祐二はアイドルにハマる

 昼休み、俺は中庭の木漏れ日の中で弁当を食べていた。教室にいると色々な視線が気になるのと、つかさがユウのことを手放しで褒めてくるから居づらくて、逃げるように中庭にやってきたわけだ。このベンチは校舎から木に隠れるように設置されているので、ノンビリ出来るのだった。


 そんな中、俺は弁当を食べ終え、時間を持て余したので、結局堪えきれずに持ってきたスマホで動画を見始める。授業なんて聞いてても分からないし、その授業の時間がとてつもなく暇だから、ソシャゲでも出来るようにと持ってきたわけだ。しかし今日のソシャゲのデイリーも授業中に既に終わらせてしまったので、俺はイヤホンをつけて動画を漁ることにした。


「……って、これ、この間由衣が言ってたアイドルグループの動画じゃないか?」


 ゲームのプレイ動画を見漁っていたら、ラブフォールというアイドルグループの動画がおすすめに表示されていた。どうやらプロゲーマー顔負けの実力を持っているらしく、その動画でもプロの人たちに混ざってプレイしていた。やっているのはGPEXというカジュアルなFPSだ。これなら一般の人でもやってる人が多いし、ファンを増やすのにもちょうど良いのだろう。


 アイドルには興味ないが、ゲームのプレイには興味がある。特に強いやつ。だから本当にゲーム好きなのか確かめるべく、俺はその動画を見てみることにした。女の子たちがわいわいキャッキャと心から楽しそうにゲームをプレイしていたのだが、不覚にも見ているこっちまで楽しくなってきてしまった。今までゲームでランク戦ばかりやって精神を削りながらプレイしていたが、こうやってゲームを楽しむ心を忘れちゃいけないよな。そんなことを再確認させられ、見入っていくうちに、俺は他の動画も開いていた。


 このラブフォールの何がいいって、やっぱり楽しそうにプレイしているところが良いんだよな。本当に、心からゲームを楽しんでいるのが伝わってきて、こっちまでゲームを楽しみたい、楽しもうという気にさせてくれる。カリカリに精神削ってランクマするのも良いけど、ゲームは楽しむものだと思い出させてくれた。それにアイドルと言っても異性に向けたコンテンツではないので、結構ちゃんと本音で話している感じもいい。取り繕ったところがないのだ。そんなことを思いながら、いつの間にか俺は彼女らの動画を三本も見ていた。その動画が終わる頃には予鈴が鳴っていて、俺は慌てて弁当を片付けて教室に帰る。俺はもしかしたら、ラブフォールにハマったのかもしれん。



   ***



 授業を終え、家に帰りパソコンを起動させると、桜と明菜がオンラインになっていた。俺は二人を誘ってゲームをプレイすることにした。


「お疲れ~」

「ああ、お疲れ様」

「やっほ」


 ボイチャに入ると桜の挨拶が聞こえてきたので、俺もお疲れ様と返す。それから明菜の気の抜けた挨拶が聞こえてきた。俺はそんないつも通りの二人に、ゲームを起動させながら、それを待っている間の雑談の話題を投げかけた。


「なあ、ラブフォールってアイドルグループ知ってる?」


 俺がそう尋ねると、何故か桜が『うえっ』っと変な声を上げた。何だ何だ? そう少し不思議に思ったが、おそらくコップの水でも零しかけたのだろう。よくあることだ。俺の問いに明菜が返事をしてきた。


「知ってる。ゲーム得意なアイドル、だよね?」

「そうそう。うちの妹が好きらしくて俺も見てみたんだが、なかなか面白いのな。ゲームも上手いし、楽しそうにプレイしてるしでハマっちゃったよ」


 俺がそう言うと、今度は桜は『ぐえっ』っとカエルが潰されるような声を上げた。マイク越しにガラガラドカドカと倒れ込む音や何かが落ちる音が聞こえてきて、俺は流石に心配になって桜に声を掛けた。


「ちょっとさっきから桜のマイクから変な音が聞こえてきてるけど、大丈夫か?」

「だっ、大丈夫大丈夫! 気にしないで、何でもないから!」

「そっか。それなら良いけど」

「それよりも、ユウ! ユウはそのら、ラブフォールでは誰推しとかあるの?」


 そう聞かれて俺は動画を思い返した。う~ん、みんな良いんだけど、一番を挙げるとなるとやっぱり――


「八重樫かなぁ……。八重樫が一番楽しそうにゲームをプレイしているし、みんなを引っ張る元気があって一番推せる気がする」

「そっか、そうなんだ、へぇ……。八重樫、八重樫なんだ……」


 何か桜の声が死ぬほど狼狽えているような気がするんだけど、何なんだ一体。さっきから様子がおかしい気がする。一瞬、桜がラブフォールの誰かなのかかと思ったが、そんな偶然あり得ないと自分の考えを否定した。そんな都合の良い話、ある訳ないよな。そんなことを考えていたら、早速ゲームが起動したので、俺たちはランク戦に潜り始めて、すぐに先ほどの話は忘れてしまうのだった。



   ***



 ゲームのプレイ中、八重樫桜のチャット欄に明菜から個人チャットが飛んできていた。


明菜:もしかしてラブフォールの八重樫って桜のこと?

桜:うっ、うん、そう。よく分かったね

明菜:いや、あの反応は誰でも分かる。逆にユウが分からないのがおかしい

桜:そっか、そんなに分かりやすかったかぁ……


 誤魔化したつもりだったが明菜にはバレバレだったらしい。逆にユウに何故バレなかったのか。まあユウって基本鈍感というか、他人に強い興味を示さないから、それも当然かと思い直す。そんなことを考えてたら、明菜が爆弾発言をした。


明菜:私、ユウとバイト先が同じ

桜:……えっ!? そ、そうなの!?

明菜:そう。でもユウは気がついてない

桜:そうなんだ、へぇ、そっかぁ……


 ユウと同じバイト先。桜は何故かそのことが酷く羨ましく感じていた。そんな桜に明菜は更に爆弾発言をする。


明菜:今度、シフトが被ったらユウをデートに誘ってみる

桜:えっ!? で、デート!? いきなり!?

明菜:そう、いきなり。やっぱりユウは自分から押していかないと振り向いてくれない


 どうやら明菜は本気らしかった。本気でユウを落とそうとしているのが文面からでも分かった。そのことに桜は思わず慌ててしまうと同時に、勇気も貰っていた。意外と恋愛に対しては奥手な桜。長い付き合いの明菜の積極性を知って、桜は自分も頑張ってユウに積極的にいった方がいいと思い始めた。それにどうやらラブフォールの中では私が一番の推しらしい。そのことを胸に、桜はどうやってユウをデートに誘うかを本格的に考え始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る