第2話   プロジェクトの怒り

 修学旅行の終わりは、三年生最大の行事の一つが終わったことを意味していた。そして、それは次の大きなイベントの始まりでもあり、中体連を目指す運動系部活動の生徒達は暗くなってからも夢中になって走り回っていた。

そしてさらに、もう一つの大きなイベントである学校祭に向けての本格的な準備の始まりでもあった。三年生の学校祭は、当然ながら中学校生活最後の学校祭を意味する。学校祭は、やりたがりが多く集まったこのクラスにとっては、修学旅行を除くと1年で一番大きな楽しみでもある。勉強から離れ、夢中になって活動できる。一年の学校生活の中でも楽しみ多い日々が始まるのだ。


私が担任していた学級は2年連続でステージ発表の抽選に外れている。2年生だった昨年は事前のPRやプレゼンに万全を期して望んだのにもかかわらず、「最後は抽選で」という生徒会本部の決定方針に涙ながらに展示に回った。そしてこの年、3年生になり去年の経緯もあるのだから、今年こそは当然優先的にステージにまわしてくれるだろうと、学級のみんなは大きな期待とともにプレゼンの日を迎えた。中でも最も意気込みの強かったのは、あえて去年から引き続いて担当することになったプロジェクトメンバー達だ。


ところが、そんな思いは全く通ることなく……またしても「最後は抽選で」という、なんの進歩も発展性もない生徒会本部の方針に、彼らは怒りの抗議をして会議を紛糾させてしまった。

担当教師の指導が強く入り、結局例年通りの「公平な抽選」で決着させられてしまった。生徒会担当の先生に長い間食い下がった後、リーダーの山口を先頭にプロジェクトの6名が職員室にやってきた。涙ぐんでいる女の子を押し出すように、6人を活動室に連れて行った。


「せーんせえー」と、山口は教室に入る前から珍しく乱暴に言葉を放ち始めた。

「二つとも去年と同じクラスがあたったんですよ。おかしいでしょう!」

ドアを閉めるのを待ちきれずに山口がまくしたてた。

「何で去年と同じ進め方なんですか!」


「抽選とかじゃんけんとかが一番公平だって言うのは間違ってるでしょう!」

「プレゼンやる審査員が当事者同士って、おかしいよ。お互い譲るわけないじゃないすか」

「ちゃんと、公平に判断できる審査員がいないなんてへんでしょう。」

「改善策も修正案も、何も取り上げてくれないなんて、だめだよ」


「その通り、おまえたちの言うとおりだ。正しいのは君たち。でも、このやり方を変えられなかった我々の負けということにしかならないから、しょうがない。今年も何か別のこと考えよう」

「だって先生、劇のシナリオなんか去年からできてるじゃないですか。今年のためにもうずっと前から配役の予約だってできてるんですよ。」


授業の様子や生徒達の傾向から言っても、この学級のメンバーで劇をやったら一番良いものができると思っていた。何よりやる気にあふれている学級だった。

「去年あんなに我慢してやったのに、最後なのに何で!?」

女の子たちがまた涙を流した。


子供たちは、自分たちの希望が通らなかったことを、どうしても生徒会担当のT先生への不満にしてしまいがちで、彼一人が生徒との対立的な存在になっていた。だが本当は、そこのところをしっかり議論しないまま会議を通してしまった我々教師側の問題なのだ。我々が今までのこの状況をしっかりと把握して、次につなげなければならなかったのだ。


「プレゼンテーション」や「相互判断」などという美しい言葉に踊らされ、簡単に乗っかってしまったのは私たち教師側だった。

互いを認め合い、その価値を判断し合うためのプレゼンテーションだという美しすぎる目的が、実際には自

らの要求を通したい気持ちにはかなわないものだ、という当たり前な前提に勝てなかった。机上の理論と批判

されることも多い私たちの進歩的な(と思い込んでしまった)行動が失敗してしまうパターンを、今回もまた

踏襲してしまったのかもしれない。今までにない目的であり、新しい企画故にその反応にしっかりと対応して

おかなければならないはずが、どこかで手を抜いてしまった。


「最後はじゃんけんで」とならざるを得ない状況をシミュレートできなかった責任は、間違いなく我々にあっ

た。「読みの甘さ」と一言で片付けてしまえるものではない。それでは今日対象になってしまった生徒達に申し

訳なさすぎる。最も良い形での決定を目指しはしたが、実際には、何もしなかった以上に悪い。最もダメな形

での決定の仕方をしてしまったのだ。

 今日、子どもたちは、長い時間をかけた努力が無駄にされてしまう現実を見てしまった。そして、自分たち

の意欲や正当な理論なんか無視されてしまうことを目の当たりにしてしまった。十分すぎるくらいに準備した

学級が、何も準備しないに等しい学級に負けてしまうことを目撃したのだ。


一部のスポーツでは、どうしようもないくらいに能力の差がある場合には、どんなに時間をかけても相手の

倍も三倍もの練習をしたところで全く相手にならないくらいに負けてしまうことがある。そこには、埋めるこ

との難しい大きな大きな能力の差があるからだ。それは体格的なこともあるだろうし、技術の差であることも

あるだろう。

 

しかし、「プレゼン」と称された今回の件はそれとは違う。参加者同士が互いを判断しようという試みなのだ。

自分が参加者の一人でありながら、自分も含めた中で誰のものを選ぶか。そんな企画なのだ。これがもし、一

人一人の個人の参加を判断するものであったなら、もっと的確に判断ができたのかもしれない。自分もふくめ

たなかで誰が一番良さそうかは、わかりやすく決めやすい。だが、今回のように集団の中の一員として、自分

の属する集団と他の集団のどちらを参加させるかを判断するとしたら、それは個人の場合とは違った結果にな

るだろう。自分個人の決定が、自分の仲間たちの明日を決めてしまうことになるからだ。自分個人だけの問題

であれば、そんなに固執することなく相手の優秀さを判断できるのではないか。でも、集団を代表する立場で

判断するとなると……、それは変わってしまう。

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