第4話 青色の三年生

「お前、駅前のコンビニで働いてるだろ? 給料、俺たちに渡せよ」

「え?」

「金持ってんだろって。早く出せよ」


 不良校であるのは承知で入った学校だったが、本当にこのようなやり取りがあろうとは。僕は目を丸くして三人を見る。その態度が気に入らなかったのか、一人が机を蹴った。


「おい。ナメた目してんじゃねぇよ!!」

「…………」


 静まり返る教室にはほとんど生徒はいなかった。もともとしっかりと出席している生徒も少ないが。数名分の視線は感じるけれど、それだけだった。


「何か言えよ!!!」


 顔を近づけられた瞬間、漏れそうになったため息を何とか飲み込んだ。人が怒り狂った時の顔はどうも同じらしい。この顔は、何度も見覚えがあった。


「……出せません」

「あ?」

「お金はないので、出せません」


 真ん中にいた男子生徒が真っ直ぐに見つめている僕に拳を振りかぶる。ほら。やっぱりな。すぐ怒って怒鳴る奴は壊れているんだ。その狭い視野を、怒りの原因がすぐに占めてしまう。


 視界がぶれた後に衝撃が来る。殴られたとわかっても意外と冷静だった。家の外で、母親以外の相手にってのは想像してなかったけど。


「ほら、早く出さねぇと、死んじまうぞ?」

「誰も助けになんて来ないからなぁ?」



 それは知ってる。

 信じられるのは自分のみ。それはこれまでの人生で、十分に理解したこの世の摂理だ。みんな口ばかり。中途半端。だから無関心でいてくれるほうがよかった。当然だ。自分の人生を生きるので精一杯なんだから。お金と心と時間に余裕があるやつにしか他人の面倒は見られない。高校に入ってからは誰とも交友関係を築かなくても過ごせる状況にむしろ感謝している。これは不良校に入ってよかったことかもしれない。


「おい。そのぐらいにしておけよ」

「あ?」

「そいつ、たぶん喧嘩とか、そういうタイプじゃないし。金ねぇって言ってるじゃん」

 そう考えていると、また違う声が加わった。止めに入ってくれたようだ。顔に見覚えはない。

「一年は口出すなよ」

「……俺三年だけど?」

「はあ? 青じゃねぇかよお前」


 二年の生徒が言う通り、止めに入ってきた男子生徒は僕と同じで青いスリッパを履いていた。青色のスリッパを履いているのは今年入学した一年生のみ。しかし、同じ一年として入学していたとして、彼のことは一度も見たことなかった。


「転校してきたから、卒業した従兄弟の借りてんの。春に卒業した松尾田って知らない?」

「松尾田……?」


 疑問符を飛ばしていた僕の耳に、すぐにヒントがやってきた。学年に割り当てられる色は使いまわしなので、この春に卒業した学年が青を使用していたはずだ。だからこの生徒の言う通り、本当に彼は三年生なのだろう。


「そ。松尾田豪。あれ? 知られてない? 学校では静かにしてたのかな……」

「おい、こいつあの松尾田先輩の……」

「ちっ……行くぞ!」


 足音が遠ざかり、ようやくブレが収まった僕の視界に、手が差し出された。

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