第3話 霧の中の声 3

ロンドンの霧はますます濃くなり、街の姿を完全に覆い隠していた。ホームズとワトソンは、先ほどの遺体発見現場から離れ、ペンダントに刻まれた奇妙な紋様についての情報を探るために、彼らがいつも頼りにする情報源へと向かっていた。


「ホームズ、この紋様に見覚えはないか?」

ワトソンは歩きながらペンダントをちらりと見た。


「あるとも、ワトソン。だが、問題はその出所がどこに繋がっているかだ。この紋様は、ロンドンでも古い家系か秘密の商会に関連している可能性がある。だが、今のところはまだはっきりとしたことはわからん。」

ホームズは、ペンダントを指で軽くなぞりながら、足早に進んでいった。


やがて二人は、テムズ川から少し離れた路地裏に差し掛かった。そこはいつもなら人気のない寂れた場所だが、今夜は妙な気配が漂っていた。霧が厚く、視界はほとんどゼロに近い。それでも、ホームズは迷うことなく道を進んでいく。


「ホームズ、ここは?」

ワトソンは警戒心を持ちながら周囲を見渡した。


「ここだ、ワトソン。我々の目的地は近い。」

ホームズの声は低く、鋭かった。


二人が向かっていたのは、ホームズの情報提供者の一人であるトビアス・フランクリンの住む場所だった。彼はロンドンの裏社会に通じ、あらゆる情報を集める男だ。フランクリンなら、ペンダントの紋様について何らかの手掛かりを知っているに違いないと、ホームズは確信していた。


路地を進む中で、ホームズが急に足を止めた。彼の全身が警戒態勢に入ったかのようにピンと張り詰め、ワトソンも緊張感を覚えた。


「どうした?」

ワトソンが小声で尋ねると、ホームズは霧の中をじっと見つめながら答えた。

「我々は尾行されている。」


ワトソンの心臓が一瞬高鳴った。彼は無意識に手を拳銃に伸ばしたが、ホームズは冷静に続けた。

「落ち着け、ワトソン。相手の目的はまだわからないが、気配がある。霧に紛れて近づいてきている。私たちを監視しているようだな。」


「ここで立ち止まるのは危険だ、ホームズ。先に進もう。」

ワトソンはそう提案したが、ホームズは首を横に振った。


「いや、彼らは我々が何をしているかを探っている。もしこちらが不意に動けば、奴らは逃げるだろう。」

ホームズは目を細めながら、静かに言った。


ワトソンも目を凝らして霧の中を見渡したが、何も見えない。ただ、かすかな足音が石畳に響いているのが聞こえた。それは、ホームズが言う通り、誰かが彼らを追っている証拠だった。


ホームズはゆっくりと動き始め、ワトソンもそれに従った。二人はさりげなく道を曲がり、裏路地のさらに奥へと進んでいった。ホームズは時折振り返り、霧の中の様子を確認している。


「奴らを引き離す必要がある。」

ホームズはそう言って、突然、急に走り出した。


「ホームズ!」

ワトソンは驚きながらも、すぐに後を追いかけた。足音が響き、二人は狭い小路を駆け抜けた。


背後からも足音が速くなった。明らかに彼らを追ってくる者がいる。霧の中で足音は反響し、どこから聞こえてくるのかも定かではない。


「こちらだ、ワトソン!」

ホームズは声を低くして叫びながら、急に別の路地に飛び込んだ。狭くて暗い小路だが、ホームズの動きは迷いがなかった。


二人はしばらく走り続け、ようやく足音が遠ざかっていくのを聞き取った。追っ手は彼らを見失ったようだ。二人はようやく足を止め、壁にもたれて息を整えた。


「奴らは…誰だったんだ?」

ワトソンは荒い息を吐きながら尋ねた。


「まだわからんが、我々がこの事件に深入りしていることを知っている連中だろう。」

ホームズは再び冷静さを取り戻しながら、言った。


「しかし、奴らは我々が何を探しているのかを知っている。おそらく、ペンダントの謎が絡んでいるのだろう。」

ホームズは小さなペンダントを再び取り出し、かすかな光にかざしてその紋様をじっと見つめた。


「我々が追いかけられているということは、この紋様が重大な秘密を抱えている証拠だ。フランクリンに会えば、全てが明らかになるはずだ。」


ホームズは再び歩き出した。ワトソンもそれに続き、二人は霧の中に消えていった。霧はますます濃くなり、ロンドンの街は、謎とともに沈黙の闇に包まれていた。

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