第21話 母親

「バイト……蓄え……」

「それはダメっ……!」


 珍しく何も考えすに言葉にしたようだった。何がダメなのかすぐに察する。妹が死んだ事実を瀬川はまだ消化できていないのだ。妹の進学のための資金を確保しようと口が勝手に動いたのだろう。


「あ……」

「瀬川さん?」

「あ、……すみません。やっぱりお金、あります。すぐに下ろしてから支払いに来ます」

「別にすぐじゃなくても……」

「いえ。ちゃんとあるので。すぐに」


 自分でも気がついたようで、瀬川はすぐに我に帰った。妹の為に貯めた学費を充てられると理解し、青ざめた顔で後ずさっている。動揺している瀬川に周りの大人達もなんと言葉をかけたら良いか考えあぐねているようだった。


「満澄!」

「おかあ……さん」


 その沈黙を破ったのは、入り口に立っている女性だった。瀬川にお母さんと呼ばれたのだから母親で間違い無いのだろう。これまで散々背側に虐待行為を働いた母親。確か意識不明で入院中だったはずだ。



「えっ……どうしてここに」


 養護教諭が声を震わせた。信じられないものを見るみたいに。明らかに様子がおかしい。何か事情があるのだろうか?


「帰りましょう。息子が失礼しました」


 瀬川の母親は彼の肩に手を置いた。瀬川は一瞬体を震わせたが、平然とした顔でその場に立っている。


「ちょっと待ってください! 昼間に学校で暴れて、息子さんをナイフで切ったんですよ! そう簡単に渡すわけ……――」

「先生。僕帰ります。……母と」

「瀬川くん!!」


 ようやく養護教諭の様子がおかしい理由を知る。この母親、学校に乗り込んだようだ。瀬川の首の怪我も母親に負わされたのだろう。どうしてここがわかったのだろうか?


「ここに連れて来てくれてありがとうございました」


 何かを諦めたような顔で瀬川は頭を下げる。母親が訪れた瞬間、さらに目から生気が失われている。

 母親はそのまま瀬川を連れて地下駐車場に向かっていった。エントランスはしんと静まり返っている。


「何かおかしいですよ!」

「わかっています。我々で追いかけますから先生は待機していてください」

「か、神矢さん……!?」


 親父と目があう。俺と凱は地下駐車場に向かうことにした。凱が養護教諭に向かってウインクをする。


「センセー、とりあえずオレらに任せて! こういうのは適任ってあるからさ」

「ちょっと、子供が何言ってるの!?」



 駐車場の入り口まで来ると、二人の声が聞こえた。

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