第9話 どこかあの人に似ている魔王
「よくお越しくださいました、大聖女様……どうぞお寛ぎください。結界を張っておりますので、聖域と同じ——とまではいきませんが、それなりに浄化しておりますので」
猛者のおじさんに通された部屋に足を踏み入れるなり、聞いたことのある声が響いた。
顔を隠すように黒いローブを纏ったその人は、確かに聖女メラニンだった。
奥に視線をやると、広い部屋には大きなテーブルが置かれていて、そこには世界地図のようなものが広げられていた。
そしてテーブルの周りをメラニンと同じような黒い
「どうしてみんな、黒い服を着ているの?」
何気なく訊ねると、メラニンは苦笑した。
「魔王が王座に就いてから、聖女の象徴である白を迫害するようになったので」
「それって、聖女だってバレたらまずいの?」
「ええ、そうですわ。ですからケイラ様が白い装束で現れなくて良かったです」
「そりゃ、魔王が国を乗っ取ったって聞くし……隣国の聖女が来たとなると、魔王も警戒するかと思って。それで一応、商人夫婦を装ってきたのよ」
「なるほど。でしたらケイラ様もこの
他国の聖女らしい人に、黒い
「でも魔王も黒のイメージなんだけど」
「ですから、黒を着るのです。決して敵意を表に出したりしてはいけませんわ」
「それって、味方のふりをして近づくってこと?」
「そういうことですわ」
「——それで、具体的に、魔王をどうやって倒すつもりなの?」
私の後ろにいたグクイエ王子が前に出ると、女性たちから華やかな声が上がった。どうやらグクイエ王子は人気者らしい。
急に桃色の空気が見えるようになって、私が困惑する中、メラニンが説明した。
「もうすぐ宴の日がありますの。そこで魔王を酔わせて魔法陣に閉じ込めたあと、国宝の剣で倒していただこうと思いまして」
「国宝の剣? そんなものがあるの?」
「前時代の遺物ですけれど、百年前に魔王を封印した実績がありますの。今回もそれを使って封印します」
「封印……完全に倒すことはできないのね」
「大聖女アコリーヌ様が、一度魔王を瀕死に追いやったと伺いますが……」
「アコリーヌ様が? そうなんだ?」
「ですが、現在はアコリーヌ様ほどの力を持つ聖女は存在しませんので——ああ、ケイラ様の力を否定しているわけではありませんわ。わたくしたちの中で抜きんでた聖力の持ち主だと思っておりますもの。ですが、大聖女アコリーヌ様の歌は、世界を揺るがすほどと伺っております。そこまでの力は、さすがのケイラ様も——」
「そうね。私もそこまでの力があるとは思えないわ。気を遣わなくてけっこうよ。それより、今回私は何をすればいいの?」
「そうですわね。この中で魔王が好みそうな見た目をしているのは、わたくしとケイラ様ですから。わたくしたちで魔法陣まで誘導しましょう。そして最後の剣は……」
メラニンは躊躇いがちに私たちを見た後、仕方ないとばかりにため息を吐いて告げる。
「グクイエ殿下にお願いできないでしょうか?」
「僕が?」
「ええ。本当なら、魔王を倒す役目は我が国の王子に頼みたかったのですけれど……王族は皆、幽閉されてしまいましたので」
「幽閉?」
「ええ。残念な話ですけれど」
王族がいなくなってしまっては、誰も国を守ることができないってことよね。だからメラニンが書簡を送ってきたわけね。
けど、それより気になるのは————。
「メラニン——さんって、
私の言葉に、周りの聖女たちがぎょっとした顔をする。どうやらメラニンの過去はタブーだったみたいだけど、聞かずにはいられなかった。
するとメラニンも少し恥ずかしそうに答えた。
「……あの時は本当に申し訳ありませんでした。魔王の
「それって、魔王に操られてたってこと?」
「そうですわ」
「けど、あの時はまだ魔王が国を乗っ取ったわけではなかったのよね?」
「ええ。実は、地下で眠る魔王の封印がゆるんでおりましたので、私が重ねて封印しようと手を出したところ、封印の隙間から漏れ出た瘴気に当てられてしまいまして」
「その時はまだ封印が解けてなかったということね?」
「はい。魔王の瘴気に当てられたのは……ちょうどケイラ様が王太子殿下に婚約破棄を告げられた前日のことですわ。その時、封印の立ち合いでケイラ様もいらっしゃったはずですが」
「私が?」
「ええ。真っ先に瘴気に当てられたのがケイラ様でしたので……命を落とさないかハラハラしていましたの」
メラニンがそこまで言って、ゴォフが思い出したように拳を手のひらにポンと乗せた。
「そういえば! 婚約破棄された前日、ケイラ様はずっとうなされておりました。悪夢を見ていらっしゃるのかと思いましたが、そのせいだったのですね。もしや、ケイラ様はそのせいで今のケイラ様に……?」
「今のケイラ様? どういうことですの?」
「いえ、こちらの話です」
ゴォフがにこやかに返すと、メラニンは不思議そうな顔をして首を傾げていた。
でも今の話を聞いて、ようやくわかった。
本物のケイラは、魔王の瘴気に当てられて死んだのかもしれない。その空っぽになった器に
これは仮説でしかないけど……でもきっとそうだわ。
でなければ、ケイラ本人がこの体にいない理由が見つからないもの。今までケイラについてあまり考えることはなかったけど、そういうことだったのね。
「事情はわかったわ。じゃあ、私は魔王をたぶらかして魔法陣に連れていけばいいのね。それで、グクイエ殿下はどこに待機させればいいの?」
「そうですわね。男性というだけで魔王が警戒するかもしれませんので、この際、女性の格好をしていただくというのは——」
「ちょっと待って。グクイエ殿下は確かに可愛い顔してるけど、体格はけっこうゴツいわよ? 大丈夫なの?」
「体格は衣装でいくらでも誤魔化せますわ」
「なんだか不安なんだけど」
私とメラニンがグクイエ王子に視線をやると、グクイエ王子は急におかしそうに大笑いし始めた。
「あはは! ケイラといると退屈しないな。わかったよ。僕が女装すればいいんだね?」
「いいの? グクイエ殿下」
「そのくらい平気だよ。ケイラのためなら」
急に甘い雰囲気でグクイエ王子が私を見つめるものだから、周囲の聖女たちから黄色い悲鳴が上がった。
なんだか嫌な予感しかしないけど、グクイエ王子がいいっていうなら、いいのかな……?
「じゃあ、お願いね。グクイエ殿下」
「任せてよ」
***
それから数日後。冬が厳しいキウイ王国は豪雪に見舞われた。そんな中、エキゾチックな虹色の衣を纏った私たちは、魔王を歓待すべく王城に上がった。
見れば、王座は異様に華美なさまで、中心に座る魔王も美しい姿をしていた。
二本のツノが生えている魔王は、ちょっとだけジンテール殿下に似ていて、思わず二度見しそうになったけど——なんとか堪えて、笑顔を貼り付けた顔で酌をした。
踊り娘に扮した聖女たちが、艶やかに舞いを繰り広げる中、魔王は退屈そうな顔をしていた。
ちなみに魔法陣はすぐ近くの部屋に張ってあるという。
複数の聖女たちが力を合わせて魔法陣を作っているそうだ。
魔王をなんとか酔わせてそこまで連れて行くのが私たちの仕事だけど、上手くいくのかな?
「ほほう。この国には美しい女が揃っているのだな」
「あら魔王様、お上手ですこと」
すぐ傍で酌をするメラニンに、魔王が触れようとするもの、メラニンは笑いながら
聖女とは思えない宴会スキルである。私も会社の宴会で上司に触られそうになったけど、露骨に嫌な顔をすることしか出来なかったんだよね。
それでお叱りを受けるなんて、時代錯誤も甚だしい会社だったけど。
そんな痛い過去を思い出しながら酌をしていると、今度は魔王が私の顔を覗き込んだ。
顔は布で半分隠してあるけど、何かおかしなところがあっただろうか?
「こっちの娘もなかなかだな。どうだ、今夜の夜伽はお前が——」
「よ、よとぎっ!?」
すぐ近くで、ぎょっとした声が響いた。どうやらグクイエ王子も話を聞いていたらしい。
グクイエ王子もエキゾチックな衣装に身を包んでいたけど、そのガタイの良さは隠しきれないでいた。
そしてそんなグクイエ王子の存在に気づいた魔王が、目を細めて私の後ろを見た。
「なんだ、お前は本当に女か? 良い体格をしているな」
「彼女は剣舞を担当していますわ」
メラニンがすかさずフォローを入れながら酌をしていた。すると魔王は豪快に笑って告げる。
「なるほど。剣の使い手なのか。どうりで他の人間とは違う空気を持っているな。まるであの男のようだ」
「空気ですか?」
私が何気なく訊ねると、魔王は微笑ましそうに酒を口にする。
「はるか昔、この私を追い詰めた男がいてな。とても良い腕をしていたんだ。お前たちが生まれるずっと前の話だ」
「なんだか幸せそうですね」
思わず私がそう口にすると、メラニンの顔に緊張が走る。なんとなく魔王の雰囲気が優しくて油断してしまった。
魔王は面白いものでも見るような目で、私を見る。そんなところが、やっぱりジンテール殿下によく似ていた。
「ああ、幸せだったんだ。あの頃は、毎日のように私を倒すと言ってやってきた王子との戦いが……何より……も……」
ふいに、魔王が会話の途中で眠ってしまった。私が目を丸くしていると、メラニンが耳元で告げる。
「薬が効いてきたようですね」
「酔わせるんじゃなかったの?」
「こっちの方が早いでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「早く魔法陣のところに連れて行きましょう。グクイエ殿下、お願いします」
メラニンに頼まれて、グクイエ王子は居眠りする魔王の腕を肩に絡めた。
そしてグクイエ王子が魔王を引きずるようにして近くの部屋に移動する中、途中で何人もの兵士や臣下に出くわしたけど、みんな見て見ぬふりをしていた。
みんな、魔王に操られているわけではないんだね。
すんなりと道が開いて、近くの部屋へと移動した私たちは、魔王を連れて魔法陣を踏むけど——。
「なるほど、こういうことか」
魔法陣の中心に座らせるなり、魔王が目を開いた。
聖女たちに緊張が走る中、メラニンは声高に告げる。
「これであなたはもう最後ですわね」
けど、魔王は追い詰められているはずなのに、そんな顔はしてなくて——高らかに笑った。
王城に魔王の笑い声が響き渡る中、聖女たちが怯えたように顔を青くする。
私にはよくわからないけど、魔王の声は人を服従させることができるらしい。
だから、聖女たちは慌てて呪文を唱え始めた。魔法陣に閉じ込めるためだ。
そしてグクイエ王子は腰に下げていた勇者の剣を抜くと、魔王の頭上に掲げた。
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