第6話 大人の夏休み

小学生のころにプラモデル作りに夢中になっていた。それからもうずいぶんと長い時間がたってしまった。今、長い長い時間を経て、すっかり忘れてしまっていたあの頃の感覚がよみがえってきたような感じを味わっていた。なんだかわからないけれど、今まで見たことのない新しいものに出会えるような、ワクワクするような「あの」感覚だ。よくわからないことの連続で簡単ではない作業ばかりだった。でも、あの頃と同じように出来上がりが待ち遠しくてしょうがないような、いつまでも出来上がって欲しくないような、そんななんとも言えない楽しみに包まれていた。それは思いのほか充実した、楽しく懐かしい時間になった。


夏休み中も学校の先生達は結構忙しくて、部活動の大会やら、教科や校務の研修会やらで飛び回っている人が少なくない。そんな中、職員室にやって来る先生達から冷やかしの声をたくさんもらった。

「それって、夏休みの自由研究ですか?」

「そうだよ! なんか遊んでるように見えるだろ! でもこれ、けっこう難しいんだから」

「いやいや、先生。遊んでるようにしか見えませんって」

「じゃさ、坂口先生。面作りってわかる?」

「メンヅクリ……ですか? なんか、カップ麺でそんなのありましたよね」

「わかんないでしょ! これもちゃんと勉強なのよ。研修してるの!」


「なんか、先生、毎日楽しそうでしょ」

夏休みにもかかわらず、いつものように朝早くから学校に来て、相変わらずいろんな雑事に忙しそうな教頭がうらやましそうにそう言った。理科を教えていた教頭は、子供のころラジコンの飛行機づくりに夢中だったと言う。

「自分もさ、狸小路の、あの『中川ライター店』にしょっちゅう通ってたんだよね。今もまだやってるんだよね、あすこ。」

そう言って、教頭は遠くを見つめるような表情をした。


「いやー、懐かしいですね!『中川ライター店』ずっと行きたいと思ってましたよ」

私の頭の中に、狸小路のテレビコマーシャルの一部が浮かんできた。

「ほんっとに狭い店の中にさ、ラジコンとかUコンとかさ、天井からいっぱい吊るしてあってさ……プラモの箱なんか、もう、壁一面に積んであってさあ……、夢見てるみたいだった……」

いつものしかめっ面ではない教頭の表情が若々しく感じられた。

「ユーコン、って懐かしいですね。あの紐二本で旋回させるやつですね。エンジンついてて、平たい取っ手みたいので……」


「うんうん、そう……。ラジコンの前に流行っててね、ラジコン出てきてからはみんなそっちに行っちゃったけどね。いやー、ラジコン飛行機、魅力あったもんね。」

「僕らには高くて手が出せませんでしたよ。田舎だと札幌まで来ないと実物見れないから、『模型とラジオ』とか、『子どもの科学』とか、確か月刊誌だったと思うけど、夢中になって読んでましたよ」

「うんうん、あったね。たしかそんな名前だった。エンヤとかヤンマーとかの模型用の小っちゃいエンジンがまた、かっこよくってねー」


「なんか、サーボモーターとか、プロポとか、そんなラジコン用の部品がありましたよね?」

「ああっ、あったあった、きっとまだ実家の物置に、あの頃の出来損ないの機体が……あるんじゃないかな」

私の頭の中に「ポンポコ、サッポロ……」という狸小路のコマーシャルの歌が流れ始めた。子供のころ「中川ライター店」は憧れの場所だった。それでも、札幌出身の教頭と違って、私にはテレビのコマーシャルで見るだけの遠い存在だったのだ。

「……今度、行ってみるかな」


大人になって、自分でお金を稼げるようになったら、絶対にやってやろうと思っていたことがたくさんあった。ラジコン飛行機やラジコンのボートを作ることもそうだし、オートバイでの北海道一周もそうだ。船舶免許を取ってボートで沖まで釣りに行くこともそうだった。壁一面に漫画の本を並べて一日中読みふける、なんてのもあった。


「中川ライター店」に行くこともその中の一つだった。でも、実際にそれを実現させられるだけのお金や時間ができても、もうその思いを忘れてしまっていることのほうが多かった。いや、忘れているわけではなく、そのこと以上にやらなければならないことが次々にやってきて、結局はいつまでも遠い「目標リスト」の中だけに生かしておくしかなかったのかもしれない。


そして、そのうちに「大人だからそんなことはもう卒業しなければ……」そう思うようになっていった。そうやって自分の子どもの部分を自分で消してしまう。そんなことの繰り返しだったのかもしれない。そうすることが、大人になるということだったのかもしれない。なら、少しの間だけでも、職員室のみんなにうらやましがられ、呆れられ、冷やかされながら、大人から離れてみるのもいいかもしれないと思った。現実から遠く離れて暮らしているようでなんだかものすごくリフレッシュできそうだった。何にもしない休日よりも、こうやって夢中になって何かに向かっていることの方がずっと大切な、休まる時間に思えてきた。


「人は心で生きている」

そういう言い方をした人がいた。いや確かそんな意味の言い方だったはずだが、誰が言った言葉なのかは忘れてしまった。でも、それは確かに「正解だ」。そう強く思うようになった。それを別な言葉で言うならば「充実している」というのかも知れない。


一週間の楽しみの時間を経て、やっとそれらしきものが完成した。

灰色の画用紙ガンダムが机上に立ち上がった。

高さは60センチある。

安定感もある。

しっかりと直立している。

……なかなかなものに思えた。

しばらくの間、見入ってしまった。


「あらー、かっこいいっしょ」

「先生、器用なんだ」

「いやー、なかなかうまくいかなくってさ、一週間もかかったさ」

「初期のガンダムですねこれ」

「なに? 初期って? ガンダムっていっぱいいるの?」

「こういうのいっぱい作って展示したらウケるかもね」

「一人一個作らせればいいんじゃないかい」

「えー、そんな、36個もあったら変でしょ?」


職員室にやって来る人々ごとに、それぞれ様々な感想とアドバイスのような、忠告のような言葉をかけてもらった。

「いやいや、本当の作品はこんなもんじゃないんだよ」

と内心では思いながらも、そういう職員室での評判に少し気をよくしてしまった。

「よしもう一体」

今度は「ザク」だ。

……で、そもそも、「ザクってなんだ?」というのが私の実態である。ウルトラセブンと巨人の星で育った私の頭に「ザク」は存在していなかった。すこし勉強してみることにする。

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