第16話 段ボールガンダム 『降臨!』

学校祭当日。朝一番の教室には、秋の日が低く差し込み、部品を切り取られた後の段ボールが、プラモデルの部品を切り取った後のランナーのように窓を覆ってぶら下げられている。切り取られた穴からいくつもの束となってやってくる光が、中央にそびえ立つガンダムとザクを背後から照らしている。逆光に縁どられた二体は段ボールの張りぼてなどではなく、私には神々しいものにさえ感じられた。その二体を見つめるように置かれた巨大頭には正面から光が当たり、机上に君臨する神々をあがめるような、もしくは、その成長を見守るような存在にも思えた。写真用紙で作られた白と赤のガンダムのお面は、母親に褒められた小さな子どもが目を輝かせているように表面の光沢をさらにましていた。それは、待ちかねた一日の始まりを、わくわく、そわそわと待ちきれないでいるようでもあった。


「二度と見ることが出来ないかもしれない」

こんな素敵なシーンを記録に残さずにはいられない気持ちにかられ、急いで職員室へとカメラを取りに戻った。職員室には教頭のほか、体育館に楽器を運ぶために早くからやってきている吹奏楽部顧問の先生がいて「やっと学校祭が終われる」という内容の話をしていた。


「なんか落ち着かないですね、先生! 今日も朝早くから走り回ってますね」

吹奏楽部顧問を長い間続けている高橋先生は褒め方が上手だった。生徒は音楽の時間が終わるといつも嬉しそうな顔をして帰ってくる。自分の歌を褒められることなんかあまりないことだが、きっと褒められて上手く気持ちを乗せてもらっているのだろう。


「先生、立派な作品になったじゃないですか。よくあそこまで作りましたね!あの完成度の高さはすごいですよ! PTAのお母さん方の間でも話題になってましたよ!」学校祭準備の期間中、教頭は毎日最後の見回りをしていたので各学級の作品のできあがり具合を一番把握している。

「俺も作りたいなあ」と言いながら、時々生徒と一緒にホットボンドのグルーガンを握っていたこともあった。


「2年生の生徒の間でも話題になってますよ。ウチの学級の生徒なんか、自分の作業サボってしょっちゅう覗きに行ってましたから。『なんまらすごいんだわ! さすが、3年生だわー』って」

「いやー、ありがとうございます。生徒を褒めてあげてください。山口なんかもう素晴らしい活躍たったんですよ」

「そうでしょう! あの子はほんとに頑張り屋ですよ。楽器の演奏も頑張ってたんですよ。コンクールの審査員の先生からも良い評価もらったんですから!」

うれしい話が続く。担任が部活動をする生徒のためにできることなんてあまりないのに、生徒が褒められる話は一番うれしかったりする。


教室に戻ると、朝の光はさらにその強さを増していた。


中学校教師としてすでに長い時間が過ぎ、毎日毎日見慣れた教室の風景が「こんなふう」に感じられることはもうないだろう。逆光なんかに負けないように力を込めて何度もシャッターを切った。昨夜の教室には、窓の外の暗闇を背景にして自信を持ったような二体が教室に君臨していた。そして、今、すがすがしく荘厳なまでの朝日に祝福された神々しい姿がここにある。夏を迎える前には落胆と失意の淵に沈んでいた子供たちの活動が、秋の深まった今、多くの人たちに認めてもらえるようになった。小さな画用紙製のガンダムとザクとの二体から始まった「ガンダムプロジェクト」は完成した。

夏休み中の職員室での作業が思い出された。そして、教頭との昔話のやりとりが耳の底に残っていた。私にとっても「熱い」夏が終わろうとしている。


 生徒会の苦労の跡が窺える開会式が終わった。昨日も10時過ぎまでかかったのだという。会長の福森さんの表情から疲労の色が見て取れた。彼女は人一倍責任感の強い女の子だから、きっと昨日までの一日一日を100%も120%もの力を出し尽くして過ごしてきたに違いない。もしも、関口真弓が会長で、福森さんが副会長として活動していたら、彼女の力はもっと違った形で発揮できていたのではないかと思った。彼女は人の上に立つよりも補佐するタイプの子だった。


続いて各学級の紹介になった。言葉遊びだけで笑いを取ろうとしていた1年生と2年生の発表に続き、天斗が登場してきた。顔がすこし下を向いていた。緊張が伝わってきた。ステージ中央のマイクのところまで来ると、珍しく彼は直立の姿勢を取った。それに続いて杉森と渡辺が大きなガンダムとザクの頭部を被ってステージに立った。自分の顔が見えない分だけ、彼らは堂々とロボットを意識して登場してきた。歓声が上がった。会場がざわついた。最後に見延真知子が白く小さなガンダムの頭部を被りステージへの階段を駆け上がった。そして、なんと杉森ガンダムと渡辺ザクにパンチをくらわして中央まで進むとポーズをきめた。驚きの声とともに会場が大いに沸いた。


「カワイイ!」

「誰? ねえ、あの小さいお面被ってるの誰?」

「……えっ、真知子?!」

「ほんと!?」

三年生の女の子たちの囁きが次第に大きくなってきた。

珍しく会場がざわつき、なかなか収まろうとしない。

それにかまわず天斗の台詞が始まった。

山口と柿崎裕也が両サイドから操作するスポットの光が、丸い輪郭をはっきりと作って四人を包んだ。


「僕たちは、ガンダムを作りました。右端がガンダムの頭部を段ボールで作ったものです。真ん中はザクです。この二つは全体を完成させると4メートル80センチになる予定です……」

再び驚きの声が上がった。中でも、体育館の後ろのほうに座った何人かの父母から感心する声が聞こえた。PTAでバザーの手伝いに来てくれているお母さんたちだ。

「……左端の、かわいいガンダムのお面は……」

見延真知子が今度はバレリーナがするようなお辞儀のポーズをとった。会場から大きな拍手が起こった。

「……写真を印刷するときの光沢紙で作りました。子供用ですから、ちょっと小さめです。自分は小顔だからかぶれるという人や、自分の頭は子供サイズだと思う人は、教室展示するので是非かぶってみてください。……」

笑いが起こっている。


「天斗、うまいじゃないか!」

「昨日も特訓したんですよ、先生。……山口君の家で!」

山本美幸は誇らしげに言った。

「……僕たちのクラスは、本当は劇を希望していました。……」

はっとした。原稿を見ずに山口に任せっぱなしだった。生徒会への不満をぶちまけようとしているのかもしれない。頭の奥が熱くなった。

「……でも、二年連続でジャンケンに負けてしまいました。来年は学級でジャンケンの予選会をして、ジャンケンに強い人をプロジェクトにしようと思いましたが、残念ながら僕たちにはもう来年がないことに気がついてしまいました」

ここでまた、笑いと少しの拍手が起こった。


「……そこで、劇以外でも他のクラスを驚ろかすことができるものをやろうということで、担任の先生とプロジェクトの人たちがこの『巨大段ボールガンダム』を考えました。ガンダムを作るプロジェクトということで『ガンダムプロジェクト』略して『ガンプロ』という名前を付けました。あの、間違わないでください『ガンプラ』ではありません。これを作るにあたっては、東北にある高校の先生とそこの高校生や、段ボールの専門店の方にもたくさん協力してもらいました。僕たちもクラス全員で分担を決めて一か月以上かけて作り上げることができました」

ここで一息入れた。それも、山口の指示通りだという。


「……作り終わった今は、とても充実した気持ちになっています。二階の展示教室には、2メートル40センチのガンダムとザクが展示してあります。それは頭だけでなく全身を作ってあります。また、完成するまでの活動の様子も整理して展示してあるので是非見に来てください。では、ガンダムとザクが退場します」

盛大な拍手が起こり、頭だけのガンダムたちはロボット歩きで降壇していった。彼らが階段を降りきるまで拍手は鳴りやまなかった。


 山口の作文は満点だった。少し速すぎるかなと思った天斗の話も、たくさん練習したことが伝わってきた。それ以上に普段目立つことの嫌いな三人が、あれだけのパフォーマンスをこなしたことに驚いた。

 彼らは修学旅行のレクの時さえノリきれない三人だった。彼らの中では、この学校祭での取り組みで少なからず変化したものがあったのだろう。ともに作業する中で自分と仲間達とのつながりが変化したからなのかもしれない。

 授業とはまた違う学校行事の良さとはこういうところにある。授業ではなく、学校行事や仲間との共同作業で子供たちは成長する。それこそが学校教育が持っている大きな意義だと言える。

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