第5話 3 二次元の世界
中学3年生は「ガンダム」を知っていた。といってもその差は激しく、ガンプラマニアもわずかながらいる。が、それ以上にロボットアニメの代表として捉えている子、それも意外なことに「二次元の世界」という不思議な言葉とともに語る女の子にこの手のアニメマニアが多いのだ。「エヴァ」だの「マクロス」だの私には何の略語なのかわからなかったが、プロジェクトの6人は楽しそうに話を広げていた。それでも、段ボールで作るとなるとちょっと違ったイメージらしく、果たしてこれが学校祭の取り組みになるものなのかどうか、いまいちピンと来ないメンバーが多かった。
「ガンダムだったら……やっぱり白と赤とか、色塗ってリアルにした方がいいよ」
「そうそう、シャーの赤いザクも……」
「いやあ、貼り絵じゃないからさ、段ボールだからシブくていいんでねえの」
「立体にするって面白いかも。やっぱ二次元じゃつまんないし、書くだけじゃねえ……」
「やっぱりよ、どうせなら、でっかいの作るべ」
「この4メートルの良い」
彼らのとらえ方はさまざまだった。それでも、二次元の世界は実現化させるものではなく、紙の上や映像の世界で楽しむもので、実現させるのはコスプレする人だけ。そんな考えの子が多くいた。それでも、「お台場の実物大ガンダム」のニュースは朝の会に取り上げていた生徒もいたので、方向性は見つけやすかったようだ。
やはり何よりも最後の決め手は「大きな」ガンダムだった。「大きいものを作る」ことに心が動いた。
「よし、きまり。これでいこうぜ。今年はガンダム作るぞ!」
とはなったが、
「ところで、どうやって作ればいい?」
「少なくとも人間よりも大きなものにしたい!」
「4メートルなんてのは教室に入りきらないよ」
「段ボールどのくらい必要かな?」
「スーパーからもらってくる段ボール箱じゃ間に合わないよね!」
プロジェクトメンバーはそれなりにやる気になったものの、彼らはなんでも積極的な「やりたがりの代表」だ。そうではない仲間たちもたくさんいる。クラスの全員になんとか興味深いものとして伝えるためには、もう少し具体的なものにしなくてはならない。更に模索は続いた。
4.白石先生
ガンダムの立体模型からペーパークラフトの展開図を作るために、モデリングソフトを使う……らしい。その理屈は全くわからない。本物の物体をスキャンして、ペーパークラフトに展開できるという何ともすごいソフトを使っているらしい。でも、今更そんなソフトでモデリングすることはできない。ネット上に公開されている展開図を見ることのできる無料ソフトの存在を知り、そのつながりから白石先生の「段ボールガンダム」にたどり着いた。
白石先生は完成品の写真をアップしていても、展開図を公開しているわけではない。もっともほとんどの人は同じで、展開図を公開して使用許可している人はごくわずかしかいない。それでも、ここまできたら何とかしたい。そこで、同業者でもあることをわずかながらのつながりの深さと勝手に思い込み、思い切ってメールを送ってみることにした。
・展開図をいただけないか。
・中学校の学校祭で教室展示したい。
・36人が約1ヶ月の作業で完成させたい。
・大きなものを作りたい。
・段ボールが手に入るだろうか。
白石先生は快諾してくださいました。そして、数々のアドバイスをいただきました。
・展開図は僕の作ったのをあげる。
・段ボールは専門店に特注する。
・ホットボンドを使う。
・組み立て図や設計図はないので、無料の専門ソフトがあるから、それで見ながら作る。
・拡大した展開図は段ボールに写し取るのにボールペンや針などで印をつける。
などなど。
何とも簡単にОKとなり、展開図をいただけることになった。しかも作り方のポイントや材料の入手方法まで全くの素人の私に丁寧に教えてくださったのです。
まずは、ネットから無料で手に入れたソフトを起動して、いただいたファイルを開いてみた。すると、なんと展開図と共に、立体の投影図を見ることができた。しかもこの投影図は、自由自在に回転させられる。側面でも背面でも見えない部分はないのだ。さらに、投影図の一部をマウスでポイントすると、その部分の部品が展開図の中で色づけされる仕組みになっていた。
「これはわかりやすい」
「すごい」
その後、白石先生のプロジェクトを進めている高校生達から作り方に対するアドバイスのメールまで届けられた。
「本当にありがとうございます」
いただいたファイルは、「陸戦ガンダム」と「ザク」。A3サイズに出力すると、それぞれ15枚と16枚になる。これだけのサイズと量になると家庭で夕食後というわけにはいかない。もうすぐそこまで来ていた夏休みを使うことにし、プロジェクトの生徒達とも計画を進める打ち合わせをしたところで一学期が終わってしまった。
夏休みが始まった。
夏休みの前半、生徒達が夏季講習やら塾やらで受験勉強に手を染め始めた頃、担任である私は研修会や授業研究の合間を縫って、首にタオルを巻きながらガンダム作りに熱中させられた。夏でも冷涼な北海道とはいえ、最近は34度を超えることも珍しくなくなり、暑さに耐えながらの生活を強いられることもあるのだ。もちろん学校にはクーラーなどない。扇風機も自前のものを用意するしかないが、職員室に自前の扇風機を用意している人も珍しい。ちょっと窓でも開ければ涼しい風がそのうち入ってくる……ことが多いのだが、最近は窓を開けるとかえって熱風が追い打ちをかけてくるようになった。これも地球温暖化の影響なのか……、と言う話題を職員室内でかわしながらも、今年はちょっと楽しみができた。
「陸戦ガンダム」の展開図をA3にカットした画用紙にプリントアウトし、閲覧ソフトを見ながら切り取っては接合していく。この時プラモデルを作る時と同じく、最初に全部を切り取ってしまってはいけない。何が何だかわからなくなってしまう。展開図と完成図とを確認しながら、投影図をなんどもなんども回転させて、場所を特定してからその部分だけを切り取り接合していく。それでも、本物を知らない自分には実にわかりにくい。
暑い、熱い一週間だった。私は夢中で取り組んだ。
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