第8話



大野部長が連れてきてくれたのはよくある居酒屋のチェーン店。

そこの一番奥、お手洗いの影になってるせいで半個室状態のテーブルに二人でついた。



「ビールでいい?サワーもあるけど」

「あまり強くないので、サワーを・・・えーと、チェリーのを薄目で」



本当なら同じものを頼んだ方がいいのは分かっているのだけれど、ここで無理をして新しく上司になる人の前で醜態は晒したくない。



「意外とカワイイもん飲むんだね」



店員さんにオーダーを通すと、大野部長がふっと笑った。

どうせね。



「強く見えるってよく言われます。すみません、見掛け倒しで」

「いーや?どっちでもいいよ。飲める方を飲めばいい。俺はそんなの気にしないから」

「・・・ありがとうございます」



それから、から揚げや枝豆、板わさなどを追加で注文する頃には最初に頼んだ飲み物が来て。



「とりあえず、これからよろしくーの乾杯」



部長の中ジョッキと私のトールグラスをカツンとぶつけ、お互い口をつけては、ふう、と息をついた。



「じゃあ、食べながら話そうか」



暫くして頼んだ料理を持ってきた店員さんが去ると同時、ぱきんと割り箸を割りながら大野部長が唐突に切り出す。

うっかり見たその手か、綺麗で。筋張っていて、確かに男性の手なのに。

第二関節から指先にかけてがスッと細くて、・・・とても美しい手だ。



「おーい。齋藤さん?」



ボーッとしてしまい声を掛けられる。



「あ、すみません。取り分けますね」



脇に置かれた取り皿を手にすると、「ああ、ありがとう」と上司なのにきちんとお礼を言ってくれる。



「でも、先に取りな。俺すっげ小食だから半分ぐらいいっちゃって?」

「え、そうなんですか?」

「うん。とりあえず頼んでみたけど多分、つーか絶対全部食えないから。

食えるなら食って?

なんなら好きなの追加してもいいし」

「じゃあ、足りなくなったらそうさせて頂きますね」

「うん」



そこで、一旦会話が無くなり部長のジョッキを置く音だけが二人の間に鳴った。



「・・・」



けど、話はまた突然始まる。



「んでさ」

「はい」

「なんで総務の齋藤さんを生産管理に引っ張ったかというとだ」

「はい」

「俺ね、マジで欲しかったんだよね」

「・・・はい?」



部長、意味が分かりません。

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