第14話 離れていく手
「あのねぇ、瀬川くん。俺たちが目の前で母親に殺されかけたボロボロの後輩を見捨てる薄情者に見えるの?」
「……まさか、ついててくれたんですか? なんの見返りもないのに」
「当たり前じゃん……ちょっと神矢くん、この子やっぱり重症だ。心が特に」
「ああ。そのようだな」
凱が席を立って、代わりに神矢が僕の目の前に腰掛けた。やはり近くで見ると迫力がすごい。でもなんだかすごくかっこよかった。こんなに強そうな人が優しく傍で笑ってくれるなら、この最悪な人生がなんとかなって僕は救われたのかもしれないなんて、そう思ってしまうくらいに。
「お前は今日から神矢の家で引き取る。手続きはさっき全て完了した」
「え、やけに早いね」
「親父が本気だったんでな」
言われている言葉をゆっくりと解釈していく。今日から、神矢の家で、引き取る。
え? ひ、引き取る……!?!
「もしかして驚いてる?」
「はい、かなり」
「表情出にくいねぇ〜」
また笑われてしまった。その間神矢は全くこちらの頭に入れる気がないスピードで書類を重ねていく。不思議と嫌な気はしない。むしろ詰まっていた息が、ゆっくりと吐き出されたような気がした。
「え、えっと、あの……」
「どうした?」
「その、どうしてここまで助けてくれるんですか? 費用もだいぶ抑えてもらったし、こんな、僕のこの先のことまで」
「……お前が身を削って頑張った努力が報われた。それだけだ」
「え……?」
頭に優しく手を置かれた。こうして誰かに撫でてもらったのはどれくらいぶりだろうか。父に、母に、最後にそうしてもらったのはいつだっただろう? 離れていく手の感覚を惜しみながら顔を上げる。真面目な目と視線が交わった。
「君が辛い人生を約束されたなら、その人生を選ぶか投げ出すか。お前はどうする?」
一冊の本を手元に置かれた。そのまま何も言わずに彼は立ち上がる。
「また来る。とりあえずはその体を治せ」
ぶっきらぼうに言い放たれて、僕は病室に残されてしまった。「哲学の話?」と問いかけながら凱もその場を後にする。入れ替わるように心配を顔に貼り付けた看護師が病室へ駆け込んできた。看護師の慌て様を見ると、彼らの言う通り僕はかなり重症みたいだった。
大人が騒ぐ中、僕は呆然と考える。どうして助かってここにいるのか。まだ何もわからなかったから。
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