第8話 物語の食い違い


「あのさ……ケイラの護衛を森の中に捨ててきたわけだし、この先は僕が護衛をしてもいいかな?」


 向かいの椅子に座ったグクイエ王子が、覚悟を決めた様子で告げた。


 そのまっすぐな目に、ちょっとだけ気圧される感じがしたけど、私も負けじと強い目で見返す。


「それって……私の遠征について来るってこと?」


「うん」


「それはダメ。仮にもあなたは一国の王子様でしょう?」


「けど、大切な大聖女に何かあれば、それこそ一大事だから」


「……はあ」


 確かにこの先、キウイ王国に行くまでに何かあれば、それは大変なことだろう。


 本来なら、盗賊なんて私の歌で撃退したいところだけど、それじゃあ目立つことこの上ないし……そのために護衛をつけてもらったはずだった。


 けど、ジンテール王子がつけてくれた護衛は使い物にならないどころか、私に刃を向けた。


 そもそもなんで兎村を私につけたのか、ジンテール王子の考えがよくわからないんだけど。


 ……きっと何か事情があったに違いない。


 私が色々考えていると、そのうちグクイエ王子が痺れを切らしたように畳み掛けた。


「ぼ、僕は——ケイラがなんと言おうとついていくから!」


「はあ!?」


「じゃあ、そういうことで、明日も早いからおやすみなさい!」

 

 そう言って、グクイエ王子は部屋を出て行った。その時、入れ替わりで部屋に入ってきたゴォフが不思議そうな顔をして私の元にやってくる。


「大きな声が聞こえましたが、どうかなさいましたか?」


「それが、グクイエ殿下がついてくるって言うのよ」


「なるほど。これも物語の強制力でしょうか」


「どういうこと? また強制力って——」


「ケイラ様の本来のお相手の話をしたでしょう?」


「私がジンテール殿下じゃなくて、別の相手に助けられるはずだったって話?」


「そうです。小説内では隣国の王子という表現でしたが、その容姿はジンテール殿下ではなく、グクイエ殿下のようでした」


「……そういうこと?」


 私はなんとなく納得して、ため息をこぼした。


 最近やたらグクイエ王子が絡んでくるのは、そのせいなのね? 物語で決まっていることだから? じゃあ、私のこの気持ちもそのうち変わってしまうということなの?


「物語の強制力って、どれくらい力があるの? 抗えないの?」


「そうですね。自分の運命を捻じ曲げることは容易ではないかと」


「容易じゃないっていうことは、抜け道があるってことね?」


「前例がないので、なんとも言えませんが。いや、すでに運命の輪から外れているケイラ様なので、物語の外であれば可能ではないでしょうか?」


「物語の外……つまり、この小説で描かれていない部分でなら、自由にできるってことね? そのためには本筋のストーリーを知らなければいけないけど、本筋のストーリーってどうなってんの? グクイエ殿下とはどこで会うの?」


「グクイエ殿下とは、舞踏会で会うはずでした……が、そういえば」


「今度は何?」


「グクイエ殿下が第一王子だったはずです。名前こそ出てきませんでしたが、容姿も性格も一致していますし」


「どういうこと?」


「そうです。すっかり忘れておりました。どうしてでしょうか。こんな大切なことを見落とすなんて——」


「じゃあ、最初から運命はおかしな方向にまわっていたってことなのね?」


 キウイ王国の王子に婚約破棄をつきつけられた時、私を助けようとしたのは確かにジンテール王子だった。


 けど、それが実はグクイエ王子のはずだったって? 


 でもグレープ王国につれてきてくれたのはジンテール王子だったし、婚約破棄の場にグクイエ王子はいなかった。それどころか、第一王子がグクイエ王子だなんて——。


 どういうことかしら? なんだか嫌な予感がするけど、私はその不安から目を逸らして、窓の外を見た。窓の外には、日本でいう月に似た星のようなものが浮かんでいた。




 ————翌朝。


 結局、意地でもついて行くと言ってきかないグクイエ王子に折れて、護衛をお願いすることになった。


 グクイエ王子が怪我でもしたらどうしようかと思ったけど、なぜか不思議なほど旅は落ち着いていた。まるで誰かに守られているような——まさかね。


 そして商人夫婦のふりをして国境の検問を通過した私たちは、キウイ王国の城下町に入った。


 キウイ王国は思っていたほど荒んだ様子はなくて、魔王に乗っ取られた感じもなかった。


 てっきり、もっと建物が崩れていたり、人が避難しているかと思ったけど、まるで何もないみたいに屋台が出ているし、ちっとも魔王に乗っ取られているようには見えなかった。


「グクイエ殿下……いえ、クイエさん。この国は本当に魔王の支配下にあるの?」


 表向き商人夫婦とその護衛という設定なので、グクイエ王子のことはクイエと呼んでいた。呼び慣れていないから、なんだか言いにくいけど。


「ああ、キウイ国王から受け取った書簡には、そう書いてあったけど……どうなんだろう。表向きは何もないように見えるね」


「ちょっと聞き込みしてみようかしら?」


「それよりも、この国の聖女と合流して確認した方がいい。下手に動いて、怪しまれても困るし」


「……わかった」


「それで、この国の聖女とはどこで落ちあう予定なの?」


 グクイエ王子の問いに、ゴォフが代わりに答えた。


「街の外れに、オットーという大衆酒場があるはずです。そこで合言葉を言えば聖女と合流できます」


「え? 合言葉が必要なの? 合言葉って何よ。初耳なんだけど」


「護衛さんが何者かわからない以上、言うのを控えていたんです」


「ゴォフは護衛の正体がラビットソンだって知ってたの?」


「いえ、ラビットソン様とは存じ上げませんでしたが、何か嫌な予感がしましたので」


「ふうん。本当は知ってたんじゃないの?」


 私がうろんげな目を向ける中、グクイエ王子が口を挟む。


「それより、合言葉って何?」


「向こうが『ここは相変わらず寒いな』と言ったら、『白い女神が降り立つのも間近だから』と答えればいいんです」


「白い女神?」


「雪を降らせる女神のことですよ。ケイラ様はご存じありませんか?」


「うん、知らないわ。ケイラから受け継いだ知識にはないみたいだけど……」


「そうですか」


「ケイラから受け継いだ?」


 ふいに、グクイエ王子がうさぎのような目を細めて私を見る。


 どうやら、私の『受け継いだ』という言葉が引っかかったらしい。


 けど、異世界転生とか説明するのも大変だし、混乱を招いても困るよね……?


 なんて言って誤魔化せばいいんだろう。


 密かに私が狼狽える中、ゴォフが落ち着いた声で告げる。


「ケイラ様の教育係の先生がケイラ様と同じ名前だったんですよ。だから正確には、ケイラ先生から受け継いだ知識です」


「なるほど、ケイラの先生がケイラという名前だったんだね」


 グクイエ王子はニコニコしながら頷いていたけど、納得していない顔にしか見えなかった。ジンテール王子と違って、グクイエ王子はわかりやすいから。


 でも私も上手く誤魔化す方法が思いつかなくて、ゴォフの話に合わせるしかなかった。


「実はそうなのよ。ケイラ先生から教わってなかったから、不思議に思って」


「へぇ、そうなんだ」


 胡散臭い顔で笑うグクイエ王子は、ジンテール王子に少しだけ似ていた。


 嘘をつくのが苦手な私は、滝のように汗をかくけど、そのうちゴォフが私とグクイエ王子の間に入って言った。


「ほら! そろそろ街に入りましたし、馬車を降りましょう。街中でこんな豪華な馬車は目立ちますから、徒歩で街外れに行きましょう!」


「そうね。早く聖女たちと合流しましょう」


 私が両手を合わせて告げると、ゴォフが合図して馬車を止めた。するとグクイエ王子は諦めたようにため息を吐いて、馬車を降りた。


 それから大衆酒場オットーの看板を発見した私たちは、木造二階建ての大きな酒場にあるスイングドアを恐る恐る開いた。


 中はスキンヘッドの男たちや筋肉質な傭兵が酒盛りをしていて、なんだか場違いな感じがしたけど、とりあえずゴォフを先頭にしてカウンターに向かった。


 カウンターに立っているおじさんは、顔じゅう傷だらけの、いかにも歴戦の勇士という風貌で、なんとなく怖い感じがした。


 私が周囲を見てビクビクしながらゴォフの肩を押さえていると、そのうちカウンターの怖いおじさんが口を開く。


「ここは相変わらず寒いですか?」


 その言葉に、ゴォフはすかさず答える。


「——ちろい女神が降りたちゅのも間近だきゃら!」


 鎮まりかえる大衆酒場。


 なんでこんな大事な時に噛むのかな?


 周りの屈強な男たちが立ち上がるのを見て、私はアワアワしてしまう。


 やっぱり、噛んだのはよくなかったわよね? 


 ゴォフがいざという時に弱いのはわかった。


「大丈夫、何かあっても僕が守るから」


 私が怯えていることに気づいたグクイエ王子が、小さく告げた。


 けど、どう見たって、周りのおじさんたちの方が強そうだし、グクイエ王子一人で勝てるとは思わないんだけど……。


 私が青ざめる中、カウンターの一番猛者っぽいおじさんは大きな声で笑う。


「あっはっは! ようこそお越しなすった。お待ちしてましたよ」


 猛者のおじさんはウィンクすると、私たちについてくるように促した。


 私たちはこわごわといった感じでついて行くと、猛者のおじさんが裏戸に案内してくれた。


 そして扉を開けると、そこには聖女メラニンがいて、にこやかに出迎えてくれたのだった。





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