第8話 霧の中の声 8
ホームズとワトソンは、スコットランドヤードの会議室でレストレード警部と向かい合っていた。レストレードは手元の資料を見ながら、事件の複雑さに困惑している様子だった。ロンドンの上層社会に根深く残るバルドレッド家の影響力を前に、警察だけでは対応が難しいと感じているのが明らかだった。
「ホームズさん、今回の事件は厄介だ。バルドレッド家が関わっているとなると、警察の力だけでは限界がある。だが、あの一家の関係者をどうやって一網打尽にできるか、我々も知りたい。」
レストレードは、少し気をもんだ様子で言った。
ホームズは、冷静な表情でレストレードを見つめていた。その目には、すでに作戦の全体像が描かれているかのようだった。彼は静かに口を開く。
「レストレード警部、今回は貴方の警察力が重要な役割を果たします。ただし、すべての動きを慎重に行わなければなりません。バルドレッド家の関係者は、警察が動いていることに気づけば、すぐに姿を消すでしょう。彼らは決して正面から動かない。だが、それが彼らの唯一の弱点でもあります。」
ホームズは一枚の地図をテーブルに広げた。それはロンドン市内の地図で、いくつかの場所に印がつけられていた。印の一つは、バルドレッド家の旧邸、もう一つはロンドンの地下に広がる古い倉庫群だった。
「彼らの遺産が隠されている場所は、この地下倉庫です。長年にわたり、バルドレッド家はそこを秘密の保管庫として利用してきました。ここに彼らの財産だけでなく、不正の証拠も残っているはずです。そして今夜、彼らはその倉庫で大きな取引を行う予定です。」
ホームズは、指で地図上の倉庫を指し示した。
「取引…?つまり、今夜は彼らが何かを仕掛ける夜というわけか。」
レストレードは眉をひそめた。
「そうです。彼らは、自分たちの不正を隠すために、その証拠を処分しようとしています。しかし、我々はその証拠が処分される前に押さえ、彼らを現行犯で逮捕しなければなりません。」
ホームズの声は冷静だが、どこか緊張感が漂っていた。
「つまり、倉庫に先回りして待ち伏せするということか?」
ワトソンが疑問を口にした。
「そうです。だが、ここでのポイントは、彼らが決して我々の動きを察知しないようにすることです。警察の動きを事前に漏らさず、全員が適切なタイミングで動けば、バルドレッド家の関係者を一網打尽にできます。」
ホームズは、地図のもう一つの場所を指した。それは倉庫に近い別の建物だった。
「警部、貴方の部隊はこの周辺に潜伏し、私が合図を送るまで待機してください。私とワトソンは倉庫内に潜入し、証拠を押さえます。その後、私からの合図で貴方たちが動く。そして、彼らが何を隠そうとしていたのかを公にするのです。」
レストレードは、じっと地図を見つめ、考え込んだ。そして、ゆっくりと顔を上げ、ホームズの目を見つめた。
「ホームズさん、今回はあんたの推理を信じるしかないな。だが、タイミングを間違えれば、奴らに逃げられる。警察としても慎重に動く必要がある。」
ホームズは微笑みながら、軽く頷いた。
「そのために私がいるのです。すべてのタイミングを正確に計算します。そして、彼らが一歩も逃げられないように仕組んでありますから、心配はいりません。」
レストレードは頷き、手元のメモ帳に素早く指示を書き込んだ。彼はすぐに部下たちに命令を出し、計画を実行に移す準備を整え始めた。
「今夜が決戦だな。君の指示を待とう、ホームズさん。」
レストレードは、覚悟を決めたように言った。
ホームズは立ち上がり、コートを整えながらワトソンに目をやった。
「ワトソン、今夜は手強い相手だが、我々は推理の力で彼らを追い詰める。すべては計画通りに進めば、バルドレッド家の陰謀もついに終わりを迎える。」
ワトソンは頷き、二人は静かにスコットランドヤードを後にした。ロンドンの街は再び霧に包まれ、今夜の決戦を待っているかのように、静寂をたたえていた。
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