第9話 霧の中の声 9

ロンドンの夜は再び霧に包まれていた。ホームズとワトソンは、バルドレッド家の秘密が隠されたという地下倉庫の前に静かに立っていた。霧が周囲の光をぼんやりと拡散し、倉庫の古びた石造りの外壁が幻想的に浮かび上がっていた。


「ワトソン、ここからが本番だ。」

ホームズは低い声で言い、手にしていた懐中電灯を消した。


「レストレードさんたちは準備ができているのか?」

ワトソンが不安げに尋ねた。


「問題ない。警部は我々の合図を待っている。全ては計画通りに進む。」

ホームズは冷静に応じると、倉庫の扉に手をかけた。古びた扉はぎしぎしと音を立てながら開き、冷たい空気が内部から流れ出てきた。


二人は静かに倉庫内に足を踏み入れた。暗闇の中、ホームズの鋭い目は周囲を見回し、わずかな物音にも注意を払っていた。倉庫の中は広く、奥の方にはいくつもの大きな木箱や、古い書類棚が並んでいる。ここに、バルドレッド家が隠してきた不正の証拠があるはずだ。


「急ごう、ホームズ。相手が来る前に証拠を確保しないと。」

ワトソンが焦りを感じて促したが、ホームズは冷静に周囲を調べ続けていた。


「焦るな、ワトソン。この倉庫に何が隠されているのか、まずは確認する必要がある。」

ホームズはそう言うと、木箱の一つに手をかけた。箱は重く、表面には何か古い印が刻まれている。彼は慎重に箱を開けると、中には古びた書類が詰まっていた。


「これだ。」

ホームズはその書類を取り出し、目を通し始めた。彼の表情が次第に真剣さを帯びていく。


「どうやら、これはバルドレッド家が過去に行っていた不正取引の記録だ。銀行の口座情報、契約書、さらには賄賂の詳細まで…すべてがここに記されている。」

ホームズはワトソンに書類を渡し、次々と他の箱を開けて調べ始めた。


「これが公開されれば、バルドレッド家の影響力は終わりだな。」

ワトソンは書類に目を通しながらつぶやいた。


しかし、その瞬間、倉庫の奥から足音が聞こえた。二人は一瞬、静かに息を潜めた。ホームズは手でワトソンに「動くな」という合図を送り、音のする方に目を向けた。霧のように薄暗い倉庫の奥から、何者かが近づいてくる。


「やはり、来たか…。」

ホームズはつぶやき、素早く箱の中の書類を自分のポケットに入れた。


足音の主がゆっくりと姿を現すと、それは数人の男たちだった。彼らは明らかにバルドレッド家の関係者であり、倉庫内の様子を確認しに来たのだろう。ホームズとワトソンは、影の中に隠れながら彼らの動きを見守った。


「今だ。」

ホームズはワトソンに囁き、懐中電灯を再び点けた。光が突然彼らを照らし出し、男たちは驚いて立ち止まった。


「何者だ!」

一人の男が叫んだ。


「我々はシャーロック・ホームズだ。そして、あなた方が隠そうとしている証拠は、すべてここにある。」

ホームズは冷静に言い放った。


その瞬間、倉庫の外から警笛が響き、レストレード警部と警察の部隊が突入してきた。男たちは驚き、動揺しながらも抵抗しようとしたが、ホームズは素早く次の言葉を投げかけた。


「無駄だ。あなた方の行動はすでに全て把握されている。この書類が公開されれば、あなた方の悪事は全て明るみに出る。」


レストレード警部が倉庫に駆け寄り、ホームズに向かって短く頷いた。

「ホームズさん、うまくやったな。これで彼らも終わりだ。」


男たちは次々と手錠をかけられ、抵抗することなく捕らえられていった。ホームズは冷静な表情でその様子を見守り、ワトソンも安堵の息をついた。


「すべては計画通りだ。だが、まだ完全に終わったわけではない。」

ホームズは静かに言い、再び倉庫の奥へと目を向けた。


「ホームズ、まだ何かあるのか?」

ワトソンが尋ねると、ホームズは深い思索に沈んだまま答えた。


「この倉庫は、ただの始まりに過ぎない。バルドレッド家の陰謀の全容はまだ解明されていない。彼らが隠していたものは、これだけではないはずだ。次の一手を探る必要がある。」


その言葉を残し、ホームズは倉庫のさらに奥に進んでいった。レストレード警部と警察は捕らえた男たちを外に連れ出し、倉庫内の捜索を続ける。霧がますます濃くなり、ロンドンの夜は静寂に包まれていた。

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