第6話




「あの、すみません、宮川さん」

「え!?」



名前を呼ぶと、彼は大袈裟に驚いた顔をした。

いやいや、社内で名前呼ばれたくらいでそんなに驚かないで下さいよ。

社章を見れば同僚だって分かるでしょ。



「来週から生産管理部に異動になる予定の齋藤と申します。

大野部長はどちらにいらっしゃるかご存知ですか?」

「あー・・・もしかして。あの人が引っ張ったって言う係長サン?」



宮川くんは値踏みするような視線を隠しもせず私をじろじろ見まくった。



「経緯はよく分かりませんけど、そうです」

「まあ、頑張って下さいよ。奥にいますよあのヒト。早く行かないと帰っちゃうけど」

「え!?」



定時過ぎたばっかりなのに?

部長が帰る!? そんなのアリなの?



「じゃ、俺はこれで」

「あ、ありがとう」



扉の閉まり際にぺこっとお辞儀をした彼にお礼を言ったけど聞こえたかは分からない。

っていうかそれより。彼の話が本当なら急がないと。

ここまで来て会えないで帰るのもなんだかなだし。

生産管理部に繋がるドアの前でひとつ深呼吸をし、コンコンコンとノックする。

けれど。



「?」



返事が無い。

そーっとドアを開けると、中にいる人達は皆一様に帰り支度をしていて、どうやらその喧騒にノックの音はかき消されてしまったらしい。



「失礼します」



少し大きめの声で言うと、そこにいた全員がくるっと私の方に振り向き、そして『誰?』というような視線を向ける。

ま、そりゃそうだ。総務部に用事があっても、顔なんてロクに見やしないもの。



「総務部から参りました齋藤と申します」



一応自己紹介をすると、奥から「あ」と言う声。

そちらを見ると、顔だけしか知らない大野部長がちょいちょいっと手だけで私を呼んだ。



「異動は来週からなんですが、その前にご挨拶をと思いまして」



既に綺麗に片付いているデスクの前に立つと、新しい上司はふにゃんと笑った。



「ごめんねー突然。もうさあ、ひとりじゃどうにもなんなくて。

事務処理のエキスパートなんだよね?頼りにしてるからね」



頼りにしてる。

他の上司からはあまり聞いたことが無いその言葉は嬉しいけれど。



「・・・生産管理部で私が役に立つかは不安が残りますが」



問題はここだ。

でも来たからには。



「精一杯頑張らせて頂きます」

「うん。よろしくね」



差し出された手を取ったこの時、私の運命はきっと決まったんだ。

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