ヒーローになった僕は
@parliament9
第1話
そうして僕はヒーローになった。
儲かるからである。
何故ハイリスクローリターン極まりないヴィランなんてものが平然と、かつ定期的に湧くのかは人類の永遠の疑問だとされているが、実際のところ、大抵の場合は金に困ってやらかしているわけである。
つまりは政府が本気になって経済対策などに取り組めばまるきり解決とはいかなくても、ある程度問題視する必要がなくなるレベルまで緩和できるもののはずなわけだ。
なので本来は政治問題に属するものであり、僕もいみじくも一社会の構成員たる自覚があるのであればそれに応じた活動に取り組むべきなのだろう。
ただそれはマクロ的な観点で長期的なスパンでの取り組みとなり、その間に発生する暴行や強奪といったミクロの問題を放置してはならないというのも道理である。
警察という組織力を軸とした暴力では解決できないほどの超常的な力を以て暴れまわるヴィランを退治できるのは同じく超常的な力を持ったヒーローとしての僕しかいない。
だから僕は今日も戦うべきなのである。
一方で僕にも高校生とはいえども生活というものがある。
ヒーローとしての務めを果たしている時間は、本来、アルバイトに充てることもできる時間であるにも関わらず、こうして力を持ったものの義務としてヴィラン退治に貢献しているわけだ。
それであるならば一個人として、報酬というものを請求する権利があると考える。
「…以上が僕の考えとなります。僕は何もお金が欲しくてこのような話をしているのではなく、あくまで安定的なヒーローとしての武力提供を社会にもたらすための現実的な交渉を進めたくお伝えしております」
そうして電話越しに提案すると、キリキリと胃が縮む音を副音声にしたかのような苦悶に満ちた声が返ってくる。
「だからといって君ねぇ。いくら何でもヴィランひとりに対する退治要請に応じるのに一回一億円はやりすぎじゃあないのか!?ブラックジャックでもあるまいし、もう少しその…なんだ、いわゆるスパイダーマンのように無私の心を以て、その、無料とまではいかなくともディスカウントなラインをだね…」
相手は国防庁長官だ。つまり上は総理大臣、下は国民という究極の板挟みを味わう人物である。
「再三申し上げたようにそれは無理な相談です。僕の正体が露見すればあなた方は僕を鹵獲し、その力を汎用化するべくあらゆる手練手管を尽くすことでしょう。いくら僕が力を行使し、暴れまわったとしてもベースは人間だ。疲れ果てたところを抑え込んで薬物でもなんでも使われてしまえばお終いだし、そもそも身内への世間の一部の連中による危険もある。一億円という金額はそうした事態を防ぐための工作に使う分も含まれているのです」
そう交渉の余地はないと言外に告げると、苦悶の声と共に床を転げまわるような音が聞こえてくる。
体裁を保てなくなったのだろう。限界を超えた大人の雰囲気を電話越しに感じ取り、僕はふと窓の外を見た。そういう大人にならなくて済むようにしないとなと思った。
僕は国の力というものを全くもって甘く見ていない。
圧倒的なまでの組織力というものは一個人が想像し得ないレベルの力を持つ。
端的にいって一枚のレシートから生活環境を顕わにできるような連中なのだ。
だから一億円というのはそれだけ神経をすり減らすような相手に対し、交渉していると緊張感を持つのに必要な額であり、実のところ工作は必要がない。
なぜならば僕の能力は”ヒーローロール”。
自分が望むままのヒーローを演じられる能力からである。
つまり絶対に正体がバレることのないヒーローを望めば、その望みに基づき力が自動的に発動される。
僕にぶつかる光は反射の際に人の目に映ることもなく、サーマルカメラにも捉えられなくなる波長へと変わり、一時的にあらゆる人物の脳内において僕に対する認識と僕の個人情報の繋がりが消失する(つまり顔を見ても名前を思い出せなくなる)といった具合にだ。
正直そうした電磁波の波長を変えたり、認識阻害まではついていけたのだが、いわゆるマネーロンダリングといった特殊技術まで望めばオートでやってくれるとは思わなかった。検証に検証を重ねた結果信じざるを得なくなったが、無茶苦茶な能力である。
だがこの能力にも弱点はあり、僕の心に曇りがなければ使えない。
だから無限に金が手に入るヒーローというものを望んだとしても、経済原理上どこからか持ってきた金であることは明白であり、それは窃盗などの社会正義に反すると僕が自覚してしまうため、その能力は発揮できない。
どこまでも僕が社会正義に照らし、適切な能力だと確信できなければ効果を発揮できない能力なのである。
「さて、結論は出ましたか?出せないというのならここで終わりにさせてもらいます。僕にも生活というものがあるのでね」
しばらく待ってみても反応がないのでこちらから切り出す。あまり長引かせてもこちらに不利だし、国防長官にストレスで脳溢血になられても困る。
「いや…う、うむ。受け…受けよう……1億円、出そう…」
最後にゴハッとかすかに吐血するような音が聞こえたが、契約上は問題ないし、その責に足る高給はもらっているはずなのでよしとする。
「ありがとうございます。それでは税込1億1000万をいつもの口座に振り込んでおいてください。すぐに動きますが、もし一日以内に振り込まれなければ僕は二度と現れないことをお忘れなく」
そう告げて専用回線アプリを落とす。
僕は駅にあるビジネス用のテレワークボックスの中でそのままキーワードを唱える。
「変身」
ピカリと全身が著しい稲光を発し、次の瞬間、僕の体は白銀をベースとしつつ、黄色のラインが特徴的に刻まれたスーツに身を包まれていた。その素体に紅いマント、蒼いマフラー、そして翠を基調とした大き目の目が特徴的なマスクが加わり、ヒーロー然とした姿に変わる。
「移転」
そのキーワードにより、僕の体は瞬間移動。
目に映る風景は狭苦しい個室から目黒にあるビル街の屋上へと切り替わった。
眼下にはヴィランが人に襲いかかっている。悪行にも様々なパターンがあるが、今回のヴィランは暴発型なのだろう、肉体強化に特化し、銃弾の効かない体で楽々とその膂力をもって人を紙きれか何かのように吹き飛ばし、建物を破壊していた。
ざっと見た限り死人は出ていないようであった。
一安心だ。やはり死人が出るとパブリックイメージが落ちてしまい、今後の交渉にも差支えが出るからである。ともあれ僕はいつもの名乗りを始めた。
「そこまでだ!」
マスク内の拡声機能を活かし、僕の声が目黒駅ロータリーいっぱいに響き渡る。
周囲の警察、動画を売り物にしようと留まる市民、ヴィランまでもが僕へと視線を注ぐ。
「人々を襲うその暴力、絶対に許さない!このカミマスクがすべてを守る!」
我ながら今一つな口上ではあるが、仕方がない。このルーティーンをこなすことで、僕の認識は深まり、ヒーローロールの能力は強化されるのだ。
トゥッという掛け声とともに屋上からジャンプ。
数秒間の滞空時間ののち、両足を広げ、手はそれぞれ地面と天に向け、いわゆるマーベル着地を決める。
本来このようなアホなどヴィランは放っておけばよいのだ。欲望のままに襲っていればよいのだが、そうはならない。僕の能力であるヒーローロールによって周囲一帯の制御が始まっているからだ。
すなわち逃げ惑う一般民衆はなぜかケガが癒えながらもぐるぐると逃げすぎない程度に逃げるようになるし、警察官は面食らった雰囲気を出しながらも発砲をやめる。
そうしてまさしくやられ役ロールを強いられるようになるヴィランは僕を警戒し、油断のならない悪役としてじりじりと間合いを図るのみとなった。
「行くぞ!怪人!」
僕は掛け声とともに怪人に突っ込んでいきパンチを繰り出す。
怪人はそれをよけて、僕にカウンター気味のキックを放つが、トンっと宙に舞いながらそれをさらに回避。
不自然な滞空により相手のバランスを崩させ、右足によるかかと落としを見舞う。
ドガンと相手の頭が地面にめり込む。
僕はババっと後ろに回転しながらジャンプして、間合いを作る。
怪人があたかも効いていないぞと平然と起き上がるまでを確認。
これにより周囲一帯の認識は簡単に倒しきれない怪人へとアップデートされることになる。
そうなればより強力な攻撃をしないと倒せないはずではという期待にも似た何かが生まれる。
そこまでを演出できたと確信した上で、僕はキメ技の体勢へと切り替えていく。
「手ごわい怪人め!ならばこれでトドメだ!」
僕の能力はヒーローロール。望むがままのヒーローを演じられる自己強化+現実改変型能力。
思い込みが強化されるほどその効果もまた強くなる。
そしてその思い込みはロジックと他者からの承認により、強度を増していく。
つまり、僕の姿をヒーローと持てはやす人間が、関連動画の再生数が、ネットの話題性が高まれば高まるだけ僕はより強いヒーローを演じられるようになる。
そのためにはわかりやすく見栄えの効く必殺技が一番となる。
両手を胸の前でクロスさせる。そのまま怪人に向かって突き出す。
すると怪人と僕の間にトンネルのようなものが生まれ、あらゆる虹彩の光の粒子が高速で流れていく。
「ストリウム・ブレイカー!」
気合を込めて技名を叫び、右手を突き出すようにしてトンネルの中へと飛び込んでいく。
ウルトラマンが天に帰るときの動きが横になったかのようなポーズで、僕は怪人へと光の塊と化して突っ込み、ブチ抜くようにしてザザザと着地。
怪人は一言二言、最後の悲鳴を上げたのち、バチバチと音を立て、爆散。
大歓声が上がるのを堪能し、僕はやはりウルトラマンのようにトゥッと空に帰っていった。
仕事を終え、僕は本来の自宅へと帰る。
志熊公介。
公を介(たす)ける人間であるようにと左翼気味な名前を付けてくれた親は二人ともいない。
高校生にして一人暮らしというのは、古めの漫画や小説では珍しいことのように書かれていたが今はそれほど珍しいことではない。
経済力の落ちたこの国ではあらゆるデータを海外に売却することで援助を施してもらっているような状況であり、僕自身も告別学園という官民協働型高校に通いながら、日々モニタリングされたあらゆる健康状態、商品選択といった行動データを学費や生活費に換えて生きている。
ヒーロー活動の件で貯金自体はあるが、いきなりバイトもしない、親類もいない人間が学費を払えるようになればどこからか怪しまれかねないリスクがあるのでヒーローの力を得てからも生活水準は変えていないのだ。
ということでいつも通りつましく炭酸飲料とタンパク質、気休め程度のサラダとサプリメントを口にしてそうそうにベッドに入り、ソシャゲのデイリーをこなし、ネットで誰かが他人の悪口を言うさまを眺めて寝た。
趣味もなければ友達もいない。ただヒーローでいられることだけが少し楽しい。
僕はそういう学生で、将来についてもまるで分からないままだった。
そしてそのうち考えることが面倒くさくなって寝た。
翌朝。
口座を確認すると約束通り1億1000万が振り込まれていた。
だらだらとスマホでSNSを眺めていると昨日の怪人騒ぎの件がニュースになっており、カミマスクの爆殺シーンが繰り返し流されていた。
怪人は本名を間藤義彦といい、派遣切りにあって路頭に迷った末、ヴィランサプリメントの摂取と引き換えに金を得たらしいという。
人間をヴィランと呼ばれる超常生命体へと変えるサプリメントの大きな特徴の一つは飲むと怪人化するが、引き換えに大金を得ることができるというメリットがある。大金の出所は定かではないが、一説によると各国のエージェントによるものとされている。他国の一般市民を暴走させることにより、対象地域の治安能力を明らかとし、次代の融和的植民地化、侵略行為を進めようとしているとのことだ。
陰謀論めいた話だが、大量の一般市民に大金をばらまける組織となると確かに国単位の事業としか説明がつかないと信じるものも多い。
ともあれ間藤という人物も何がしか金銭的に追い詰められた末の行動ではあったのだろうが。
(死んでしまえば意味がないだろうに)
などと思っていた。
その浅はかさ、自分のしでかした重みに僕が気づくのは、その数時間後のことだった。
「間藤さんのお父さん、昨日の怪人だったんだって」
登校し、HRが始まる前のクラスの会話で誰かがそう言ったのを耳にした。
胃に氷の塊が落ちたような寒気が走り、当の間藤冬子の席を見ると時期にHRが始まるというのに登校していない。
鐘が鳴る。
普段よりもどこか緊張した面持ちで担任が入ってくる。
起立、礼が終わり、担任が告げた。
「えー、間藤についてだが。親御さんに不幸があり、しばらく学校を休むことになった。プライバシーに関することであり、詳しく話すことはできないが、間藤の気持ちを汲み、くれぐれも軽率な行動、尊厳を傷つけるような話は控えてほしい。それと間藤に何か伝えるべきことがあれば私に言ってください。以上」
担任が出ていくと、とたんに噂は本当だったんだと教室中がざわめき、スマホでニュースを確認し、口さがないおしゃべりが始まった。その後授業が始まってからもスマホをいじる連中は減らず、格好の話のネタだといわんばかりにやり取りしているようだった。
一方、僕は少なからぬショックを受けていた。
これまでも怪人を倒してきたのは事実だが、全ては悪行を止めるためという点で確信を得て能力を行使してきた。
だが間藤冬子に罪はない。
彼女からすれば間藤義彦が何をしていたにしても、たった一人の父親であることには変わりないのだ。
それを僕は社会正義のためだなんだと、勝手な理屈をつけて殺した。
それも死後も娯楽の一つとして辱められるようなやり方でだ。
クラスメイトという身近な人間が傷つけられる様を目にして、僕はようやくしでかしたことの重さにきづいたのだ。見えていないだけで、これまで倒した怪人にも同じように家族がいたものもいるはずで、それぞれの生活や尊厳を軽率に破壊してきたことのその事実に。
急速に力が失われゆくものを感じていた。
望むがままの力をふるえる万能の力、ヒーローロール。
しかしてその力の源泉は僕一個人の確信に委ねられる。
その確信が揺らいだ時、力は失われることになる。
僕はその日から、変身することができなくなった。
それから数日、数週間が過ぎた。
その間に怪人が現れるが、ヒーローが現れることはない。
怪人は暴れたいだけ暴れ、逃げたいだけ逃げた。
やりたい放題となり、ネットはカミマスクを叩き、祈り、求め、ヴィラン側のあまりの強さにヴィランに惹かれるものまで出てくる始末だった。
僕といえば政府直通の専用回線アプリを削除し、表面上は普通の学生としての日々を送っていた。
そのうち国防長官の入れ替えのニュースを見た。前の長官は心労で入院したらしい。
それでも間藤が帰ってくることはなかった。
僕は何を話したらいいのかは分からないが、謝りたかった。
力を取り戻したかったわけではない、ヒーローだったなんて言って信じてもらえるかも分からない。
それでも一度会って、話をしてみたかった。
その思いは日に日に強くなり、一か月ほど経った頃に僕は行動に移した。
間藤の机に詰められた、不在の間のこまごまとした書類一式。
それを間藤の家まで届けさせてもらえないかと担任に直談判したのだ。
間藤とはほとんど交流のなかったはずのその僕の申し出に、担任も少し面食らっていたようだが、結局はついでに様子を見てきてほしいとOKしてくれた。
間藤の家はアパートで古そうではあった。
二階建ての、平成よりももっと前の雰囲気を思わせ、どこかからすえた生活臭が漂う。
彼女の住む部屋の前まで来る。
インターフォンを押す指が震えていた。
チャイムが鳴り、はいと生気のない声とともにドアを開いて現れた間藤冬子は、記憶にある教室での姿とは大きく異なっていた。気取りのないシンプルなロングTシャツに、チノパンと部屋着然とした服装はともかく、表情にはどこか翳がさし、整えられていたショートカットもどこか乱れている。隈が見て取れ、痛ましいものを感じずにはいられなかった。
「…ってあれ、志熊くん?どうしたの?」
目に驚きの色が走って少しほっとしたくらいだ。それくらい生気がなかった。
「一応ラインのクラスの連絡網グループから個別に、先生から頼まれたプリントとか届けに行くって連絡したんだけど」
それは本当に済ませていた。既読が付かなかったから読んでいないことは理解していたが。
「あっ、ごめん。最近、そのスマホちゃんと見れてなくて。友達が心配してくれるのはありがたかったんだけど、返信する元気がないまま放置してたらますます開きづらくなっちゃって…」
無理もないことだった。ただ間藤の心が未だ癒えていないこと、深く傷ついていることの事実を本人から突き付けられて僕の心がまた沈んでいくのを感じた。
「そうなんだ。うん、そっか…」
続ける言葉がなかった。
少し間が空き、僕は取りなすように鞄に入れておいた、ファイルでまとめたプリント一式を取り出す。
「とりあえず、その、これ」
「うん。ありがとう」
目と目が合う。お互いに何を考えているのかなど分からない。
でも何か伝えないとと思っていた。何を伝えなくてはいけないかは分からないが、何かを。
「どうしたの?志熊くん」
ファイルを受け取った間藤が不思議そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「なんだか緊張しているように見えるけど…」
自分の方が大変だろうに、その時、彼女は確実に僕の心配をしてくれたのだと思う。
それを理解したとき、僕の目から涙がこぼれていた。
「ごめんなさい」
それからはただ何もかも止まらなくなっていた。立っていられなくなり、しゃがみ込みながら泣き声をあげる僕を、彼女は戸惑いながら家に上げてくれた。
僕は全てを打ち明けていた。自分がヒーローであることを。
悪人を止めたいという思いからヴィラン化した人々を殺し、政府から大金を受け取っていたことを。
その中で、彼女のお父さんを殺してしまったことを。
彼女に辛い思いをさせてしまっているのが自分であることを。
彼女は黙って聞いていた。
やがて僕が話すことがなくなり、ただ泣き続けるようになったころにそっと口を開いた。
「私のお父さんはね。優しい人だったの」
昔はお母さんと一緒に暮らしていたんだ。
工場勤めで、工業製品の生産管理の現場に関わっていて、その頃は何も問題なかったと思う。
お父さんが張り切って働いてくれていて、お母さんはパートで、でも夕飯にはみんな揃ってごはんを食べていた。
でも世の中が不景気になるにつれて、お父さんの会社も立ち行かなくなって、クビになってしまった。お母さんも私もお父さんに元気になってほしくて、気にしないでと励ましたんだけど、家にお金が無くなっていくのは止められなくて、お母さんはパートを増やして、私も家の手伝いを増やすようになった。
そのうちお父さんは仕事を見つけて、また働き始めたんだけど、前の会社よりも待遇がよくなくてお給料は少なかったみたい。
それでもお母さんも頑張ってくれたから休日の夕飯くらいはみんなでごはんを食べていたの。
でも無理がたたってしまったのか、ある日お母さんが倒れて、そのまま亡くなってしまった。
過労とストレスによって心臓に負担がかかっていたんだって。
私もお父さんもすごく悲しくて、二人でふさぎ込んでしまって。
お父さんは少し休ませてほしいと会社に相談したらしいのだけど、それならやめてくれって話になってしまったみたいで、それで…ごめんね。この時のことはあまり話したくないんだ。
それで、そのね。
お母さんは保険金を残してくれたから、生活自体は続けられて、お父さんもまた働き始めた。
でも派遣社員って立場で、色々無理を押し付けられて、どんどん元気がなくなってた。
それから私は一人でごはんを食べるようになって。
お父さんには作り置きのものを食べてもらうようになっていった。
とてもさみしかった。
でも私が高校を卒業して、家にお金を入れられるようになればお父さんの負担も減らせて一緒にごはんが食べられると思って、それを、私は…楽しみにしていた。
だから、お父さんがこんな形で亡くなってしまって、手元にお金は残してくれたけれど、私は何のために生きていけばよいか、今は分からなくて。それで、まだ学校には行けていないの。
あの、それでね。
ずっと志熊くんの話を聞いていて、思ったことを伝えさせてほしいんだ。
志熊くんの話はその、初めはふざけているのかなとも思ったけど、たぶん今は本当なのだろうなと思ってる。でも志熊くんを憎いとも、思えないんだ。お父さんが暴れてしまったのは事実で、誰かが止めなくては他の誰かを殺めてしまっていたかもしれないから。
優しかったお父さんが、人殺しに手を染めてしまうところは見たくなかったから。
だから、許せない部分もあるけれど、どこか感謝している自分もいる。
「だから、気にしないでいいよ。志熊くん」
そう伝えてくれた彼女の目からも涙がこぼれていた。
僕は救われることなんて許される立場じゃない。
自分勝手な理屈で人を殺し、辱めた人間だ。
それであるのに。彼女は。
それからのことはよく覚えていない。
最後にもう一度謝って。力になれることは何でもすると伝えた。
彼女はずっと気にしないでくれと言うだけだった。
僕はベットの上で考えている。これからの自分がどうするべきなのか。
ただ胸の内にある何かが燻り、望めば力が使える予感があった。
今はまだ分からない。再びヒーローとして活動するのか。
それとも何もかも捨て去って、貯金を元に暮らしていくのか。
だけどきっと、僕が選ぶのは。
ヒーローになった僕は @parliament9
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