第5話 噴火

「運が悪かったね」

「あ、ありがとうございます」


 よくわからずに彼の手を見つめていると、強引に手を握られた。


「まあ、気ぃ付けなよ。君逆に目立つから。オレは三年の松尾田凱(まつおだ がい)。青着けてるワケはさっきの通りね」

「は、はあ……」

「そんで、今日は君に用があってさ」


 そう言って彼は一枚の小さな紙を差し出す。それはくしゃくしゃに丸められていて、彼は断りを入れてそれを開いた。


「この子、知ってるよね」

「……!」

「会わせたい人がいるんだ。悪い話じゃない。この子とその人との橋渡しをしてほしい。バイトするくらいだから、お金欲しいんだろ?」


 その瞬間、僕は頭にカッと血が上るのを感じた。開かれた紙は写真で、そこに写っていたのは妹の優紀だったからだ。優紀に何をさせるつもりなのか。優紀に、……大切な優紀に何か悪いことが起きるのではないかと不安で溢れかえった。咄嗟に首を横に振る。


「知らない」

「嘘。一緒にいるとこ何度も見られてるんだよ?」


 彼が追加で差し出したもう一枚の写真には、僕と優紀が写っていた。手と息が震える。先ほどのガラの悪い二年生が、この人の名前を聞くだけでいなくなったのだ。この人物に優紀の情報を渡してはいけない。絶対に。……でも、写真を撮られている。


「…………」

「おとなしく従ってくれれば誰も傷つかないよ」


 優しい声が降ってくる。この声色が僕はどうも信用ならなかった。みんな優しいふりをして嘘をつく。みんな、みんなそうだった。また腹のあたりが熱くなって、視界が揺れる。目の奥が痛むのを感じた。きっと僕も、壊れかけている。でも怒らないと。ここで歯向かわないと、優紀を守ることができない。


「…………よ」

「え?」



「優紀に何するつもりだって言ってんだよ!!!!」



 気が付けば彼に掴みかかっていて、どこからそんな力と声が出たのかと冷静に突っ込む自分もいた。彼は目を丸くして、僕の手の上からそっと手を重ねている。


「ちょ、誤解だってば。ごめん、オレの話す順番ミス」


 「……ね?」と落ち着いた口調にさらに冷静にさせられ、僕は慌てて謝り彼の胸倉をつかむ手を引っ込めた。


「すみません、でした」

「……こっちこそ。この話題で、そんなに君が怒るなんて思ってなかったんだよ。この話はね、この子の為にしているんだ」


 首をかしげる僕に、彼はこれまた優しい笑顔を向けてきた。先ほどの行いがさらに恥ずかしくなる。自分と彼との距離が近くなっていることを自覚した。


「君との関係は深く聞かないけど、その子、行きたい学校があるって。」

「どこですか!?」

「宣賀女子」


 それを聞いて僕はほっと肩を撫でおろした。宣賀女子高等学校は優紀と話し合って進学を決めた学校だった。もし彼の口からそれ以外の学校の名が出たら、貯めている入学資金で足りるか計算しなおさなければならなかったから。


「それでこれから会わせたい人が、その援助をすると言っている」

「え、なんで」



「優紀ちゃんが人助けしたからだ」

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