第一章 ヴェリスの金融商人 その③
。ややあってロイスが断じた。
「よし、わかった。彼をお前に預ける。頼んだぞ、カイル」
カイルが小さく頷いて応えると、ロイスはラモンに視線を転じ、
「そういうことだ、ラモン君。今後、君はこのカイルの指示を受けながらうちで働いてもらうが、いいかな?」
(も、もう駄目だ、逃げるなら今しかない!)
一瞬、ラモンが胸の内で叫んだ。
実のところロイスの執務室に通されたときから、否、カイルの口から高利貸し商と聞いた時点で、すでに「カネ貸し? 無理!」という結論に達していたラモンであったのだが、生来の気の弱さもあってなかなか口に出せずにいた。
しかし、一方的に進められる具体的な自分の処遇に、さすがの小心者もこれ以上グズグズしてはいられないと断じたのだ。
旧知のロベルトがいるのならともかく――いても無理なのは変わらないが――もうとっくに辞めたと言うし、立身夢見てはるばるヴェリスまで来たというのに、なにが悲しくて
意を決したラモンが「すみません、やっぱり無理です!」という一語を喉元まで出しかけたとき、機先を制するかのようにロイスが声を発した。
「ところで俸給の件だが、まだ見習いなので月に銀貨二枚とする。それと君にはまだ早い話だろうが、契約を獲得したら、その契約額に準じた歩合報酬を支給する。どうかな?」
「ぎっ、ぎっ、銀貨二枚!?」
驚愕のあまり危うく舌を噛みそうになったラモンは、激しく脈打つ心臓を必死に抑えながらロイスの顔をまじまじと凝視した。
(月に銀貨二枚の俸給だってぇ? まだ十八歳の、それも地方の村から出てきたばかりの『教養ねえ! 特技もねえ! ブアイホーシューとは何者だ?』の自分に、そんな大金を払うっていうのかよ……)
ようやく心臓も落ち着きを取り戻そうとしていたとき、ふとラモンは故郷で自分が経験したある出来事を思い出した。
それはラモンにヴェリス行きを決断させるきっかけとなった、ある意味「事件」というべき出来事だった。
それは今から三ヶ月ほど前のこと。怪我で農作業が出来なくなった村人の代わりに、作業の手助けにラモンは駆り出されたことがあったのだが、その報酬としてラモンが手にしたのはたった一枚の銅貨であった。
それも週六日、初夏にさしかかった時期の中、日の出から日の入りまで、ひたすら畑の土を耕す労働を約一ヶ月続けた上でだ。
困ったときは村人同士で助け合うのが村の
文句を言うのは間違っているし、報酬自体、期待するものでも要求するものでもないことくらいラモンも理解している――してはいるのだが、炎天下の中、朝から晩まで畑を耕し続け、暑さと疲労で白目を剥いてひっくり返りそうになるのを堪えてまで得た見返りが、たった一枚の銅貨とあっては、もともと村での生活に嫌気がさしていたこともあり「働いたら負けかなと思っている(18歳・農民)」と、ヴェリス行きを決断したのも無理なからぬことであった。
かたや意を決してやってきたそのヴェリスでは、同じ一ヶ月の労働でも比較にならない大金が得られるというではないか。
それも炎天下で死にそうになりながら畑を耕したり、取ってもすぐに生えてくる雑草の駆除を延々と繰り返したり、牛や馬の激臭山盛りウ○コの後始末といった「もうね、アホかと、馬鹿かと(18歳・商人志望)」を一切やらずにとあっては、ラモンの心理心情に「劇的」な変化をもたらしたのも当然かもしれない。
事実、この時のラモンは、ついさっきまでのラモンとは別人であった。
「おい、ラモン君。どうした?」
ふいに鼓膜を刺激したその声にラモンは思考の淵から脱し、慌てて正面を見やった。訝しげな顔つきで自分を見つめるロイスの姿がそこにあった。
「あ、すいません。何でしょうか?」
「ここで働くか否かの答えをまだ聞いていないのだがね。うちの待遇は今話したとおりで、さて、どうするかね」
それに対する返答は、この時すでにラモンの中では定まっていた。
声調を整えてからラモンは明朗な声で応じたものである。
「は、はい、ぜひこちらで働かせてください。一生懸命頑張ります!」
「うむ、よく言ってくれた。期待しているから頑張ってくれたまえ」
ロイスは満足したように頷くと、内懐から革袋を取りだし、中から銀貨一枚を手に取りそれをカイルに手渡した。
「じゃあカイル。少し時間は早いが、これでラモン君にランチでもご馳走してやってくれ。彼の就職祝いだ」
「わかりました。では表通りの【
「おお、いいじゃないか。あそこのステーキは旨いからな」
「ええ。じゃあ行こうか、ラモン君」
カイルに促され、ラモンはロイスに一礼してから執務室を後にした。
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