがコンクリートに落ちて音が反響する。瀬川の方は凱が眠らせてくれたようで、ぐったりとその身を預けていた。親父もその傍にしゃがみ込む。


「これは……!」

「神矢さん、瀬川くんやばいかも……呼吸がっ」

「ああ。すぐに病院へ行こう。その人も、きっと病院を抜け出しているだろう。早く運ばなければ」



 珍しく、親父が静かに怒るところを見た。親父にも事の重大さがわかったらしい。

 何より子供が可哀想な目に逢うのを嫌う人だ。病院に着くなり、やるべきことがあると物凄い形相で言い放って俺たちを残していく。


「ひぇ〜、神矢さんめっちゃ怒ってんね。……こっわ」

「みたいだな」


 俺たちは瀬川の目が覚めるまで待機となった。医師から聞かされたあいつの状態はそれは酷いもので、どのような生活を送っていたのかと皆顔を曇らせていた。


 瀬川は行政の振るいをすり抜けて誰からも助けてもらえなかっただけの、ただの子供だ。他の人間と比べても、苦痛に耐えうる特別な人間では無い。その術を誰かから教えられたわけでも無い。身体を酷使すれば当然ボロボロになるだろう。そうして無理に耐え続けた結果、頼り方もわからないままになってしまっている。



「まあ、大丈夫じゃん?」

「何がだ?」

「だって助けたのが神矢くんとオレでしょ? これからオレらでちゃーんと助けてあげればいいよ」


 目が覚めるなり妹の葬儀の返済を気にし、俺たちが傍にいたのは返済のための監視だろうと宣った瀬川は、誰かが自分のために傍についていたとは思えないようだった。凱の言う通り、心が重症だった。

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