第12話 消えた男 2

ロンドンから出発した列車が、ロンドン郊外の小さな駅に到着した。シャーロック・ホームズとジョン・ワトソンは、厚いコートに身を包んでホームに降り立つ。冷たい風が彼らの頬に吹きつけ、雪が舞う中で白く覆われた景色が広がっていた。冬の寒さは厳しく、空気は刺すように冷たい。


「さあ、ワトソン。ここが我々の次なる舞台だ。」

ホームズは低い声で言いながら、遠くに広がる村の風景を見つめた。彼の眼にはいつもの鋭い光が宿り、この寒ささえも関係なく、すでに頭の中では事件の構築が始まっているようだった。


ワトソンは、ホームズが持つ独特の集中力に感心しつつも、自分の考えを整理していた。失踪した男性、トマス・ペンフィールド。その謎は新聞でも取り上げられていた。雪に覆われた村で、足跡ひとつ残さずに消えた男。ホームズに挑むべき価値がある事件だと判断され、彼らはこの寒い地へと呼び寄せられた。


駅に出迎えたのは、地元の警察官であるマクドネル巡査だった。彼はホームズとワトソンを案内するために駅に来ており、手に持った帽子を少し気まずそうに握りしめながら、二人に向かって会釈をした。


「ホームズさん、ワトソンさん、お待ちしておりました。ここまでお越しいただき、感謝します。」

マクドネル巡査の声には、期待と不安が入り混じっていた。彼は村の警察署に勤めているが、トマスの失踪という奇妙な事件に対処するには経験が不足していることを自覚しているようだった。


「事件の詳細はすでに聞いているが、現場に行けばより多くの手がかりが得られるだろう。」

ホームズは冷静に言い、軽く手を挙げて出発の合図を送った。


彼らは、村へ向かうための馬車に乗り込み、凍てついた道を進んでいった。雪が地面を厚く覆い尽くし、車輪がギシギシと音を立てる。道中、村はますます静かに、そしてどこか不気味に感じられた。まるで、雪の白さがすべての音や動きを飲み込んでしまったかのようだった。


「失踪したのは、トマス・ペンフィールドという男だったな。製材工場を経営し、村の住民に信頼されていたと聞いている。彼が消えたのはどういった経緯だ?」

ホームズがマクドネル巡査に尋ねた。


「はい、トマスは村の重要な人物で、誰からも慕われていました。製材工場の経営は順調で、特にトラブルを抱えているようには見えなかったんです。失踪の当日も、彼は家で普通に過ごしていたようです。奥様によれば、夜も特に何事もなく、朝起きたときには彼がいなくなっていたと。」

マクドネル巡査は言葉を選びながら説明した。


「家の中には争った跡はなかったのですね?」

ワトソンが確認するように尋ねた。


「その通りです。すべてがきれいに片付いていましたし、ドアや窓も内側から施錠されていました。まるで彼がどこにも行かなかったかのようです。ただ、外には雪が積もっていて、足跡も何も残っていませんでした。」


「足跡がない、か。」

ホームズはその言葉に少し考え込むような表情を見せた。


「不思議なことだ。足跡が残らないということは、彼が自分で外に出たのではないか、あるいは外に出た痕跡を意図的に消したのかもしれない。しかし、すべてが計画的であるならば、彼の消失には何か別の意図があるはずだ。」

ホームズは馬車の窓から外を見つめ、白い雪景色を観察していた。


村に近づくにつれて、家々がぽつりぽつりと見え始めた。どの家も雪に覆われ、煙突からは薄く煙が立ち昇っていた。寒さの中、村の住民たちは家に閉じこもり、外にはほとんど人影が見当たらなかった。トマスが住んでいた家は、村の外れにあり、製材工場と隣接していた。家自体は立派で、工場経営者らしい質素ながらも堅実な造りをしている。


「ここがトマス・ペンフィールドの家です。」

マクドネル巡査は馬車から降り、彼らを家へと案内した。


ホームズは一歩足を踏み出すと、すぐに雪の状態を確認した。外は新雪が積もり、昨晩降ったばかりの雪で一切の足跡が覆われていた。周囲に人気はなく、静寂が深く広がっていた。


「さあ、ワトソン。調査を始めよう。まずは家の中と外の状況を確認する。」

ホームズはワトソンに指示を出し、真剣な面持ちで家の外観をじっくりと観察し始めた。


彼の目は、ドアや窓の細部、屋根の雪の積もり方、家の周囲に何か異常がないかを一瞬たりとも見逃さない。その姿は、まるですでに頭の中で複雑なパズルが組み立てられているかのようだった。


「足跡は確かに残っていない。しかし、昨夜の雪の降り方を考えれば、それも当然かもしれないな。問題は、彼が家の中からどうやって消えたのか、だ。」

ホームズは独り言のように言いながら、家の入り口に向かって歩き出した。


ワトソンはその後を追いながら、村の静けさと異様な雰囲気に緊張を感じていた。彼もまた、ホームズの洞察力に期待を寄せつつ、この雪に覆われた村で何が起こったのかを明らかにするため、心を引き締めていた。


これから解き明かされる謎に、彼らは静かに挑む準備を整えていた。

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2024年9月20日 19:00
2024年9月21日 19:00
2024年9月22日 19:00

【毎日17時投稿】「シャーロック・ホームズの霧と影」 (Sherlock Holmes: Fog and Shadows) 湊 町(みなと まち) @minatomachi

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