3


「うん」


ストレート。異性愛者。世の、おそらく大多数を占めるであろう性的嗜好。「あなたは異性愛者ですか」と問われたとき、私の答えは「YES」以外ないはずなのだ、ー多分。


「でも私、女の子だけど優と付き合ってるよ。てことはバイなんじゃない?」

「そこだよ」


そことは。


「お前はもともと男が好きで、蓮水さんは女の子。性別の壁に怯えて不安になるのは当然だろ」

「…そうなのかな」


そうかもしれない。私はそういうことで悩んだことがあまりないからよくわからないけど。彼が言うのならそうかも。

ふと一つ気になって、顔を上げて彼と目線を合わせた。


「李川はいつからゲイなの?」

「俺は生まれた時からずっとゲイだよ」

「そうなんだ…」

「冗談だからな?」


ありゃ、冗談なのか。本気かと思った。そんなニュアンスをこめて、く、と少しだけ首を傾ける。それを見ると、彼はさらに顔を顰めた。


「自覚したのは高一。それまではよく分かってなかった。…てかンなことはどうでもいいだろうがよ。問題はお前」


今日はお前の相談だろ。わざわざ来てやったんだから、お前の話をしろ。

そう言って足を組み替えて、椅子の背もたれにふん反り返った。仰る通りで。

肩を軽くすくめて、「そもそも」と口を開く。


「そもそも、優ってレズなの?」

「知らねェの?」

「知らない」

「付き合い始めたときにそういうのって聞かなかったのか」

「興味ないもん」

「うわ…」


ドン引かれた。そんなに引くことかな。傷つくのだけれど。


「告られたのはあの子から。高校の卒業式に」

「ベタだな」

「ベタだねぇ。それから三年、ずーっと付き合って…半年前から同棲…同居?もして、うまくいってた、と、思うんだけど」

「うまくいってると思っていたのはお前だけでしたッてオチか」

「その可能性が浮上してきている」

「良かったな」

「なんも良くないよ」


じと、と僅かに目を細めて李川を睨んだ。そんな私の不満をことともせず、ハハ、と楽しそうに笑う彼。嘲笑うような感情も混ざっていたかもしれない。


「まぁだから、その問題は一旦置いておいて。他のことを考えよう」

「例えば?」

「私の普段の愛が足りなかった、とか」


巷によくいるだろう?「彼氏が好きって言ってくれなぁい」と嘆く女の子が。それが原因で別れてしまったとか。

男女のお付き合いにおいて、両者の気持ちのすれ違いで別れ話が発生した、なんてわざわざ私たちがやらなくたって掃いて捨てるほどある話なのだ。それの根本がコミュニケーションエラーなのかもう気持ちが冷めてしまったのかは知らないけれど。まぁつまり、こんなありふれた悩みのサンプルケースなんて馬鹿のようにあるはずなので。


「男女の壁とかの前にさ。そういう感情は男女共におんなじのはずでしょ?」

「…一理ある。それで?」

「愛は普段から伝えていたと思うんだけどな」


部屋の隅に視線をうつして、普段の私を思い返してみる。…、……。いや毎日のように好き好き大好きしていた気がする。

彼女がイヤカフを新調したとき。世界一可愛いって言ったな。夕飯にハンバーグ作ってくれたとき。天才愛してる。課題でA評価とったとVサインをされたとき。お前がナンバーワン。期間限定のスイーツを買って帰ってきてくれたとき。大好き、私の恋人が今日も最高。


「むしろ過剰だったんじゃない?足りないよりかは、こっちの説のほうが濃厚な気がする」

「軽すぎンだろ馬鹿か」

「んぁ?」

「一回の熱量が軽すぎ。そんなんじゃ本気になんてとられない」

「なにおう」


冗談で言っているんだろうけど、私にだって傷つくこころはあるんだぞ。

ふん、と不機嫌に鼻をならすと、それをやり返すかのように笑われた。


「お前のそういうところに、蓮水さんも愛想つかしたんじゃねーの?」

「…あ?」


カァン、とゴングの鳴る音がした。


「…え。なんも知らない人は黙っててくれません?私と優が普段どんな話してるかも知らないくせにさぁ」

「そうか、じゃあ俺は『なんも知らない他人』

だから帰ってもいいんだな?」

「…それは違うじゃん」

「どう違うんだよ」


ぬぐぐ、と上手い返しが思いつかずに唸る。この男、ニヤニヤ楽しそうな顔しやがって。


「そんなんだから彼氏できないんだよ」

「別に無理に欲しいわけじゃねェからいいよ」


ノーダメージ。けろっとしている。


「…、……。ばーか…」

「うっそだろお前、小学生でもそんな返ししねェぞ」

「うるさい黙れ…タンスの角に小指をぶつけて折ってしまえ…」

「語彙力…」

「うるさい…」


ピッ、と中指を立てて李川に向ける。しかし意にも介されずに無視されて、ばたんと机に腕を倒すしかなかった。

さっきとは違うベクトルのドン引きで見られているのを感じる。これ以上ない敗北感。屈辱。

「弱すぎ」と煽られる声にこめかみをひくつかせた。覚えてろよ。





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