第15話  今度こそ学校祭!

インフルエンザに翻弄されっぱなしのこの年。十月になり、延期が決定されてから三週間。おあずけを食らっていた子犬のように待ちかねた学校祭。その前日、いよいよ仕上げの日。今日は教室展示を完成させる。

9月に実施する予定が10月になったことで、受験生である3年生はその間に学力テストを一つ挟むことになった。本来ならば学校祭終了後に行われる学力Bテストが行われ、延期された学校祭のすぐ後には最後の学力テストCが行われるという日程になってしまった。そしてその後すぐに合唱コンクールがあり、二学期の期末試験となる。

 

プロジェクトのメンバーは全員が朝早くから教室に集合した。準備はもう既に完了していた。今日は計画通りに設置するだけだ。それでも、なんだか心配なことがあるのだ。それがなんだかわからないままみんながなぜだか集まっている。胸の高鳴りと言えばいいのか、三週間もおあずけを食らった思いに耐えきれなくなった……と、言えばいいのか。とにかく、落ち着いていられない気持ちだったのだろう。それは私自身も同じだった。


「早すぎるよ、お前たち。まだ7時半でしょ」

「生徒会の連中もう来てますよ、先生!」

「あの人たちは、ほら、自分の学級以外にも進行の準備あるから」

関口の表情が気になっていた。

「生徒会のやつら、昨日10時までかかったって?」


「去年は6時で終わらせられたから、会長の福森さんがずいぶん文句を言って……ようやっとそこまで延びたらしいんです!」

関口は複雑な気持ちのはずだが、なんだか、はずんだ言い方をしている。

「なんか、昨日のリハーサル、メタメタだったって。」


「そうだ、先生そういえば、開会式の学級紹介、天斗にしましたから!」

山口が自信たっぷりにそう言った。

「ええっ! おまえ、天斗にはしゃべらせられないって言ってただろう?」

「それは、プレゼンのことで、今度はステージでの紹介だし、台詞は全部俺が作りましたから。それに、野球部の杉森と渡辺がガンダムのお面かぶって一緒に登場することになったんで、天斗もやらなきゃなんなくなったんです。」


「おまえ、それ、仕組んだんだろ?」

「先生だって、天斗のためだって言ってたでしょう?」

「ほんとに大丈夫なのか? しゃべれるの、あいつ」

「大丈夫。生徒会以上に昨日リハーサルやりましたから」

山口は自信満々の口調だ。

「先生、天斗たち、昨日山口君のとこ泊まったんですよ」

福地真奈美が低い声で言った。

「ばらすなよ!」

「聞かなかったことにするから、もう言うな」


「真知子が子供用のお面被るんですよ」

真奈美が今度は胸を張るように言った。

「ウソー! あんなに人前に出るの嫌だって言ってた見延がか?」

「顔見えないから逆にやりたいって。本当はなんか目立ちたいとこあったんじゃない」

その言葉にいちはやく反応した中島美南が、

「そうそう、そういうのあるよね。普段じゃ出来ないことやれるってのも『お祭り』だからでしょ。『学校祭』っていう名前なんだからお祭りだもんね。普段と違うことやりたいのわかるよね」

彼女はいつものように楽しむことの素晴らしさを伝える言い方をした。

「もう最後だし。ね!」

関口真弓がそれに続けた。そして、美南の顔を見て笑った。

生徒達の気持ちはさらに高まっていた。


三週間の延期期間があったので、教室展示の工夫と学級紹介PRのためには十分な時間が取れた。もちろん受験生である彼らが毎日残って作業はできない。そのかわり十分な時間をかけて、細かいことまで考える余裕ができたのだ。


「入り口前の装飾は綾子が昨日家で作ったのもって来るって」

「桜田の担当だったろう?」

「先生、ミズキが最後までやるわけないでしょう」

「だって、お前たち、ほかの学級にばっか顔出してるから、あいつの担当にするって……。最初から、ダメだって思ってたのか?」

「そんなの、みんな思ってるし」


高野綾子は書初め展で二年連続金賞をとっている。ノートに書かれた文字の正確さと美しさは特筆すべきものがあり、彼女のノートは見本として一年生用に印刷して配られたこともある。そして一番得意としている美術の作品は必ず廊下掲示される子だ。

「夕べ、メールで写真送ってきたけど、やっぱ、段違い! めっちゃきれいだよ!」

「桜田はむくれないのか?」

「ミズキにもメールしておいたから大丈夫。これで、なんか言ったらみんなに無視されちゃう。貼り付け作業は手伝うことになってるから、ちゃんと来ると思うよ。誰だって最後は自分がやったってとこ見せたいし!」

山本美由紀親分はそう断言した。


こうして、学校祭前日は今まで考えていた以上の余裕をもって設置を完了させることができた。プロジェクトメンバー達の「仕切る」力は担任をはるかに超えていた。教室展示を終えた後の、36人の誇らしいような満足感にあふれたような顔が忘れられない。これもしっかり記録の写真に残しておくことにした。


ライフルを構えて力強い顔をした杉森は、卒業した後にもずっとこの表情を私に提供してくれることになるだろう。この二年間で何度もぶつかってきたやつだが、その時の感情すらライフルを構えたこの時の思いで昇華されてしまうだろう。プロジェクトたち6人の万歳にも似たキメのポーズは、この作品の完成が彼らの苦悩のたまものであったことを示していた。


 リーダーの山口は控えめにしか喜びを表せない子なのだが、こんなにも大胆に喜びを表している。それはもしかすると、涙をこらえている顔なのかもしれない。関口真弓と中島美南は肩を組みもう一方の手でⅤサインを互いの顔の前に突き出している。テスト前にも、休日にも細かな作業を重ねてきた結果が、今このポーズになって表れている。この二人は次に行われる合唱コンクールでものめり込んで歌い尽すに違いない。私の次の楽しみはそれでもある。


バレー部の二人は、よく働く子たちだった。山本美幸は働かせ役、福地真奈美は片付け係と言っていい。昨日も作業が終わった後に一人で黙々と床にモップがけをしていたのは真奈美だった。それを見た女の子たちが二人三人とほうきや雑巾をもって来て、展示教室をきれいにし始めた。そこに道具を片付けて戻って来た男の子たちも加わった。彼女がきっかけを作らなければ、大きな声を張り上げて片付けを指示することになったはず。そうしなければ教室内は作業場の散らかったままで終わることになる。


昨日に限らず、毎日の活動終了後の片づけや清掃は誰もやりたくないに決まっている。だから、あえて片付けの当番を決めておいたり、清掃当番を最後まで残しておいたりと強制をしなければならないことが多いのだ。ところが、昨年からこの学級の清掃と給食は真奈美がきっかけを作ってくれるので、いつも完ぺきに近い。そして今回の学校祭準備期間もそうだった。真奈美自身はあまり話すことが上手ではないし、人に何かを指示することが得意ではない。そんなことをしようとは全く思わない子なのだ。ただ、いつも当然のことのように、自分から片付ける。整理する。手伝う。そうすることが自分のやるべき当たり前のことなのだと考えている。有言実行という素晴らしい言葉以上に、彼女のような不言実行、いや「毎日実行」する姿が周りに与える影響は素晴らしいとしか言いようがない。


こんな子が自分の学級にいてくれたことを本当に幸せだと、強く、強く思っている。彼女の生き方が学級の雰囲気を変えていると言うしかない。そしてこういう子の存在を知った仲間たちも、自分の人生に大きな転機をもたらすに違いない。小学校や中学校で一緒の教室で生活することの良さはこういう「自分とは違う生活をしてきた他人」との出合にこそあるのだろう。

卒業式には彼女に感謝状を贈ってやることにした。そして、それになんて名前をつけるかは、これからの楽しみに取っておこうと思う。

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