第11話 やっぱり私は不幸なのかもしれない



 魔王を倒した時に現れたルーだけど、馬車に乗せることができないので、私はルーに乗って帰ることになった——のはいいとして。


 ただ、帰り道の間、グクイエ王子はすこぶる機嫌が悪かった。


「ねぇ、どうしても帰らなきゃダメ?」

 

 馬車の窓から顔をのぞかせたグクイエ王子が、ルーに乗る私に声をかける。


 けど、車輪の音にかき消されて聞こえないので、仕方なく私は馬車の中へと移動する。


 そして向かいに座ると、グクイエ王子は不貞腐れた顔で訴えてきた。


「父上も母上も、聖女との婚姻を反対しているのに、どうして帰るの?」


「ああ、アコリーヌ様の時代はそうだったんですね」


「もうアコリーヌのお腹には子供だっているのに、安静にしてなきゃダメじゃないか」


「いや、だから私のお腹には子供なんていませんてば」


「大丈夫、きっと可愛い男の子が生まれるから」


「だから! ——って、そこは可愛い女の子じゃなくて?」


「きっと僕に似て可愛い男の子だと思うよ」


「あのですね、グクイエ殿下。もうアコリーヌ様はこの世にいないんです! 何度言えばわかるんですか?」


「じゃあ、君は誰だって言うの?」


「私はケイラです。思い出してください!」


「ケイ……ラ……うぅ」


 突然、グクイエ王子が頭を抱えて苦しみ出すのを見て、私は馬車を止めるよう御者にお願いした。


 ルーはそのまま前を進んでいったけど、声をかける余裕がなくてそのままにしておいた。


 グクイエ王子が苦しむ中、私がずっと見守っていると、そのうちグクイエ王子が涙をこぼし始める。


「ケイラ……アコリーヌはどこ? アコリーヌに会いたいよ」


「記憶が混乱しているんですね……グクイエ殿下。アコリーヌ様はもうこの世にはいないんです」


「どうしてそんなことを言うの? 僕はここにいるのに」


「……うーん。困った」


 アコリーヌを求めるグクイエ王子が可哀想になってきて、どう声をかけて良いのかわからなかった。


 確かに私にはアコリーヌの記憶があるけど、私はアコリーヌじゃないのよね。


 ケイラも私じゃないわけで……たとえ生まれ変わりだったとしても、過去の記憶はまるで他人の物語をなぞったような感覚で——私がアコリーヌだったという自覚がなかった。


 でもどうして、ケイラじゃないわたしがアコリーヌの記憶を思い出したのだろう?


「グクイエ殿下、とにかくもうアコリーヌ様はいないから、新しい人を探してください」


「いやだ。僕はアコリーヌじゃなきゃ嫌なんだ」


「グクイエ殿下……」


 グレープ王国に渡るまでの間、グクイエ王子はアコリーヌを求め続けた。


 それはグレープ王国に入っても変わらず。王城に到着しても、グクイエ王子はアコリーヌの話ばかりしていた。


 私のことをケイラだと認識しているから、話はある程度通じるところもあるのだけど、それでも以前のグクイエ王子とはまるで別人のようで、相手をするのがぶっちゃけ大変だった。


 そんな風に、魔王との戦いによって歯車の狂った王子を連れ帰った私だけど、国王陛下は大層喜んでいた。


「——おお、よく帰ったな、大聖女ケイラよ」


 王座に座る年老いた国王陛下を見ると、最期の魔王と重なって見えてドキリとする。


 けど、私は内心を顔に出さないようにして告げる。


「大聖女かどうかはともかく、魔王を倒して参りました」


「さて、褒美は何が良いかな」


「それよりも陛下、僭越ながら発言してもよろしいでしょうか?」


「おお、なんだ?」


「グクイエ殿下のことです。あのままにしておいては、この国の問題にもなると思いますので……」


「ふむ。その辺は心配するでない。大司教ゴリランならなんとかしてくれるであろう」


「大司教様が?」


「あやつは、聖女アコリーヌの記憶を封印した者だからな」


「え? 聖女アコリーヌ……様の記憶を? ゴリラン大司教様っていったいいくつなんですか?」


「はて、いくつであろうな。そういうわけだ、そなたが気を揉む必要はなかろう」


「わかりました」


 ゴリラン大司教がアコリーヌの記憶を封印した? ということは、グクイエ王子の過去の記憶も封印するってことなのかな?


 ……なんだか心配だし、ゴリラン大司教のところに行くなら、私もついていってみようかな? 


 それよりも、ジンテール王子の顔が見たいわ。


 私はジンテール王子を探して王城を歩くけども、その日、ジンテール王子を見つけることはできなかった。




 ***




「結局、ジンテール殿下とは二日会ってないのよね。ゴォフの姿も見ないし、どうなってるのかしら?」


「どうしたの? ケイラ」


 ゴリラン大司教にグクイエ王子を元に戻してもらうため、またもや馬車に乗って森の中を移動していると、私のつぶやきにグクイエ王子が反応した。


「実はジンテール殿下がいないのよ。わかる? あなたのお兄様のことよ」


「ジンテール……思い出せないな」


「過去の記憶の方が強いのかしら? 私のことはわかるのよね?」


「ああ、ケイラだよね。それで、これからどこに行くの? アコリーヌに会いに行くの?」


「そ、そうね。アコリーヌ様に会えるかも……? なんて」


 まさか私がアコリーヌの生まれ変わりです、なんて言ったら、余計ややこしくなるような気がして言えなかった。それに言ったところで、グクイエ王子の気持ちを受け止めることはできないのである。


 そうこうするうち、馬車は森の奥深くにある神殿の前にやってくる。考えてみると、森の中なのに馬車が通れるよう道を綺麗にしてあるのって、すごいことよね。


 ゴリラン大司教がそれだけ重要な人物ってことよね。それにしても、まさかゴリラン大司教がアコリーヌの時代から生きているなんて……日本のご長寿なんて目じゃないわよね。


「——ようこそお越しくださいました、ケイラ様。今日はどんな御用件で?」


 真っ白な神殿で迎えてくれたのは、相変わらず美女のような大司教だった。


 私は単刀直入に告げる。


「ああ、ゴリラン大司教。もう陛下からの伝令で知っていると思うけど、グクイエ殿下の様子がおかしくて」


「そのことでしたか。聞いておりますよ。記憶が混乱されているとか」


「そうなのよ。だから、アコリーヌ様の記憶を封印したゴリラン大司教ならなんとかできるんじゃないかって」


「……その話をどちらで?」


「国王陛下から窺ったけど?」


「あの方は、余計なことを」


「ゴリラン大司教って、ご長寿なのね」


「私はぴっちぴちの千七百歳ですから」


「……え」


「冗談ですよ」


 胡散臭いゴリラン大司教の笑顔に、私は疑わしい目を向ける。すると、ゴリラン大司教は咳払いをして告げる。


「わかりました。グクイエ殿下の記憶を封じましょう」


 けど、そばにいたグクイエ王子が、怪訝な顔をする。


「ちょっと待って、僕の記憶を封じるってどういうこと?」


「痛いことは少しもありませんから、少しだけ大人しくしてくださいませんか?」


「やば、本人が聞いてるんだった。グクイエ殿下、元に戻るだけですから、じっとしててください」 


「元に戻るって何? 記憶を封じるってどういうこと?」


 それからグクイエ王子は暴れて、大変だった。


 大司教の小間使いたちが現れて取り押さえてくれたけど、グクイエ王子ってかなり強いから、ひ弱な小間使いたちでは取り押さえるのもひと苦労だった。


 それから衛兵も加わって、縄でぐるぐる巻きにしたことで、ようやくグクイエ王子は大人しくなった。


 まるで罪人のように縄で巻かれたグクイエ王子が、神殿の奥で懇願するように告げる。


「お願い、アコリーヌの記憶には触らないで。ねぇ、ケイラ……ゴリラン大司教、お願いだから」


「グクイエ殿下。ごめんなさい。あなたを元に戻すには、こうするしかないんです」


「大丈夫です、グクイエ殿下。あなたには、新しい人生がありますから」


 そう言ったゴリラン大司教は、グクイエ王子がおかしい理由を全てわかっている様子だった。


 前世のグクイエ王子とそっくりだから、最初から転生者だとわかっていたのかもしれない。


 ゴリラン大司教はそっと目を伏せた後、覚悟したようにグクイエ殿下の頭に手をおいた。


「私にはこれくらいしかできなくて申し訳ない」


 そしてグクイエ殿下は、アコリーヌの記憶を忘れて——元のグクイエ王子に戻ったのだった。


 けど、グクイエ王子の記憶を封印して、本当によかったのだろうか? なんだかひどいことをしたように思えて、元のグクイエ王子を見た時は泣きそうになった。


 アコリーヌに会いたいグクイエ王子に、私がアコリーヌだよって言えたらどれだけよかっただろうか。私は卑怯なやつだ。ジンテール王子が好きだからって、グクイエ王子の記憶を切り捨てたんだ……。


「ケイラ様、気にしない方が良いですよ」


 ふいに、ゴリラン大司教が私の肩をそっと叩いた。その優しい手に、少しだけ過去の記憶が蘇る。


 そういえば、アコリーヌもこんな風に慰めてもらったりしていたよね。ゴリラン大司教は常に寄り添ってくれる存在だった。けど、どうしてアコリーヌの記憶を封印したりしたのだろう。


「あの、ゴリラン大司教——」


 私がアコリーヌのことを聞こうとしたその時だった。


「これはこれは、ジンテール殿下」


 ゴリラン大司教の言葉を聞いて、私は振り返る。そこには、会いたくてたまらなかったジンテール王子の姿があった。


 ————って、ジンテール王子、剣を抜いてるけど、いったいどうしたんだろう?


 私が首を傾げていると、そのうちジンテール王子は不敵に笑いながら私に長い剣先を向けた。


「ちょ、ジンテール殿下!? どうしたの? いきなり」

 

「ケイラ、今すぐお前を殺す」


「はあ!?」


 その威圧感に、思わず後ずさる私だったけど——ジンテール殿下が剣を振り上げた瞬間、ゴリラン大司教が私をかばうように前に出た。


「おやめください、ジンテール殿下。どうなさったのですか!? あれほどケイラ様のことを想っていらっしゃったのに——」


「そこをどけ、ゴリラン。お前を斬る道理はないんだ」


「それを言うなら、ケイラ様を斬る理由もないでしょう?」


「理由ならある。そいつは国を揺るがす大聖女アコリーヌの転生者だからだ」


 ジンテール王子の言葉に、ゴリラン大司教は大きく見開いた。


「どうしてそれを——まさかあなたは!?」  


「——どけっ」


 ジンテール殿下はゴリラン大司教を殴りつける。すると、ゴリラン大司教が倒れたことで、私とジンテール王子を隔てるものがなくなって——ジンテール王子はニヤリと笑う。


「覚悟しろ、大聖女」


 その言葉の意味が私にはわからなかった。大切な人が、私を殺そうとしている。私のことを愛してくれていると思ったのに、全て偽りだったのだろうか? これまでのことを思い出すと、涙が止まらなくなって、その場から動けなかった。


 私はやっぱり景の時から変わらず、不幸のかたまりなんだ。


 夢の中でさえ、誰かに愛されることを望むことすら許されないのだろうか?


 私が泣きながらジンテール王子の顔を見上げると、ジンテール王子は少しだけ動揺の色を見せた。けど、唇を噛み締めて、何かを覚悟するように剣を振り下ろした。


 ————その時だった。


 縄に縛られたままのグクイエ王子が私の前に飛び出して、ジンテール王子の剣を受けた。


 肩に傷を負ったグクイエ王子がその場にうずくまる中、ジンテール王子が舌打ちする音が聞こえた。大切な弟王子に手を出しておきながら、その反応、なんてやつなの!


 怒りに染まった私は、とっさに歌を歌った。魔王を止めるほどの力——アコリーヌから受け継いでいるその力の使い方を思い出した私は、ありったけの力で歌った。


 すると、ジンテール王子は戸惑ったように目を泳がせたあと、その場を走り去った。


「グクイエ殿下! どうして!」 


 ジンテール王子がいなくなって、思わず駆け寄った私に、グクイエ王子は微笑んで見せた。


「だって、大切な人が危険だった……から」

 

「グクイエ殿下!」


「大丈夫ですよ。ケイラ様の歌声で癒されていますから、命に別状はないでしょう」


 さっきまで倒れていたゴリラン大司教が、グクイエ王子の脈をとりながら告げた。


 どうやら私の歌は回復も促すようだった。


 そしてそれ以来、ジンテール王子は王城から姿を消した。






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