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さて、話を戻そう。
「マそこまで断言できるってことは、その線は薄いんじゃねェの。ただ帰ったら、自分の「好き」は全部本気だったの一言くらいは言えよ」
「はい」
まだ少しだけさっきまでの怒りを引きずりながらも、だいぶ落ち着いたこころで返事をした。
「愛が足りないのでは説についてはこれでひとまず解決したわけだ。ンじゃ他の心当たりについては」
「んー…」
他の心当たり。そう言われて過去の記憶を探っていく。普段の生活の何かか、それとも外に出たときの態度か何かで不満があったのか。
「…あ」
いろいろなことに思考を巡らせていく中で、ふと一つ、大切なことに気がついた。
「そもそもさ」
「ン」
「朝、優が私に聞いたことって、『空って本当に私のこと好きなの』なんだよ」
「それが、……あァ、成程」
「うん、」
てことは、普段の行いが気になったとかではないはずなんだよ。
「だってそうだろ。普段の積み重ねが気になったとかなら、愛を疑う言葉は相応しくない」
「どうだかな。普段の生活に、蓮水さんのこと蔑ろにしてる態度が出てたンじゃねェの」
「それはないと思う。だって私、相当気をつけてるよ」
元がズボラで面倒くさがりで、後回しにする癖があることについてはちゃんと自覚がある。…し、それに関してはだいぶ昔にに優に伝えてある。普段の生活で何か合わないー自分の価値観とギャップがあると感じたときはすぐに言ってね、と。
だからそれに関しては今までに話し合って、ちゃんと妥協点を見つけてある。
例えば、なくなった麦茶を冷蔵庫に放置するな、とか。洋服は表に返してから洗濯かごに入れる。机の上に何でもかんでも放置しない。プリントの類は定期的に整理しろ。ゴミ出しをしたら、新しいゴミ袋をつける。その他、細かいものまで合わせたらキリがないくらいに。
最初はものすごく面倒くさかった。でも「いいじゃん別に」の言葉を飲み込んで二人で話し合って、お互いが納得できる答えを見つけてきた。その結果、今の今まで同棲を続けることができているのだ。
「そういうことは、お互いにちゃんと話し合える関係値を築いてきていると思う。から、普段の生活で何かあったら、ちゃんと教えてくれるはず。…愛想を尽かされていなければ、いや…平気なはず……多分……」
「へぇ」
「興味なさそうね」
「まァ所詮、お前ら二人の話だしな。お前らにしか分からないことだってあるだろうし、ましてやお前らの関係値がどんなのかなんて俺の知ったことじゃない。俺蓮水さんともそんなに親しいわけじゃねェし。その辺の話は、お前の言ってること信じるしかねェよ」
「わあ珍しい、李川がまともなことを言うなんて」
「マジ、俺、帰るぞ」
「めーんご」
きゃぴ、とわざとらしく首を傾けて笑いかけてやる。案の定彼の顔はますます歪んだ。予想通り!
あははは、と声を上げて笑って、はあ、とその勢いのまま大きく息を吐いた。フッと笑っていた顔を消す。
「じゃあ本当に、あの子は何が不満だったんだろう」
「浮気じゃね?てかもう、それ以外ないだろ」
「かなぁ」
「してんの?」
「まさか!」
するわけないだろうそんなこと。リスクが大きすぎる。私そんな要領よくない、し。
「だって私、ちゃんと優のこと好きだもの。しないよそんなこと」
「じゃあ蓮水さんに勘違いさせたか、何か疑わしいことをして不安にさせたかの二択だな。どっちだ?」
「…、……」
どっちだ?
机に肘をついて指を絡ませて、そこにおでこを乗せる。目を瞑って、しばらくの間考えた。
浮気をしていると勘違いさせるようなこと。したか?私。覚えがない…分からない。本当に分からない。
「…え、勘違いさせたって、要は男の人の匂いをさせたかってことでしょ?」
「言い方が最悪だけど、まァそうだな」
「……、…どこからが「男の匂い」なんだ…?」
「そこからかよ阿呆」
男の人とのLINEとか?いやでも、私そんな頻繁にLINEとかする人間じゃない。精々、業務連絡の延長の会話くらいだろう。違う。じゃあ男の人と出かけたとか。…可能性は低い。男の人…男友達含め、直近で出かけたことはない。ならば男の人の私物が私の持ち物に含まれてた、とか。…あり得るとしたらこの辺かな。ユニセックスのものを浮気相手のものだと勘違いされた。これだろうか。そんなことをもんもんと考えていたとき。
ピシャ、と突如降り落ちた、青天の霹靂!
「ねぇ、」
ばっ、と勢いよく顔を上げる。
「私と李川が浮気してると勘違いされた説は」
「あ?」
ばり、と大きな音を響かせて、彼が新しいお菓子袋を開けた。ミックスチョコレート、パーティーサイズ。よく食べるな君は。太るぞ。
ぽい、と茶色の塊を口の中に放り込んで、クッと視線を私に寄越した。
「誰と誰が何?」
「私とお前、浮気してる」
わざわざ己と彼を順番に指差して説明をしてやる。すると、彼は眼球だけをゆっくり不規則に動かして、少しの間思考した。
「…エ嫌なんだけどォ…」
「私だって嫌だが。心の底から嫌だが?」
お前、開口一番に出てくる言葉がそれか。ふざけるなよ。気持ちは痛いほど分かるけどさ、そうじゃなくて。
「不味くない?」
「何?お前、俺と勘違いさせるような素振り見せたの?巻き込まないでくんない」
「ちがうわ私は!可能性の!一つとして!あり得ないかなって思ったんだよ!」
怒るな怒るな、と見下した笑いを含んだ声で言われる。今煽り合いをしている場合じゃないでしょうが、この野郎。
「…ンで、あり得るのか?」
一通り煽られたあと、急に真面目な表情で問われる。ただ無表情なだけかもしれないけど。
チョコレートを一つつまむ。いちご味だった。
もぐもぐごっくん、と味わって、家から持ってきたペットボトルの水を飲んだ。フラッペはもうなくなってしまったから。
「ないと信じたい」
「ン。てか実際、可能性はだいぶ低いだろ。今日連絡をとったのも、結構久しぶりだったし」
「二週間くらい空いたっけ?久しぶりではないにしても、頻繁とは言い難いよね」
「オウ。だから、その線はほぼゼロに等しいと思うぞ」
「やっぱそうかぁ。じゃあやっぱり、私の私物を男の人のものだと勘違いしちゃったのかなぁ」
んん、と伸びをする。そっか。勘違いさせてしまったのか。
じゃあ帰って、話し合いをして、誤解を解けばいいのか。解決。
良かった良かった、と少しだけ口角をあげて笑う。ホワイトとブラックのチョコを一つずつ口に放り込んだ。
「いやぁ、良かった。これで解決かな。付き合ってくれてありがとね、李川」
「うん、そうじゃないよな」
「んぇ?」
も一つ食べよ、と思って開けられた袋に向かって手を伸ばしたが、彼の言葉によってそれは阻まれた。
「そうじゃないだろ」
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