第13話 「段ボール」との格闘
120×160cmの段ボールは予想以上に大きく、A3の半分ずつを4倍に拡大した展開図をそこに写し取る作業は楽ではなかった。拡大され引き延ばされた展開図は、割合はもとのままバランス良く4倍になっているのだが、部品によっては半分ずつのものをきれいに分けられない場合もあった。それは、拡大するためにスキャンしたときのもとの用紙のゆがみであったり、シワであったり、スキャンする拡大印刷機のガラスの汚れ具合であったりもした。あまりにもずれてしまっているものは台紙を作り直すために再度の拡大作業となった。それは計8枚にも上った。
更に、4倍や8倍に拡大すると、輪郭の線自体も太くなってしまい、3㎜から4㎜、8倍したものの中には1㎝近いものまであった。1㎝の線というと、線の幅に面積さえ感じることになる。この線を基にして段ボールに型紙を写し取る。それは、ボールペンを使って強くなぞるようにして下の段ボールに跡をつけていく作業なのだが、その作業では、ボールペンの細い先端をこの太い線のどの位置を通すかでかなりの誤差が出てしまう。そこらあたりの共通性を持たせておかなければ上手くいかなくなる。線の内側を使って引いた人のものと、線の外側を使って引いた人のものとでは、展開図の段階ですでに1㎝の誤差が出てしまうのである。その二つを接合させると段差は確実にでてしまう。
ガンダムもザクも直立させるために、基本的には箱を積み重ねていくような作りになっている。胴の部分も脚の部分も直方体に近い箱を作ることになる。わずか3㎜のズレでも、それがあちこちにできると、その箱はゆがんで組み立てられ、ゆがみとゆがみが重なると、ガンダムもザクも直立することができなくなってしまう。その心配のあるものはやはり作り直しておくしかない。そんなわけで、作り直しのために計4枚の写し取りがまた始まるのだ。
最少31枚でできるはずが、きっとうまくいかないというヨミ(あたってもあまりうれしくないことだが)通り、たっぷりあったはずの段ボールは結構ぎりぎりの状態になってしまった。この残ったものから、ライフルも楯もガンダムとザクの頭部も作らなければならない。無くなったからといってすぐ手に入るものではないので、プロジェクトのメンバーも重大に考えた。そして、それら心配される事柄を具体的にまとめてプリント化して全員に配ることになった。
・輪郭線の外側をボールペンでなぞること。
・段ボールのギザギザに負けないで可能な限りなめらかな線にすること。
・写す側の紙は薄いので、しわにならないように四方をのりなどで固定してからやること。
・カッターは大きなものを歯の部分を長めに出して使うこと。
・カッターの角度を直角に近づけるほど切り口がガタガタになるので、カッターはできるだけ寝かして使う。
・段ボールを曲げるときには裏側に定規を使って浅い溝をつけておく。
等など
このプリントの成果は大きく、それまで大胆なほどに素早かった生徒達の作業が慎重さと丁寧さを増すこととなった。早く形を見たい気持ち以上に、しっかりとした作品にしたいプロジェクト達の思いが伝わった。廊下に広げた紙の上に、靴を脱いだ生徒達が四つん這いになるようにして格闘を開始した。机をいくつも合体させた上にベニヤ板を置き、その上で段ボールに付いた「あと」を目安に二人がかりで切断をしている。教室の中も廊下も作業場が拡大していった。
そうやって何日かの作業を続け、一番最初に組みあがったのは胴の部分になる直方体。四角く作るのだから一番単純で簡単なはずだが、床の上に置いてみると少し歪んでいるのがわかる。床の面にぴったりと接していない。ちょっと押しただけでグラツキがある。一番単純で簡単な構造のものが、単純な構造なだけにかえって一番正確さを要求されることがわかった。生徒たちは結構丁寧に慎重に作ったはずなのだ。それでもやはり正確な直角や直線にはできなかった。
製品になっている段ボール箱は本当に正確に出来ているのだということが改めて感じられた。接している面がすべて直角になっている。当たり前のことだろうがそれが本物の強みなのだ。もちろん機械で切断し折り曲げ、組み立てているのだろうが、設計するのもアイディアをまとめるのも人間の作業だ。子供たちもそのことをしっかり感じているだろうか。もっとも、この中のだれ一人として将来段ボールづくりに従事する子たちはいないだろう。それでもこんな作業を通して、本物の技術力の高さを感じてくれればいい。いや、きっと感じているに違いない。
プロジェクトの注意点プリントが効いたのだろうか、カーブのかかった脚の部分や曲線のふくらみがきれいにできた。たしかに「ふくらはぎ」みたいな感じがする。なんとなく雰囲気がある。でもこのスカートというのは何だろう。ガンダムってスカートはいてるの?という疑問はともかくとして、この腰にあたる部分のスカート内に両足を接続させるのだが、なかなかこの作業が難しそうだ。腕の部分ができた。手首の部分との接合も上手くいきそうだ。親指の形がそれらしくできていた。関節のあたりはいい雰囲気だ。
頭部の丸みには非常に苦労した。60㎝の画用紙ガンダムでも一番苦労させられた部分なのだが、平面を組み合わせて丸くするのはとても難しい作業だ。スイカの皮のような形をした紙を貼り合わせて地球儀を作った、子供のころのことが思い出された。あのときと同じでなかなかうまくいかなかった。いや、こっちのほうがずっと難しいかもしれない。地球儀はもとになる球体があって、それに貼り合わせていけばできるのだが、今回は段ボールだけで半円球にしなければならない。先端に向かって細くなっているスイカの皮状の段ボールを、わずかなのりしろを折り曲げて接続していかなければならない。それを何カ所も何カ所も……。
そして、ツノがさらにうまく接続できない。ツノ自体も四角錐に近い立体のため、先端の細い部分が段ボールの厚みできれいに収まりきらない。それでも、なんとなく「ツノ」の雰囲気はあるか。
上腕部分と肘が接続された。手のひらと指の形もそれらしく繋がった。そんな風に次々と形になっていくと、はやく組み立ててしまいたくなる。ゴールが近づいたと感じたころから、だんだんモチベーションは高まり、スピードとやる気が増してくる。マラソンで言うと、ゴール地点の風景が見え始めた頃かもしれない。大体の部品が組みあがった。
大きな段ボールを広げて、寝そべるような格好で廊下を占領していた、写しと切り取りの作業が終わり、30人以上の生徒たちが教室内で競って組み立てを始めた。脚がきれいに組み合わさり、スカート(?)の中にしっかりと接合できた。ひざをカバーで覆うと、なんだかロボットらしい雰囲気がでてきた。脚が胴体部分と接合した。恐る恐る床に置いてゆっくり手を離してみた。ちゃんと直立している。安定感も……、大丈夫。生徒の笑顔が見えている。
「オー、やったねー!」
といったのは、内山雄太だ。現場監督に等しい自分の立場を知ってから、その役目をずいぶんと一生懸命にこなしていた。指示する側に回ってしまったら、サボるわけにはいかないことを悟ったようだ。しかも彼は、ダメ出しの部分も意外と厳しかったようで、彼の指示で作り直しになってしまった部品が4つもあった。
内山雄太を代表とするように、それまでなんとか続けてこられた男の子達が、形が見えてくることで変に盛り上がってしまった。どの部品も次々に完成させてしまおうとする。
だが、ここで焦ってはいけない。今日はここまでにして、ホットボンドや木工ボンドが乾ききるための一休みとする。翌日の作業まで半分組み合わさった部品たちを保管場所の教室に移した。
60センチの見本のガンダムとザクの隣に、胴体までが組みあがった段ボールガンダムが並んで立っている。そして二つの大きな頭は机の上に直接置いてあり、腕と肩の部分が二つずつ並べられ横たわっている。二足の大きな靴はきちんとそろって床の上に置かれてある。
私はしばらくの間、見入ってしまった。ここがまるで、ガンダムたちの製造工場か修理場のようだった。写真に納めたその姿には、すぐにでも動き出したい。そのために今我慢している。でも、それさえももう待ちきれないのだ。そんなふうに訴える意思のようなものさえが感じられた。もうこれらは単なる段ボールではなくなっていた。そう、ここは出陣を待ちかねるガンダム達の格納庫となった。
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