第2話 限界

「っ……!」

「にいちゃん!!」

「大丈夫。優紀は、部屋行ってて」

「でも……」

「早く!!! っあ!!!」


 母は何かに憑りつかれたように暴力をふるった。妹は何とか守れていたものの、常に限界スレスレの張り詰めた空気が家に充満している。母は仕事もできなくなり、家の収入はほぼなくなった。父親が死んだことで入ってくるはずのお金も、母の手によってその日のうちに消える。消えたら子供を殴る。その繰り返しだった。


 年齢を偽ってバイトして、母親に押し付けられた世間体のために高校も受験した。学費も必要経費も少なく、家から近い今の高校に。不良高校として有名だったが、背に腹は代えられない。高校に通わなければ母親に殺される可能性もあったから。


「高校には必ず行きなさい! 私が悪く言われたらどうするつもりなの!!」


 母は精神を病んでいる。スイッチが入るともう手が付けられない。刃物でも何でも容赦なく使ってくる。こうして働いている間は自分の身の安全から安心していたが、妹のことを思うと気が気でなかった。何かあったら連絡をよこすように言っているが、状況によっては最悪間に合わないこともある。そうなった時のために、妹には手がつけられなくなった母への対処法をいくつも教えていた。


「瀬川くん」

「あ……青野さん」

「時間だよ。交代。引継ぎはあります?」

「ノートに書いてあること以外はないです」

「わかりました。お疲れ様」

「はい。お疲れ様でした」


 気が付けば午前6時になっていた。これから家に戻り、身支度を済ませて登校だ。母親が眠っているうちに風呂や食事を済ませなければならない。


 バイト代で家賃と光熱費は何とかなっていた。今日は給料日。必要経費は死守しないと、母親に取られてしまう。


 ガチャ……


「おかえり、にいちゃん」

「優紀。ただいま。早起きだな」

「なんか……眠れんかった」

「そう。母さんは?」

「さっき寝たかも。音聞こえなくなった」

「じゃあ準備して出るか。シャワーだけ浴びてくる」


 家族なのに、こんなにこそこそして生きなければいけない。食事も睡眠も入浴も、常に怯えながらだった。いつ怒鳴られて、殴られるかわからない。


「……ねえ、にいちゃん」

「うん?」

「いつまで、こうしてんの?」

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