第11話 理解ができない

「おかあ……さん」

「えっ……どうしてここに」


 母が立っている。昼間見た時よりずいぶん服装は整っていて、歩き方も普通だった。教室での異常な姿は幻覚だったようにも思える。


 母は僕の肩に手を触れた。その瞬間、すさまじい悪寒が走る。


「帰りましょう。息子が失礼しました」


 先生が焦ったように顔をこわばらせている。


「ちょっと待ってください! 昼間に学校で暴れて、息子さんをナイフで切ったんですよ! そう簡単に渡すわけ……――」

「先生。僕帰ります。……母と」

「瀬川くん!!」

「ここに連れて来てくれてありがとうございました」


 さすがに本人が母親についていくと言えば、何も言えないようだった。母に連れられて、地下駐車場に向かう。

 僕は母についていくと言った。自分の意思と反していたが、そう言うしかなかったんだ。


「…………」

「勝手にいなくなって……ダメじゃない」


 背中に突き付けられたナイフの犠牲者を増やすわけにはいかなかったから。


「ねえ、満澄。さっきお金あるって言ってたよね。なんで? お母さん知らないよ」

「…………」

「早くちょうだいよ。どうして隠すの?」


 言うわけないだろう。優紀のための金だったのだから。母に知られれば一晩で消えるとわかっていたのだから。二人分の息遣いが閉鎖された空間にこだまする。声が震えないように拳を握った。


「お金はないよ。さっきのは見栄を張ったんだ。ごめんね」

「嘘を言っても無駄。お母さんぜーんぶわかるんだから」

「嘘じゃない。本当なんだ」


 キッと刃先が向けられる。僕は咄嗟に一歩引いた。ぎょろりとした目がこちらを向いたまま、じわじわと距離を詰められる。躊躇いなんてなさそうだ。我が子を刺すのにはもう慣れてしまったのだろうか?


 ああ、後一日。せめて返済が終わるまでは生きていないといけないのに。どうして明日刺してくれないんだろう。どうしてあの日、優紀じゃなくて僕を刺してくれなかったんだろう。僕はとっくに覚悟なんて出来ているのに。どうして他人の迷惑になる場所でこんなことをするんだろう。


 死を前に素朴な疑問が飛び交う。頭がふらふらしてきた。ああ疲れた。もう何も考えたくなんかない。優紀のところに行きたい。



「口ごたえしないでっ!!!!」



 優紀がいなくなってから生きている理由が一つも浮かばなかった。

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