第8話 白銀騎士—シルバーナイト

 シロガネは左ルートを進んでいた。

 しばらく歩くと、最初に感じた威圧にも慣れる。

 そのおかげで歩幅が大きくなると、テキパキとした動作で、突き当たりを目指した。


「なにか、ある?」


 ここまででモンスターの影はない。

 比較的と言うか、完全に安全が確保される中、シロガネは不自然な空間を見つけた。


「ここは……」


 細くはない道の先、そこは空洞になっている。

 広々としていて、声が大きくなり反響する。


「空洞に出た? この先にはなにもない?」


 暗くてよく見えないが、奥には何もなさそう。

 これ以上先がないと分かれば、引き返すのが吉。

 それが当たり前だが、この空間には何かある。


「あれは……箱? 宝箱?」


 シロガネが視線を向ける。

 凝視した先には、金ピカに光る箱があった。

 ファンタジーゲームお馴染みの、箱型アイテム、宝箱だった。


 現れたのは開けた丸い空間。

 目の前には宝箱。明らかに罠のニオイがする。

 しかしシロガネは無警戒で、とりあえず一歩目を踏み出す。


「ん!?」


 その瞬間、髪の毛が逆立つ。

 危険を感じ取り、少し距離を取ると、シロガネは【気配察知】のスキルを獲得した。


「今のは……」


 しかしシロガネはそんなことで喜ばない。

 むしろ喜べない空気が広がると、シロガネは宝箱を睨む。


「なにか、いる?」


 シロガネがポツリと呟いた。

 しかし何も起きない……事もなく、一本距離を詰めると、急に空気がピリリとし、唐辛子のような刺激が伝わる。


「これは、なに?」


 シロガネが答えると、天井から透明な飛沫が降る。

 ポタリと音を立てると、雫が垂れた。

 そのせいか、シロガネは近付いてもいないのに、宝箱の前に影ができる。


「なにか来る? 一体なにが……行きたくないけど、行くしかない?」


 シロガネは恐る恐る一歩踏み出す。

 すると……何も起きない。


「あれ、なにも起きない?」


 シロガネは首を捻るも、少しだけ安心する。

 引き締めていた気持ちを解くと、宝箱に近付こうとする。

 その瞬間だった——


「侵入者」


 突然声が聞こえると、シロガネは全身に鳥肌が立つ。

 全身が硬直し、身動きが取れなくなる。

 指の先が震えると、ポタポタ滲む汗が垂れた。


「変な感じ。大会でもこんなの無かった」


 シロガネ自身、こんなこと珍しかった。いや、今まで一度もなかった。

 ……訳ではなく、本当に久々なのだ。


「崖から落ちかけた時以来かも」


 シロガネは嫌な思い出を呼び起される。

 しかし今更逃げる訳にもいかない。

 むしろ逃げ道を封じられ、シロガネは前に出るしかなかった。


「行く」


 私は一歩前に出ると、影が蠢いた。

 はっきりと動く姿に、生きていると確信する。

 しかし暗闇のせいか姿は見えず、シロガネは目を凝らす。


「なにがいる……はっ!」


 シロガネが慎重ににじり寄ると、ギラリと光るものが見えた。

 シロガネの顔スレスレを横切ると、それが煌びやかに光る剣だと分かる。


「剣?」


 右肩が切られる。恐怖心が直感に変わり、シロガネの体が意識よりも先に反応した。

 腰に下げた鞘から剣を抜くと、振り下ろされた剣に当てる。

 スルリと受け流すと、剣の軌道から絶妙に外れた。


「外したか」

「外した?」


 低い男性の声がした。

 しかし他にプレイヤーやNPCがいる気配は無い。

 怪しんだシロガネが剣に反射した光を頼りに周囲を見回すと、暗闇の中で異様に蠢く影が、その形を現した。


「……誰?」


 明らかに人の形をしている。

 しかもただの人型ではなく、分厚い鎧を身に纏い、顔さえヘルムで覆い、表情が一切見えない。


 おまけに頭上にレベルが表示されていない。

 緑色のHPバーが手掛かりになると、名前までしっかりと記載されている。


「シルバーナイト?」


 非常に弱そうな名前だった。

 何処にもある様な安直な名前で、シロガネは拍子抜けする。


 ただしそれができるのもこの時までだ。

 すぐにシルバーナイトは剣を振り上げ、シロガネを威圧した。


「うっぷ」


 吐き気を催すような気迫に、シロガネの体が拒絶反応を起こす。

 口から唾を吐き出すと、胸を押さえてしまう。

 明らかにヤバいニオイが立ち込める中、シルバーナイトは問答無用、会話も無しに畳み掛ける。


 ブン!


 剣を棒のように振り下ろした。

 下げたシロガネの頭を狙い振り下ろした剣は勢いを付ける。

 当たれば間違いなく即死判定。シロガネの体が直感的に判断すると、あり得ない動きで攻撃を回避した。


「危ない」


 体を捩じり、剣の軌道から無理やり外れる。

 その状態で今度はステップを踏み、バク転をしてみせると、シルバーナイトから圧倒的に距離を取る。


「距離が無いと、やられる」


 シロガネは滲んだ汗が蟀谷を伝った。

 まだまだ体力的には余裕な筈で、汗もほとんど掻くことが無い。

 にもかかわらず、シルバーナイトの攻撃は殺意を抱いており、シロガネの体を否応なく突き刺した。


「逃げるなら、今の内だ」

「逃げない」


 シルバーナイトは語りかけて来た。

 如何やら逃げる時間をくれるらしいが、シロガネはそれをしない。

 いや、そんな危険な真似、できる筈なかった。


(逃げれば切られる)


 シルバーナイトの全身から、殺意が瘴気となって溢れ出ていた。

 もはや騎士と言うのはただの飾りで、傍若無人な振る舞いに近い。

 逃げ出せば切られることを空気で理解すると、シロガネはようやく慣れ始めた目で、シルバーナイトを睨み付けた。

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