第7話 非日常、日常、非日常
「11月16日、午前6時49分。死亡を確認しました。」
「…………」
とても早いようで、永遠のようだったとも思う。最後に手を握ってからそう経たないうちに、優紀はこの世を去ってしまった。涙より、呼吸が詰まる方が気になった。なぜ、こんなことが起きてしまったのか。状況はわからない。本当ならば今頃、優紀に進学が問題なくできるかもしれないことを話すつもりだったのに。なのに優紀は、あんなに血を流して……。
「血……?」
優紀の最後の姿を思い出す。体から、血を流していた。なぜ? 警察や病院の人から説明を受けたことで、上手く消化できたのは3つ。優紀が刺されたこと。刺した人間はまだわかっていないこと。家には母も倒れていて、まだ意識が戻っていないこと。
優紀が死んだことで、手続きや決めなければならないことが多いから、親戚に連絡を入れるよう言われたが、今の家庭の状況を考えるとそんな当てはない。親戚の人のことは誰も知らなかった。
僕は呆然としながら、一度病院の外に出る。季節外れの熱いような寒いような気温がやけに気持ち悪かった。
ーーーーー
「瀬川。よかった。今日から登校できるんだな」
一週間が経ち、ようやくいろいろなことが終わった。本当に多くのやることがあったけれど、やけにスムーズだったようにも思う。僕は今日から学校へ行くことができるようになった。母が意識がない今、もうここに来る必要もないけれど、なんとなく見慣れた顔のほうが安心できるかもしれないというこの選択は正しかったらしい。担任の顔を見た瞬間、また一つ荷が下りた気がした。いつかは行かなければならないし、今日にしてよかった。
教室へ行き、自分の席に座る。なんだか今日は生徒が多い気がする。不良は基本午後から登校するか、教室にすら顔を出さないのに。
カバンを置いて席に座った瞬間、僕の上から大きな影が差した。見上げると、目つきの悪い生徒が手を振り上げている。心当たりはない。目を瞑る暇もなく、それは振り下ろされた。
トスッ……。
静かな音を立てて机に牛乳パックが置かれる。
「えっ」
「妹さん亡くなったんだろ?」
「これ飲んで元気出せよ」
次々と生徒がやってきて、机にお菓子やジュースやパンが置かれていく。それを僕はただ見ていた。あっという間に机は貰い物で埋め尽くされる。
「あ、ありがとう……その、僕何も……」
「…………」
「気にすんなよ」
「そーそー。辛いんだからさ」
思いもよらない言動に僕は驚きながらも、嬉しいという感情で満たされていた。
名前も知らないクラスメイトたちだが、優しい人たちだったのかと少し見直した。普段は問題行動しかしていない不良ではあるが。
そのままホームルームが始まり、授業が始まっていく。いつもより多く教室に人がいることに担任は驚きながらも、いつもの風景が流れていった。そう、いつもの風景だ。やっと日常が戻ってきた気がした。ここのところ葬儀や手続きで身も心も疲れ切っていた気がする。
コツ…コツ……
授業が終わり、休み時間の合間に、不規則な音が聞こえる。足音か……? 聞きなれたもののような、初めて聞くもののような、不思議な音だ。それがだんだん耳につくようになっていき、心がざわついた。教室を見渡しても誰も反応はしていないように見える。
コツコツ…コツ……コツ…コツ…
「?」
音がだんだん大きくなる。こみ上げる不安感は一瞬後に見えたものによって絶望へと姿を変えた。……目が合っている。
窶れた顔に張り付いた髪。似合わない高いヒール。服も着崩れていて、まともとは言えない。それは何度も見た、今は意識がないはずの母の姿だった。
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