智代は気がつく

 その日の昼はバチバチにみんなでゲームをして、ゴールド一歩手前までランクを上げることが出来た。何かみんな調子が良くて、バンバン敵を倒せたおかげで、意外とトントン拍子でランクが上がっている。いいことだ。智代がレストランのバイトに行くと言ったので今日はもう解散となり、ゲームを終え、夕食前、俺の目の前で姉の玲菜が机に突っ伏して呻き声を上げていた。


「あ”あ”……疲れたぁ……。もうなんなのよ、サインコサインタンジェントって。意味分からないわ。そもそもなんでこんなものを勉強しなきゃいけないのよ。社会に出て絶対に使わないでしょ。もう嫌ぁ……勉強したくないぃいい……」


 完全にやさぐれている。缶詰になりすぎて頭がおかしくなる寸前みたいだった。こりゃ息抜きが必要かもしれん。そう思った俺は玲菜にこう言った。


「玲菜。息抜きに行こう」

「えー、息抜きぃ……?」


 あっ、完全に脳みそが溶けてる声をしている。これはいよいよマズいかもしれない。まずは夕飯の買い出しに行った母に電話する。


「もしもし、お母さん?」

『どうしたの、ゆう?』

「いや、玲菜の脳みそが勉強のしすぎで溶けてるから、ちょっと気分転換に外食に連れ出してもいい?」

『あら、それは大変。うん、別に構わないわよ。まだレジも済ませてないから』

「ありがとう。それじゃあちょっと前に行ったレストランに行ってくる」

『はぁい。お金はある?』

「うん、ある」

『それなら問題なさそうね。じゃあ気をつけていってらっしゃい』


 そうして通話が切れる。俺は机に突っ伏してあー、うー、言っている姉に話しかけた。


「玲菜、ほらどうせ聞いてたでしょ、今の電話」

「……まあ、聞いてたけど。もう少し甘やかしてくれてもいいんじゃないかしら?」

「これ以上どうやって甘やかせと?」


 俺は姉の言葉に呆れたようにそう言うと、なかなか立ち上がろうとしない玲菜の手を取って無理やり立ち上がらせた。


「ほら、早く行くよ」

「はぁい。……ありがとね、祐二」

「いや、家族だからな。これくらいは当然だろ」


 目を真っ直ぐ見られて感謝の言葉を伝えられ、俺は思わず照れてしまい視線を逸らした。そんな俺を揶揄うようにニヤニヤしながらツンツンと頬を突いてきた。


「祐二、照れてるのかしら?」

「……うっさい、照れてるに決まってるだろ」

「ふふっ、可愛いわね、祐二ってば」


 顔が赤くなっていくのを感じる。くそっ、俺はゲームばかりしていたせいで、こう言った直球の揶揄いの耐性がないんだ。もう少し手加減してくれると助かるんだがなぁ。


「何か元気出てきたわ。ほら、早速行きましょ」


 今度は姉が俺の手を掴み、引っ張って行こうとする。何はともあれ、姉の元気が出たのであれば、俺の多少の犠牲には目を瞑るとしよう。



   ***



 俺たちが前に行ったレストランに辿り着くと、以前エプロンを前後逆に着てしまっていた女性店員が俺たちを案内してくれた。とても優しそうで、のほほんとしていそうな女性だ。とかそんなことを考えながら店員さんについていく。しかし……なんかまた息が荒いけど、もしかして緊張してるのだろうか? そんな上がり症でレストランと店員なんてなかなか大変そうだなとか思いながら、席まで案内して貰った。


「こちらがメニューとなります。お決まりになりましたら、お声がけください」

「ありがとうございます」


 俺はそう頭を下げてメニュー表を受け取る。ちなみに何故か姉は俺の隣に座ってきた。恋人じゃないんだからそんな引っ付く必要ないでしょと言ったら、あるに決まってるでしょと言われてしまった。どうやら決まっているらしい。……決まっているのか? 本当に?


 そんな会話をしている横で、その店員さんが離れようとしたところ、ポケットから何かが落ちた。


「あっ、何か落ちましたよ!」


 それに気がついた俺はそう声を掛ける。もしかして彼女はかなりおっちょこちょいなのだろうか? それともただ緊張しているだけ?


「えっ? あ、ああ、すみません。ありがとうございます」


 そう言って彼女が拾い上げたものは鍵のついたキーホルダーだった。しかもつい先ほどまで俺らがやっていたゲームのキーホルダーだ。イェンという、かなりマイナーなキャラのキーホルダーである。イェンを使ってる人なんて智代以外に見たことなかったが、こんな偶然もあるもんなんだな。


「あの……好きなんですか? イェン」

「えっ!? し、知ってるんですか……?」


 俺が思わず尋ねてしまうと、彼女は驚きこちらを見てきた。まあ、そりゃ驚くか。この世界では男性が少ないゲーム界隈でさらにドマイナーなイェンというキャラを知っているだけでなかなか貴重なのかもしれない。


「知ってるも何も、そのゲーム、俺もプレイしているので」

「そうなんですね! それはなかなか珍しい……って、いたっ!」


 そんな会話をしていると、店長らしき人が寄ってきて彼女の頭にゲンコツを落とした。


「仕事しなさい、仕事」

「す、すみません……」


 店長に言われ、そう謝る店員さん。なんか俺が話しかけたのに申し訳ないな。ここはちゃんと説明するか。


「あっ、あの……俺が話しかけちゃっただけなので、あまり怒らないでやってください」


 そう言うと、店長は店員さんに本当かと尋ねるような目配せをした。それに必死に頷く店員さん。それで本当のことだと分かった店長は、こちらに向かって頭を下げてきた。


「お気遣い感謝いたします。でも安心してください、私はそこまで怒っているわけじゃないので」

「それなら良かったです」

「それでは、ごゆっくり」


 そう言って店長はその店員さんを連れて下がっていった。なんか申し訳ないことしちゃったな。裏で怒られてないと良いけど……とそんなことを考えていたら、放置されていた姉が不貞腐れてしまっていて、その機嫌を直すのに一苦労するのだった。



   ***



 智代がバイトから帰ってきてSNSを開いてみると、通知がそこそこ溜まっていた。どうやらユウたちが他愛もない会話をしているらしい。ザッと眺めてみると、ユウが姉の息抜きのためにレストランに行ったという話みたいだった。そこそこ高級なレストランらしく、そのことに若干違和感を覚えながら更にログを見ていく。


「……って、え?」


 そこにはユウが店員に話しかけてしまい、その店員が店長に怒られて申し訳なかったという話をしていた。まさか、と智代は固まる。あの美少年がユウ……? そんな偶然、あるのだろうか? しかしイェンというキャラクターを知っている男性が多いとも思えないし、あり得ない話ではない。そう思って更にログを見ていくと、落としたキーホルダーがイェンのものだという話になっていた。同じタイミングでイェンのキーホルダーを落とし、男性に落としたことを指摘され、店長に怒られるなんて大剣をした人がいるとは思えない。しかもイェンというドマイナーキャラで、かつ落とした男性側もそのキャラを知っているなんて、そんな出来事を体験したのは間違いなく自分だけだろうと、智代は思った。


 ってことは、やはりあの美少年がユウだということになる。それから話はまだ続いており、その店員が優しそうで、のほほんとした感じだったとユウは語った。明菜に美人だったか聞かれて、ユウはとても美人だったと答えていた。


(それって私を美人だと思ってくれたってことよね!? しかも普通、とてもなんてつけないよね!? えっ!? もしかして脈あり!?)


 智代はそのログを辿りながら、そう舞い上がってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る